16話:プロローグ
あたしは、どちらかといえば、大雑把で直感を信じるタイプの人間だ。弟の紳司みたくごちゃごちゃ考えて動くタイプではない。
本当に、あたし、青葉暗音はそう思う。しかし、考えるのが嫌いってわけじゃあないのよ。むしろ、好きよ、そういうの。よく、何も考えてないとか幸せそうとか言われっけどあたしも考えてんのよ~、ちゃんと。
まあ、紳司は超思考型、あたしはちょと思考型。ちなみに、運動神経は、紳司よりも高かったりするのよね。紳司が上の上くらいの運動神経なら、あたしは上より凄い、だから。
ぶっちゃけ、人じゃねぇと紳司にも言われるくらいの運動神経をしているのよ。
「それで?」
あたしは、独り言の如く呟いた。どうやら、あたしは、いつものように、全裸で寝ていたらしい。
いつも、下着で寝てるんだけど、朝起きたら全部脱げてるのよね……。
「ふぁあ~、眠い」
あたしは、欠伸をすると、とりあえず下着を身に着け部屋を出た。すると、リビングの方から声が聞こえてくる。
「ちょっと、紳司君。もっとちゃんと服を着なさい」
「いや、俺はまだ、ちゃんと着てる方だと思うよ」
そんな母さんと紳司のやり取りだ。毎朝よくやるわね~、本当。まっ、あたしには関係ないか……。
「ぉはよ」
欠伸を堪えながら、何とか声を出して挨拶をした。すると、憤慨した母さんと、相変わらず顔だけはいい紳司がいた。
まあ、なんと言うか、この母さんは人間離れしているとしか思えないほど、年をとっていない。いえ、年は重ねているけど、見た目になんら影響しないって言ったほうがいいわね。
まあ、まず間違いなく、あたしと買い物に行くと姉妹に間違えられる。そして、若く見られたことに上機嫌に自慢した気に見てくるのがウザイのよ。
「もぅ!暗音さん!」
母さんが声を荒げて寄ってくる。何だろう、一応、下着は着けてきたはずだけど……。パンツの向き間違えたっけ?
「年頃の女の子がはしたない格好しないでください!」
はしたない?あたしは、自分の全身を見回すけど、とくにおかしなところはない。何がいけないのだろうか?まあ、このやり取りも毎日なんだけれどね?
と、前に友人のはやてに話したら「暗音ちゃんはナチュラル痴女だからしかたないよ……」と厭きられたんだけど。
「何やってんだ?……あ~、いい、大体分かった」
ん?今日は父さんが居たみたいね。まっ、どうでもいいんだけど。
「まあ、落ち着け。お前も昔は全裸でリビング降りてきてたろ、寝ぼけて」
「わーっ!ちょっ!青葉君?!何子供の前で口走ってるんですか!」
ふむ、母さんにも若い頃があったのね……。父さんも父さんで、びっくりするくらい見た目が若いんだけど。
夫妻そろって25歳前後にしか見えないからね……。あたしも年取らなかったりすんのかしら?
おっぱいが垂れるのはやめて欲しいから、是非とも年を取りたくないんだけれど。肌のケアも大変になってくるし……。あぁ、子供のころの肌も胸も気にしなかったころが懐かしいわ。
「いや、だって、お前。ちょっと、裸エプロン的な、とか言ってごまかそうとしてたけど、筒抜けだったし」
「いいじゃないですか!分かるんですから、そこは、わたしの深層心理を汲み取った方で対処してくれたら!」
この2人、いちゃいちゃしてるけど、基本的に1ヶ月に1回程度のやりとりなんよ。まあ、父さん、全然帰ってこないし。前は、確かイギリスの何ちゃら教会に行ってきたとか……。何でも友人の面倒見てた子が日本に居るとか何とか言われたって。名前は、ミュラーとかなんとか。
そういえば、この話のとき紳司はいなかったっけ?
「そういや父さん。紅と蒼を孕んだ矛盾の天使って何か分かる?」
唐突に紳司がそんなことを言い出した。相変わらず、よく分からないことを言い出すわよね。
「紅って言えば……、あ~、何だ?」
頭に手を当てて、なんていうんだろ、あの高速で思考する能力を使う主人公みたいな感じのポーズでブツブツ呟いてる。信じも似たようなところがあるけど、ここまで酷くは無い。
「【意思を統率せし紅の翼】のルージュ、か」
スローネ……座天使のこと?ルージュってのは、まあ、紅色でしょ?
「超高域ですか……」
母さんも父さんも妙な話をするときだけ真剣になんのよねぇ。なにやら事情があるみたいだけど。
「蒼は、あれか、【蒼き剣嵐】のソウジか。だが、両方を孕んだってことは、混ざってるんだから……」
父さんはぶつくさと言っているけど、その間は母さんも何かを考えるように黙ってる。あたしが、席につくと同時くらいに父さんは、ハッとした顔で言った。
「まさか、……」
「ええ、その可能性は、非常に高いでしょうね」
父さんが、「まさか」としか言っていないのに、母さんには、全て分かったようだ。やはり、この両親は、凄い。
「なあ、お前等、最近、変な夢を見たりとか、変なことに巻き込まれたりしてないか?」
変な夢?見てないけど……。変なこと、ね。まあ、特に無いわよ。
「んぁ?何で?」
あたしは、一応聞いてみる。そのときの紳司の反応からして、紳司は妙な夢でも見たのかも知れないわね……。
「いや、まあ、いい。そのうち、話す機会があるだろう」
ってことは、まあ、なにやらおかしな話があるのよね、きっと。まっ、そのうちってんだから、そのうちわかるわよね。
「そういや、次はどこにどんくらい行くの?」
あたしは、パンを齧りながら父さんに聞いた。父さんは、「う~ん」とは言わないものの唸って、考えている。
「今回は3週間くらいじゃねぇかな」
割りと長いが、いつもほどじゃないな。そして、今回も行き先は言わない、と。
「あら、今回は、青森なんですか?」
しかし、母さんが行き先を言った。国外の次は国内か……。大人ってそんなにあっちこち行くもんなんかしら。
「まあな。ちょっと、親父の知り合いと会ってくる」
「ふぅん、女の人ですか……」
どうやら母さんは心当たりがあるみたいね。青森に居るおじいちゃんの知り合いって人の。
「ああそうだ。大丈夫だって、俺は、お前以外を好きになったりなんてしないって」
「ホントですか?……サルディアさん、しっかり見張っていてくださいね」
サンダルフォン?さっきの天使の話からつながるみたいだけど、大天使メタトロンの弟だとか、メタトロンだとかとも言われる天使よね?
「大丈夫だっての。相棒も……」
なにやら父さんと母さんが話し込み出しちゃったから、あたしは、パンを齧る。
「さて」
紳司は先に食べ終わったらしく鞄を持っていってしまう。あたしも登校しよっかな。
「あ、紳司君、学校に行くなら制服を正してから行ってください!」
母さんの言葉を聴きながら、あたしも玄関の方へ向かって……
「って、暗音さん!そんな格好で学校に行くつもりですか!服を着てください!」
怒られた。
あたしは、隣市の鷹之町市にある鷹之町第二高等学校に通ってるんだけど、第二って表現で分かるように、この辺には、小中高が乱立してるのよ。鷹之町は特徴的な町で東西南北で東町西町南町北町って分類されてる……っていってもさほどデカイ区分じゃないのよね。
はやて……篠宮はやてってあたしの友達んちは昔は三鷹丘にあったけど、親戚がすんでた家も鷹之町にあったらしくて、こっちに越してきて目の前にある鷹之町第二高等学校に通ってるらしい。ちなみにあたしんちからも徒歩圏内にある。
校風がゆるゆるなのが楽なのよ。髪の染める染めない関係なし、バイトオーケー、免許取得オーケーなどなど。楽でいい。そんかわり赤点は60点以下、テストは一般人には難しいレベル、となってるけど。
そもそも、この学校は、なにやら曰く付きな部分があるらしくて色々、気になっているのよ。不思議じゃない、成績は高いのに、何故きっちりした校風がないのか、とか。それさえあれば、もっと有名になってるはずなのに。
いや、逆に、変な意味では有名になりつつあるけどね。
あたしが、学校に向かって歩いてると、曲がり角から急に人が飛び出してくるのを感じ取った。
このくらいなら、あたっても大丈夫ね。
――トン
あたしは、角から飛び出してきた男とぶつかった。金髪のちょっと若い男だった。つーか、ウチの生徒みたいね。でもあたしが知らない奴だった。
「あ、すみません」
そいつは、あたしに謝ると、何を急いでたのか、学校の方へと走ってった。大方、編入生かなんかだろう。
「ま、どうでもいっか」
あたしは、そう思うと、学校へ向かう足取りを速めるのだった。