154話:終わった戦い
とりあえず戦いは終わった様なので、【魔剣・グラフィオ】をどうしようかと考えていたらしまうことが出来た。白い部屋にしまわれたのだろうか。まあ、考えても分からないことはひとまず置いておこう。
今回はかなり危なかった。今まで戦いは何度か経験した。無論、青葉紳司としての話であって、六花信司としては、もっと危険なこともあっただろう。だが、今の俺は、青葉紳司である。ただの高校生だ……などと言うつもりはないが、高校生だ。
天姫谷螢馬ちゃんとの戦い、ガウェインやトリスタンとの戦い、カノンちゃんとの最初の戦い、明津灘大地との戦い、2回目のカノンちゃんとの戦い、天城寺真呼十との戦い、天城寺家の有象無象との戦い、最後のカノンちゃんとの戦い。今まで潜り抜けてきたのは、さほど大した戦いではなかった。一番辛かったのは大地との戦いだったが、あれは試合だ。殺し合いではない。そう言った意味では真呼十との戦いも中々だったな。
だが、正真正銘、今回は一番ヤバかった。全ての武器が無効化されるとかラスボス戦かよ、と思ったぜ。
「ちょ、どうなってんのよ、これ」
近寄ってきた秋世がそんな風に言った。どうやら、生徒会全員が、それぞれ敵とバッタリ会って戦闘を行ってきたようだ。何故、そんな偶然のように……。そして、何もせずに、生徒会室で、お茶飲んで待っていたであろう秋世め、仕事しろ。
「馬鹿じゃねぇの。仕事しろ教師」
俺は、壁に寄りかかりながら秋世にそう言った。何だって、俺は生徒会の仕事が終わって帰っていただけだってのに、死にかけなきゃあかんのだ。
「あ、酷い。私だって、アーサーさんから連絡を受けてすぐに皆に連絡をまわしたのに」
どの辺が酷いのか俺に教えてほしい。命がけの死闘を潜り抜けた高校生と連絡しただけの教師、どちらが大変かは一目瞭然だろう。
「てか、どうやって《刻天滅具》と《古具》なしで渡り合ったのよ……あ、そか、《古具》を持ってないからこそ渡り合えたのね。でも素手で槍と殴りあうとか無謀すぎでしょ」
ああ、秋世たちは、まだ、俺が《古具》を持っていることを知らないんだったな。まあ、この状況で言う必要もないか。言ったからといって、この状況では俺に特はないしな。それだったら、必要なときに明かしたほうが楽だ。
「ん、静巴、大丈夫か?」
もう、翼は生えていない静巴は、ふらついた足取りで、俺たちに合流を果たした。もう少し寝ててもよかったんじゃなかろうか。
「ええ、どうにか。それにしても、発動したはいいですけど、わたしの《古具》はよく分かりませんね」
そう言いながら、ミランダちゃんをチラリと見ていた。静巴の話を聞いて、秋世が慌てたように静巴に問いかけた。
「え、《古具》が発動って、本当に?!」
静巴は、ミランダちゃんから視線を外すと秋世を見ながら言う。その視線は、どことなく蔑んでいるようにも見えたのは気のせい……だと思いたい。
「うん、まあ。翼が生えただけだけど」
秋世にはタメ口で話す静巴。そして、静巴が、くるりと俺の方を見て、少し妙な笑みを浮かべながら言う。
「彼女のあの様子を見る限り点穴をついているようですね。……二式は習得してなかった気がするんですが?」
……っ、それを知っているのは「静葉」のはずだ。それを「静巴」の状態で言ったということは、記憶が、魂が、一つになったということか?
「見よう見まねだよ。本家には劣るから、点穴の切りも甘い」
妙な笑みが、失笑に変わった。俺は今、そんなにおかしなことを言っただろうか。特に変なことは言ってないと思うんだが。
「ふふっ、流石ですね。英司が『あいつは化けモンだよ、見ただけで真似ていきやがる』と言っていたことを思い出しました」
確定だ。英司のことすらも覚えているなら、この「静巴」は「静葉」でもある。そうか、1つになったのか。
「アホ言え。あんな技を生み出して乱用してたあいつの方が化けモンだ」
そう言いながら、ユノン先輩の方を見た。うん……眩しい。一体何があったのだろうか。ドピンクのペンキでもぶちまけられたのだろうか、と思うくらいにピンクの髪に染まっていた。
「一応聞きますけど、市原先輩のそれ、美容院でおまかせにしたらそうなったとかじゃないですよね」
俺の冗談にげんなりとした顔で応対するユノン先輩。そういえば、ユノン先輩のお母さんは【桃色の覇王】って呼ばれてたんだっけ。その二つ名が髪の色が由来なら遺伝ってやつかもしれんな。
いや、急にピンクに染まるのは遺伝でもありえんだろう。しかも、【力場】が展開されていたようだし。
「【桃色の覇王】姫野結音の血筋は健在ってことでしょうかね」
俺の言葉に反応したのは、秋世だった。俺の方を勢いよく見て、詰め寄ってきたのだ。何だよ。
「今、姫野って言った?」
なんだろうか、その名前に何か特別な意味でも込められているのだろうか。俺は少し気になったので、頷いて秋世の言葉の続きを待った。
「姫野は三神の家系の1つ、朱野宮家の分家よ」
朱野宮……。姉さんから三神の話は聞いていた。確か、三神っていうのは、
「ある戦争において、死して契約により神の座にその魂を押し上げられた三人。篠宮無双、蒼刃蒼天、緋葉」
確か、姉さんはそう言っていたはずだ。そして、蒼天の子孫が俺達青葉家で、無双の子孫が姉さんの友人の篠宮はやてさん。そして、緋葉の子孫は朱野宮を名乗りじいちゃんの仲間の朱野宮煉巫さんである。
青葉の分家には蒼刃とか、分裂した俺の直系に当たる蒼紅とシィ・レファリス、なんてのもある。いや、シィ・レファリスは、血が繋がっているだけで分家ではないんだがな。
あと、姉さんの話だと、篠宮家の分家は、西野と東雲と言うと、この間の説明会で言っていた。東雲、と言うと、連星刀剣の持ち主として七星佳奈が言っていた東雲楪なんかがそうなのだろう。
そして、今、秋世は朱野宮の分家が姫野だと言った。これは、うちの周りに朱野宮家の人間が少ないので、全く知らなかった。或いは、姉さんは知っていたのかもしれない。
「三神については、そうよ。で、その緋葉の子孫である朱野宮の分家には、姫野や佐野なんて家があるのよ」
姫野に、佐野。これらの家が分家なのか。覚えておこう。そして、秋世はユノン先輩の髪を見て言う。
「てっきり《古具》の影響か何かだと思ったけど、その染髪の原因は、姫野の血よ。朱野宮家の人間は代々、赤色の髪を持って生まれるの。それは、朱色や緋色、赤と言われるどのような色にも見える不思議な髪色なんだけれど、姫野家は薄まっている所為で桃色の髪の毛になるようなのね。
まあ、普段は、ほとんどのそれが何にも反応しないから黒く染めちゃえば大丈夫なんだけど、何かのきっかけで、朱野宮固有の力を使うと元に戻っちゃうらしいの」
朱野宮固有の力……。青葉家で言うところの【蒼刻】の様なもののことだろうか。
「何か、超常的な回復力とか使わなかった?」
秋世がユノン先輩に問いかけた。ユノン先輩は、数刻迷ったが、すぐに思い当たるものがあったのだろう。ハッとした表情で言う。
「確かに、影の魔物に牙や爪で、噛み付かれたり、引っかかられたりしたはずだけど、次の瞬間には治ってたわね?」
不思議そうに自分の腕を見ているところから、噛み付かれたか、引っかかられたのは腕なのだろう。しかし、三神の関係者だったとは……、ユノン先輩のお母さんって一体どんな人物だったんだろうか。
「まあ、まだ制御できないようだけど、今度、まとめて『龍神様』のところに行こうと思っていたから、そこで煉巫さんにでも教わるといいわ」
龍神様、確か、《聖剣》騒動のときにも名前は出ていたな。協力者で《聖剣》を直す力を持っている存在だとか。存在、と言った理由は、あの時「人……と言っていいのか迷うけど」みたいな感じのことを、秋世だったか、聖騎士王が言っていたような気がするからだ。おそらく本物の龍ではないにしても龍の形をしているか、それとも異形の形をしているか、少なくとも人型はとっていないだろう。
「煉巫さん……って?」
ミュラー先輩が話に入ってきた。流石にほったらかしにされて寂しかったようだ。俺に抱きつきながら、秋世に向けてそう言っていた。
別に会うのなら言っても問題はないだろうし、俺が知っているのもじいちゃんの知り合いだから、で通るだろう。
「朱野宮煉巫さんっていう、俺のじいちゃんの仲間だよ。俺も直接会ったことはないが、父さんは……変態ドMって言っていた気がする」
説明会のときにそんなことを教えてもらったような気がしないでもない。しかし、そんな人物を仲間に加えているとは、じいちゃんも物好きだよな。
「ええ、まあ、変態っていう点に関しては否定できないわ。切られて喜ぶ様な人だし、大抵の傷はすぐに治るからって、切られることに快感を覚えるようになったらしいけど。
紳司君のおじいさんで《殺戮の剣》と言う《死古具》を持っている青葉清二さんが仲間にしたのよ」
ああ、じいちゃんが仲間にしたんだな、やっぱり。……ダリオス・アーティファクト。ああ、そういえば、すっかりミランダちゃんのことを忘れていた。
「あー、そういえば、そこのミランダちゃんたちってどうするんだ?」
えと、ミランダちゃんと、静巴が倒したランスロット、ユノン先輩の倒した謎の男(ユノン先輩に名乗らなかったらしい)、ミュラー先輩が倒したデリオラちゃん(ミュラー先輩が男だったと証言)のことだ。
「あれ、そういえば、報告だと、もう1人……」
何、まだ敵がいるって言うのか?でも、誰とも会っていないし、こちらに向かってきているのだろうか。
そう思ったとき、強大な聖気と闘気を感じた。この感じ、七星佳奈だ。もしかし、その1人は、七星佳奈が戦ったんじゃ……。
「誰かきましたね」
静巴は、誰かが来たのは分かっていても七星佳奈だとは思っていないようだ。俺は、皆を手で制しながら、もう1人の功労者を迎える準備をした。
「どうも、七星佳奈さん」
俺のにこやかな微笑みをいぶかしむように睨みつけながら、不機嫌そうに俺たちの元へとやってきた。