156話:プロローグ
SCENE.6years ago
SIDE.SAN
私が子供の頃の話です。今から、6年前、今が16歳なので、10歳か11歳のときのことです。そんな昔のことなのに、私は、今でも鮮明に思い出すことが出来るんです。
私、恐山讃は、千葉県三鷹丘市に生まれましたが、その後、2歳のときに青森県雲谷市芭面町に引越し、そこで幼なじみの七鳩怜斗君と初めて出会いました。
そんな私は、苗字の関係から、この青森の地だと、しばしば恐山のイタコの関係者だと疑われることがあります。確かに、私の家の系譜をたどると神社ですし、巫女も居たとは言いますが、私は無関係なんです。
と、そんな風にして順調に育って、そして、今から6年前の話になります。私は、祖母に呼ばれて、実家……青森の家ではなく、長野県の茜秋村にある茜秋神社の横に立てられた九浄天神神社を訪れていました。
山の中なので移動がとても大変なので、滅多に行きたくはないのですが、祖母に呼ばれたので仕方がなかったんです。
私の祖母は恐山芳菜といって、この九浄天神神社の巫女でした。何でも、元はと言えば、辰祓神社と言う神社だったのですが、天月神社と言う神社を持つ家と婚約して、そこから分かれて九浄天神神社へとなったそうです。
この茜秋神社は、元々、九頭龍の巫女と呼ばれる人がいたのですが、後に雨月家と言う天月神社の家の分家が入ったことで、この神社の所有も雨月家から天月家へと移って行き、今のように九浄天神神社に完全に委託された状態になりました。
この九浄天神神社は、九浄家と言う、うちの親戚が経営と言うか、運営していた神社なのですが、九浄家は衰退していったため、京都で九浄京山神社と言う神社を運営していた分家の恐山であるウチが継いだということです。この恐山と言う苗字は、この京山から変化したもののようです。継いだのは祖母の代からで、母は家の修行……滝行などが嫌で逃げ出し、三鷹丘と言う地で婚約、私が生まれて、その後に青森に引っ越したものの、祖母と仲直りして、今に至るということです。
なお、本元、京都の九浄京山神社は、ウチの母の従妹が筆頭巫女を勤めているようですね。
そして、母は、とんでもないことに、私を九浄天神神社の次の筆頭巫女に指名したのです。しかも、現在の巫女代表である祖母もそれを認可してしまったのですから大変なんです。ちなみに、祖母以外に巫女は居ませんので、勝手に筆頭巫女、代表巫女になります。
と、まあ、そんなことで、私は、自分が次期、筆頭巫女になる予定の神社に来るように言われて断ることが出来なかったのです。そして、言われたとおりに、神社の本殿、その奥に行くと、珍しく祖母が、巫女服を着ていなかったのです。いつも、神社では絶対にこの服だ、と言って聞かない祖母が、それを着ずに、妙な民族衣装に身を包んでいる様は、滑稽と言うより不気味で仕方がありませんでした。
「お祖母様、一体、何の用でしょうか。私も学生の身ですので、今は学業に身を入れねばなりません」
もちろん、勉強なんて全然していませんでしたけれど。そのように告げると祖母は、無言で、本殿の奥から1振りの刀を取り出してきたのです。
「これは、天羽々斬と言う日本神話にも登場する聖剣だ」
皺枯れ声の祖母はそんな風に私に言って、刀を渡してきました。
この天羽々斬について、日本神話に載っていることを祖母は語り聞かせました。その内容は、……。
高天原。そこに住む須佐乃男命は、母である伊邪那美の元へ行きたいと願い、伊邪那岐の怒りを買い、高天原を追放されてしまいます。
そして、出雲国に降り立った須佐乃男命は、そこで老夫婦と娘にであいます。この老夫婦には、8人の娘がいましたが、毎年、八つの頭と八つの尻尾を持つヤマタノオロチが1人ずつ喰らっていくそうで、今年が8年目、最後の娘である奇稲田姫を喰らう年であるというのでした。
老夫婦、アシナヅチとテナヅチに、須佐乃男命は奇稲田姫を嫁に貰う条件としてヤマタノオロチの退治を申し出ます。
老夫婦がそれを承諾すると、須佐乃男命は、奇稲田姫を櫛に変えて、自分の髪に挿すとヤマタノオロチに酒を置いた罠に誘い込み、泥酔させます。
そして、その状態のヤマタノオロチを切り刻んだのが天羽々斬と言う刀剣なのでした。別名では、布都御霊剱とも蛇之麁正とも言うらしいですが、祖母曰く、それは伝承が混ざってしまっているだけで布都御霊剱は別に存在するようです。
その後、櫛に変えた奇稲田姫でヤマタノオロチにトドメを刺すと、奇稲田姫を元の姿に戻して結婚をしました。
そして、退治したヤマタノオロチの尾から出てきたのが天叢雲剱や草薙剣とも言われる剣です。
とそんな日本神話にも登場するこの天羽々斬ですが、それが、私の家に……いえ、九浄家に伝わったのは、遥か昔に遡ります。
元が、辰祓神社と呼ばれる立原家が経営する神社と、親戚に当たる九浄家の運営する九浄天神神社は提携を結んで、同じ神を祭っていました。その辰祓神社には、何故か、よく聖剣と呼ばれるものが奉納されるのです。天月神社と辰祓神社の2つの神社は、特によくそうなっていました。そこに持ち込まれた1つが天羽々斬なのです。
天羽々斬は、その後、九浄家の人が祀るとともに、護身用の刀として愛用していたみたいですね。そして、その後は、祀られることもなく、護身刀として愛用され続けます。
そして、脈々と受け継がれた後に、青葉璃叉と言う人に渡り、璃叉さんの婚約者である夕暮涼慈さんが、聖剣としての力を封印して、娘の咲さんに託すと、咲さんの婚約者である立原斬麻さんが親戚の家に祀った、その祀った家こそ九浄家で九浄天神神社であったのです。
そして、再び九浄天神神社に祀られることになった天羽々斬は、現在、祖母から渡されたこの刀なのです。
「本来、この刀は、ここに祀っておかねばならぬものだと言われていた。しかし、私ももう、歳だ。だから、讃、貴方に授けておく。いずれ、何かの役に立つかも知れないからな」
え、何でしょうか。今すぐにこの神社を継げといわれると思っていたのですが、そういうことではないようです。
「このような神社は放っておけば廃れるだろう。このような人の居ぬ地に祀られても、神も心細くあろう。お前が持ち歩き祀れば、そのようなこともなくなる。私は、この地に骨を埋めるが、もう、この神社もしまいだろう。神も居らぬのに続ける意味もあるまいて」
つまり、神社を閉めるということでしょう。でも、何故、祖母が急にそんなことを言い出したのか気になって聞いてみます。
「蒼紅さんが来るまでは、私も存続を選んでいた。しかし、その考えは、古いということに気づかされたのだ」
蒼紅さんと言う人が、祖母に助言をして、考えを変えさせたというのでした。その蒼紅と言う方が何者かは分かりませんが、相当な話術を持っているのでしょう。頑固な祖母が考えを変えるということは滅多にないのですから。
そして、このときの私は知らなかったのです。この刀に込められた「曰く」と言うものと「約束」を。
SCENE.NOW
青森の地を離れて、三鷹丘へと戻ることが決まりました。しかし、三鷹丘よりも交通に便利な鷹之町市に住むことを勧められたので、その土地で、2軒続けて空いている場所を探して、私の家と幼なじみの怜斗君の七鳩家が一緒に引っ越すことになりました。
まあ、鷹之町市は高速道路のインターチェンジも近いですし、空港も有りますし、大きなショッピングセンターもいくつかありますからね。そういえば、三鷹丘の端の方にはアウトレットもありますしね。
そういうわけで、引っ越すことになったのですが、その下見に行ったときに怜斗君に任せてついていくと奈良に連れて来られちゃったんですよ。そこで、《神創具》を使う女の人に会えたからよかったものの。
《神創具》とは祖母が言っていたもので、一般的には《古具》とも呼ばれているようです。私もそれを持っていますし、怜斗君も持っているので、別に大した驚きはありませんでした。
しかし、その後でした、奇妙な夢を見たのです。温かな夢を。私と婚約者の……おそらく、前世と言うものがあれば、それに当たるのかもしれません。
九浄燦と、蒼刃光の暮らしたそんな温かな夢と、最後に交わした約束の夢を……。
――もし、生まれ変われるのなら……
そう、あの約束は、私の心に刻まれているのです。
――もし、生まれ変われるのなら……また、結ばれましょう
――ああ、もちろんだよ
2人が交わした永劫の約束。叶うことはないと、あの時は思っていました。でも、私は再び生を受けたのです。ならば、あの人も……。
私は、それを信じているのです。この讃の元に再び巡って戻ってきた燦の刀を信じて、また、私の愛する人を信じて……。
そして、明日、火曜日は、編入初日です。新天地、新たな出会いもあるでしょう。まだ、2年生ですし、部活に加入するのもいいかもしれません。クラスに馴染めるかは不安ですが、今日、担任だという人から連絡が来て、
「面倒だが、転入生は全部ウチのクラスに放りこまれるらしいんで、俺が担任だ。廿日雨柄ってぇ言うんだが、まあ、覚えてもらう必要はねぇな。とりあえず、明日は早めに学校に来ることを心がけてくれ。あと、教室じゃなく、職員室に来てくれ。じゃあな」
と用件だけ言って切られてしまったので、よく分かりませんが、面倒くさがりなだけでいい先生だと思うので一安心ですね。私の護身刀である天羽々斬の件を先にお伝えしたかったのですが、生徒から電話をかけるというのも迷惑な話でしょうし、明日、登校した後にでも話をすることにします。おそらく、鞘袋に入れていれば、真剣と気づかれることはないと思いますし、剣道部か何かと勘違いしてくれるでしょう。……防具や面を入れる袋を持たずに竹刀だけ持ち歩く剣道部員も変ではありますが、剣道部の方以外はさほど違和感はないでしょうし、入部していれば、部室に防具を置いていくことも多々あるでしょうから、まあ、大丈夫でしょうね。
それにしても緊張しますね。……でも楽しみです。どんな出会いが待ち受けているのでしょうか。
本屋に新刊を買いに行っていたら遅くなりました!