157話:編入生
あたし、青葉暗音は、眠い目を擦りながらのんびりと登校していたわ。修学旅行があって、それが終わってすぐにパーティに行って、その次の日に説明会を開いて、2日休んだらもう学校よ。どうせなら、もう1週間くらい休みがあってもよかったんだけど、そうも言ってられないし。てか、まあ、あたしくらいになると、授業受けんでも点数は取れるんだけどね。
平常点とか出席点とかって意外とデカイ割合しめてんのよね、あれ。大体の教科が、2割から3割をそれが占めているっぽいわ。大体、テスト点に0.7か、0.75か、0.8か、教科によって、最初に説明があるでしょうけど、それをかけた点数と、残りがさっき挙げた平常点や出席点なのよ。だから、満点取っても教科によっては70点とか75点で、明らかに評定が5にならないのよね。
まあ、評定なんて大して気にしちゃいないけどね。そんなことを気にしている余裕があったら、もっと別のことをしたいけどね。あぁ~、こんなことだったら、三鷹丘学園の特別授業免除制度受けとくべきだったかしら?
まあ、三鷹丘は堅っ苦しいそうじゃない?だから、嫌なんだけどね。そもそも、何か、校風がねぇ……、お金持ちの人も、一般人も入れるよ、けど実力を残してね、みたいなところがあるし。まあ、紳司は、どうせ、家から近いし、留学生も多いし、美人も多いって理由でしょうけど。
まあ、その辺のことはひとまず置いておきましょう。紳司の話をしだすと変態の話しか出てこないし、おっぱい好きよね、あの子。あと、パンツも好きだし、脚も好きなのよね……。
って、だから、その話はいいっつってんでしょうに。それにしても、修学旅行は、疲れたわね。ほとんど観光してないし。いえ、まあ、中学のときに見てるからいいんだけどね。紳司も大変だったっぽいわよね。いろんなところで、何かやってたみたいだし。
そういえば、修学旅行と言えば龍馬がウチの学校の3年生に編入してくるんだったっけ?あいつ、この学校の授業についていけるのかしら、結構レベル高いのよ、ここ。
そんなことを考えながら、あたしは、教室へと向かう。途中、眠そうにしている同級生を何人も見かけたけど、まあ、皆同じよね。修学旅行で1週間遊んで、その後、3日間だらけてたから、学校に来るのが億劫になってるみたいね。
そんな中、同じように、億劫そうにしている教師を見かけた。今日は結構早めに登校したから余裕あるし、ちょっと声をかけてみようかしら?
「ねぇ、そこの、ロリコン教師、もしくはシスコン教師」
あたしの声に、その教師が、面倒くさそうに振り返った。そして、自分のことを指差しながら、ため息がちの息をもらす。
「なぁ、もしかして、そいつぁー、俺のことか?」
あんた以外に誰がいるってのかしら。教師の時点で、この付近には、おそらくこいつしかいないってのよ。
この終始面倒くさそうな顔をしている教師は、廿日雨柄と言って、あたしの担任教師よ。一般人ではないけど《古具》使いでもないという謎の教師ではあるけど、大したことはない奴よ。なんでも先祖に《罪深の魔法使い》とか言う奴がいるとかどうとか、ってグラムが言っていたわね。
「他にいる?」
あたしの堂々とした物言いに、ボリボリと頭を掻く雨柄。ちょ、フケが落ちるっての、やめなさいよ。
「人のことをロリコンだのシスコンだの、根も葉もないことを言いやがって」
そんな風に溜息を吐きつつ、あたしの方を身ながら「あー」だの「うー」だの言っているので、反論する。
「火のないところに煙は立たないのよ?」
つまり、根も葉もあることを言っているんだけど。いえ、少なくとも根はあることを言っている、ってのが正しいわね。
「あのなぁ……、マリア・ルーンヘクサの件は誤解だし、妹がいるのも事実だが、ロリコンもシスコンも嘘だろうが。立場的にそんなことを言われるとマズイってのは分かってるだろうが」
まあ、そうなんだけどね、そんなことはどうでもいいのよ。全く、それにしても、コイツ、朝から景気悪い顔してるわねぇ……。
「ったく、転入生の件で色々忙しいのに、何だって、朝から青葉みたく面倒なのと話してんだぁ、俺は?」
失礼ね、まったく。でも編入生……?
確か、龍馬は3年生に編入する予定よね。じゃあ、何で、2年生の担任の雨柄が忙しいのよ。あたしは訝しげに眉根を寄せながら、雨柄に問いかける。
「何よ、編入生って3年生じゃないの?」
あたしの問いかけに驚いたような顔をした雨柄。どうやら、あたしが3年生に編入生が来ることを知っていたのが驚きっぽいわね。
「3年生の編入生はお前関係か」
3年生の編入生ですって?ってことは、もしかして、他にも2年生に編入生がいるってことよね。2年生に特定したのは、コイツが忙しくしているってことから、あたしのクラスに編入生が来るって予想できるからね。
「ふぅん、うちのクラスにも編入生がいるのね。まあ、いいわ」
しかし、修学旅行明けに、何人も編入生が来るとか珍しいわね。今は6月の下旬なのよ?
ちょっとおかしいとは思うけど、まあ、ありえないことではないわね。教室に行ったら皆に教えてあげましょうか。いえ、もう、何人かの事情通が知ってる頃よね。
「っつーわけで、俺は今から転入生に会いに行くから、じゃあな」
雨柄はそう言って職員室の方へと消えていったわ。そういえば、職員室に行く途中にある事務室の受付って、いつも態度悪いあの女しかいないわよね。他のも雇えばいいのに。
ああっと、そんなことよりもそろそろ教室に行かないと行けないわよね。そろそろ皆来ているかしら?
そんなことを思いながら教室へと足を向ける。編入生ってどんな奴なのかしらね。そういえば、輝も編入してきたんだっけ……。
――トクン
不意に高鳴った心音に、自分でも違和感を覚えたわ。何で、今、高鳴ったのよ。その理由を考えながら、あたしは、教室へと歩く。
トン、と言う軽い衝撃に、あたしは、驚いて前を見た。何の気配も感じなかったから、ギョっとしたのは当然よね。慌ててぶつかったほうを見ると、十月が転んでいた。一瞬、鞠華なのか十月なのかは分からなかったけど、
「いたい」
ひらがな調の言葉で痛い、と言ったことから十月だと判断したわ。喋らないと違いが輪からないって面倒よね。
このひらがな調で話す小柄な少女は、一応先輩で、占夏十月と言う。何故か、もう1つの人格である白咲鞠華も存在する……いえ、この間のやり取りから見て、白咲鞠華が存在して、その後、占夏十月が生まれた、ということかしら?
とにかく、もう1つの人格を持つ、妙な少女こそ、占夏十月である。
「ああ、ゴメン、十月。気づかなかったわ」
あたしは、十月を起こすと、そう言った。十月は、何か用事があるようで、どこかに向かおうとしていたところだったみたいね。
「どこかに行くところ?」
とあたしが問いかけると、十月はコクリと頷いて、職員室の方角を指差していた。何で、職員室に用があるのかしら、と首を傾げつつ、詳しい話を聞いてみる。
「教員に何か用事?」
あたしの質問に、首を横に振ってから、しばらくして、首を縦に振った。どっちよ。教員に用事ではないけど、教員に用事なのかしら。超矛盾。
「てんこうせい」
ああ、なるほど。おそらく、情報を聞いたので、3年生に来る編入生を調べに来たのね。まあ、念のために確認してみるけど。
「3年に来た編入生を調べに来たの?」
あたしの言葉に、首を縦に振った十月。あんたは「赤べこ」かっつーの。赤べことは福島県の郷土玩具の一種で、顔をつつくと上下左右にぐわんぐわん振るものよ。赤色は魔除け、べこは東北の方で牛を意味するのよ。……なんで、あたしは「赤べこ」の説明なんてしてんのよ?
「そのとおり」
3年に編入してきたほうなら、あたしも情報を持っているから十月に教えておいてあげましょうか。……あたしにしては珍しいとか思ってないわよね?
「えと、天姫谷龍馬。京都司中八家の天姫谷家の人間だけど、家が崩壊したせいでこちらに来て、編入することにしたってところかしら」
あたしの言葉、それの意味に気づいた十月がメモを取った。まあ、ぶっちゃけ来たのはあたしのせいだしね。
「いえがほうかい?」
そんな風に首を傾げる十月。あたしは、どうして崩壊したかを言うか言うまいか迷って、言うことにしたわ。あまり言いたくないんだけどね。
「あたしがぶっ壊したのよ。修学旅行中にね」
その言葉に、大して驚いているようには見えないけど驚いているであろう十月。この子、表情が読みにくいのよ。面倒ね……。まあ、それでもおおよそは分かるんだけどね。
「なにやってるの?」
マジに言われた。まあ、本当に、今考えてみると何やってるの、だけどね。いいのよ、後悔はしてないから。てか、一番申し訳が立たないのが御草なのよ。ほとんど面識がないけど、家の建て直しに、兄妹の面倒に、神社の管理……などなど、全般を任された御草が不憫でならない……。
「いいのよ、やるって決めてたことだし。でも、半壊だと全部壊してから建て直さなきゃならないから、やっぱ全壊させとけばよかったかなぁとは思ってるわよ」
もう、本当に御草が不憫だもの。
そんな話をした後、あたしは十月と分かれて……十月は、あたしの情報の裏づけにでもいったんでしょうね……教室に向かったわ。
教室につくと、はやてや友則、輝たちが談笑していた。話題は編入生についてのようね。やっぱり、もう噂が出回ってたか……。何でも部活の朝練の途中で、登校してきた見慣れない2人を見て、道を聞かれたから、それが編入生だと分かったらしいんだけど、2人もいるのね。
無論、それが、龍馬と誰かだった、と言う可能性もなくはないけど、あいつは、たぶん、事前に情報を集めるタイプでしょうし、道には迷わないでしょうから違うと思うわ。
てことは、おそらく、ウチのクラスに2人も編入生がいるんでしょうね。輝も来たってのに、さらに2人もウチのクラスって、……まあ、妙だけど別におかしなことではないかもしれないわね。
そんなことを話していると、チャイムが鳴った。あたし達は、席について、その編入生がやってくるのを今か今かと待ち、そして、入ってきた2人を見て、あたしは……あたしと輝は鳥肌が立つと同時に、心臓を鷲掴みにされたようになり、呼吸をするのも一瞬忘れてしまった。
その姿が、その雰囲気が、その仕草が、その声が、全てが懐かしくて、愛おしくて仕方がなかったのよ。
思わず、あたしは声を漏らしてしまう。
「零斗……」
「闇音……」
「燦ちゃん……」
「光さん……」
4人の声が同時に飛び交い、教室がシーンと静まり返る。
ツーっと頬を何かが伝っていたような気がした。
次の話は讃視点の同日同時刻辺りです。




