152話:ランスロットVS静巴
SIDE.SHIZUHA(with 1st SWORD KING)
わたし、花月静巴は、秋世から緊急連絡を受けて、三鷹丘学園に向かっていました。無論、手には、青葉君から必ず持ち歩くように言われている【神刀・桜砕】をキチンと持っています。
今回は、「敵」とはっきり、秋世が記していますからね。そして、三鷹丘学園に集まるように言っているということは、秋世だけではどうにもできない状況で、しかも敵の位置が分からないか、敵が三鷹丘学園を狙っているかのどちらかであるということですよね。ならば、すぐに向かわなくてはならないと同時に、警戒を強めなくてはいけないでしょう。なぜなら、敵が三鷹丘学園を狙っているのなら、敵も三鷹丘学園に移動中と言うことになりますよね。
だとしたら、その敵に出会ってしまう可能性も有るということを考えなくてはいけないということです。
もしも、出会ってしまったら、戦闘になります。それだけは避けなくてならないのですが、避けられないことも考えなくてはなりません。その場合は、わたしはどうしたらいいのでしょうか。《紅天の蒼翼》と言う、わたしの持つ《古具》は、今のところ、どのような効果があるのかすら分からないものです。戦闘になっても役に立たないでしょう。
なら、わたしは一体どうすればいいのでしょうか。この手に持っている刀を抜けというのでしょうか。
――あら、抜けばいいじゃない
心のどこかで、そんな声が聞こえた気がします。敬語ではない、どこか大雑把なわたし。わたしではない別の誰かのような、そんな口調に違和感を覚えます。
――当然じゃない、別人だもの
さらに、そんな声が聞こえます。別人……ですか、では一体、誰だというのですか。わたしの中にいるのに、わたしではない人物。
――そんなことはどうでもいいのよ。わたしはもう消えるんだから。でも、アンタには覚えておいて欲しいこともあるのよ
覚えておいて欲しいこと、ですか?それに消えてしまうというのはどういうことでしょうか。
――簡単よ。わたしの愛した人のことと、わたしの学んだ剣と、わたしの交わした約束。たったのこの3つを覚えておけばいいのよ
愛した人って、……わたしにも一応、愛する人がいるわけでして、その記憶を上書きされるような真似をされるのは非常に困るのですが。他の剣を覚えるのも約束を覚えておくのも構わないのですが、それだけは。
――大丈夫よ。覚えれば分かるわ
覚えればって、そんな簡単に言いますが、人間の記憶と言う仕組みはそんなに簡単ではなくて、覚えたとしても引き出せなくては意味がないんですが。
――あー、もう、んな小難しい話はいいのよ。ほら、やるわよ
その声とともに、わたしの中に、「それ」が元から存在していたかのように、存在していたわ……。まるで、わたしが、わたしでないような感じがするわね……。
……っ、口調も変わっているのは、この記憶による混乱のせいね。しばらくしたら戻るでしょうけど、完全に元通り、とはいかないでしょうね。
堅苦しいわね。わたしは、自分でいつもきっちりと締めていたタイを解いて、ボタンを2つ外す。あー、だいぶ、記憶の混濁も収まってきたわね……きましたね。
なるほど、わたしの言った「大丈夫よ」の意味も大体は理解できました。それに、剣も、……約束も。
青葉君……彼は、信司だったのね……だったんですね。そして、気づいていた、わたしが「静葉」であることに。少なくとも、修学旅行の2日目からは、確実に気がついていました。その前は、おそらく、気づいていないので、初日の夜か2日目の朝に何かがあったということですね。
きちんと、約束も覚えています。信司と最期に交わしたあの約束を。だから、わたしは、こうして生まれ変わったのでしょう。だとしたら、今は、1つになってしまった七峰静葉と言う魂が残してくれた「思い出」と「剣」、そして「約束」、これらのために、――そして何よりも彼のために、わたしは、剣を、刀を振るいます。
剣……刀……、それらは、あの時代の静葉には欠かせないものでした。今、他人として、あの頃のことを客観的に見られる状況だから言えることですが、あの時代は、今ほどいろんなものがあるわけではなかったんです。
娯楽と言えば、男は、剣舞大会や魔物狩りばかり。仕事と言えば、農家か、狩人か、鍛冶屋か、武器屋か、薬屋か、剣舞大会でいい成績を残して衛兵になるって位しか仕事のない場所ですよ?
そら、地域によっては、漁師とか、建築家とか、研究家とかがいたんでしょうけど、村に人が移り住むなんてことはわりませんでしたから建築家なんて地方には要らなかったんです。平均寿命も男で60歳、女で45歳とかの時代ですからね。生まれるペースと死ぬペースが大体一緒でしたし。
だからこそ、女は、それこそ、生むための道具、なんて豪語する人もいましたし、それを肯定する女もいました。今、この世界でこそ「男女平等」と言う名の「女尊男卑」を訴えられますが、あの時代には、魔物を殺さなくては食料は手に入らないし、男がいなくては魔物に勝つこともできない女性が大半でしたからね。生きていくためには男の下に降るしかない女がいっぱいいたんですよ。
まあ、静葉は、そんなことを嫌う性質だったので、自分で狩りをするうちに、心技体と強くなったんですが。
そうそう、娯楽でしたね。男の娯楽は剣舞大会や魔物狩りといいましたが、では、女の娯楽はなんだったか、と言う話です。
単純な話ですよ。「男」です。
今でこそ、倫理観的視点から蔑視される行為ではありますが、これにかんしては、きちんとした説明が可能です。
まず、娯楽なんて、ゲーム、インターネット、買い物、美容など数多ある現代ですが、それが皆無な場所では、自然とその場で出来るものが娯楽になっていくということ。
次に、現代の世界では、人口も安定していて、平均寿命も延び、さほど危険のある場所も多くはないですからこそ一夫一妻などになっているわけですね。ですが、あの時代は、人口も少なく、平均寿命も低く、危険が多い場所に住んでいたのですから、生存本能も働いて、女は男と子供を生さなくてはならないと思うようになり、男を求めます。それにそんな社会環境ですから、権力者は力を象徴するし、貧困に喘ぐものは子孫を残そうとするために一夫多妻や多夫一妻、多夫多妻なんて事にもなるのです。
まあ、それは言い訳でもなんでもなく、ただの社会的風潮だったのですが、そもそも国によってはまちまちでしたが、端っこの自分はどこの国に所属しているのかも分からないような村や町も存在するわけで、それらが王都に住民票なんかを届けたり、婚姻届を届けたりするわけでもなく、ほぼ事実婚でしたからね。
まあ、静葉は、そんな時代の中、男なんていらん、とばかりに、自分で剣を振って稼いでいましたし、信司や英司とはその頃に出会っても、ただの飲み仲間とかその程度の関係でしたけど。
はっきりと男を意識するようになったのは、信司の仕事を見学したときでしたね。ここからは、「愛した人のこと」だから、鮮明に記憶に焼きついています。
あの時、静葉は、懸命に鉄を打つ信司に確かに好意を抱きましたが、それを肯定できるわけもなく、素直になれずにいたのです。そこで、試しに英司と付き合ってみよう、と言うことで英司に相談したらあっさり「いいよ」と言われたのが印象的ですね。
で、そのまま一回やってみようと言うことで、やったらあっさり妊娠して静を産んだんです。まさか、一発で妊娠するとは……。
それで、まあ、子育ても落ち着いた頃に、わたしは言ったのです。
「ねぇ、信司。結婚しない?」
その言葉に、珍妙なことを聞いた、と言う顔で信司が言ったのです。
「お前、結婚してるだろ」
その言葉に静葉は拗ねて、頬を膨らませました。まあ、好きな人にそんな反応をされたからですよね。
「結婚してるけど、ねぇ……。それに別に犯罪じゃないんだし」
先ほども言ったように、別に犯罪じゃないので静葉としては、英司のように素直に「いいよ」と行って欲しかったんです。ほら、まるで、「お前に魅力がない」って言われている見たいじゃないですか。
「英司はいいのかよ」
信司は英司に聞くんですが、英司は元々、それを知った上で静葉と婚約したので何ら問題はないのです。
「静葉がいいならいいと思ってる。別にお前のことは嫌いじゃないしな」
とりあえず、当たり障りのない言葉で、場を濁しつつ、英司は、普通に「いいよ」と言ったのです。
「分かった。お前らがいいなら、結婚しよう」
観念したように信司は、そう言いました。こうして、静葉と信司は結ばれてその後は、たくさんの時を過ごしていったのです。その最期のとき、静葉と信司はある約束を交わしたのでした。
そうして、今の静巴があるのです。
刀を抜く覚悟は決まりましたね。では、向かいましょうか、三鷹丘学園に。そう思って、しばらく歩いたところで、わたしの直感が……かつて、怪物を狩ったり、猛者と戦ったりしたときの本能的直感が、剣士を感じ取ります。
剣士、剣を使う者。それは、感覚でつかめるようになるのです。鋭い気配、剛毅な気質、それらを持つ者は、おそらく剣士。
そして、このようなところにいる剣士は、十中八九、敵と言うことになります。少なくとも、わたしの知り合いの中にいるいずれの剣士の気配とも違いますからね。
「行きますよ、【神刀・桜砕】」
鞘袋から【神刀・桜砕】を抜き出します。そして、気配に集中して、位置を探り出しました。
近い……ですね。
「そこの男、こんな時間に、何をやっていらっしゃるんですか?そんな物騒なものを持って」
わたしの言葉に、そこに居た男が歩みを止めます。その手には、大きな剣が握られていました。にじみ出るような禍々しさに、思わず目を細めてしまいそうになるほどの邪悪な剣。
「そちらのも、ただの人ではないようですね。ジャパニーズサムライと言う奴ですかね?」
ああ、刀を持っているからですかね。暗がりだったせいで分かりにくかったですが、英語で話しかけてきたと言うことは、日本人ではなく外国人。それも英語圏の人間であり、イギリスか、イギリスに近いところの国ですね。イントネーション的に。
英語に限らず、言語は、各地で使われます。例えば日本語ですら、日本の至るところで使われていますが、北海道から沖縄までで、「方言」と呼ばれるものがあり、独自の言語を生み出しているようなこともあります。
英語においてもそれは同じで、しかも英語に関しては国を跨いで使われますから、もっと広く分岐しているんです。例えば、アメリカでも南部訛りや北東部の訛り、それにハワイなんかは本土と離れている所為か全然違う独特なイントネーションが多いですね。
ほかにもアメリカ英語とイギリス英語なんかは、表現やスペルが違うものがありますしね。有名な話ですと、イギリスでは1階をグランドフロアとして2階がファーストフロア、3階がセカンドフロア、……となっていくのに対して、アメリカでは1階がファーストフロア、2階がセカンドフロア、3階がサードフロア、……となっていくこととかですかね。
なお、日本は、アメリカと同じ方式ですが、よく考えると地上は0階であると言う考えをしているのがイギリスで、では、何故地上なのに1階なのか、と言う疑問も生むのですが、そんな話を今している場合ではないので割愛します。
後は、「Can」は、「出来る」と言う意味ですが、アメリカだと「キャン」、イギリスだと「カン」と言う発音になるとかですかね。まあ、そんなことは今はいいでしょう。
「侍ではなく女剣士ですがね」
そう、いまや、剣帝の名を持っているわけではないのですよ。男にそう言葉を英語で返すと、彼は、意外そうな顔でわたしを見てきます。
「剣士……と言うことは、得意な得物は剣ではないんですか?」
わたしも昔は剣を使っていたわよ。連星刀剣が1つ、連星剣をね。……っと、思わず敬語ではなくなってしまいました。昔に関係することに関しては引っ張られやすいようですね。
「剣なら娘にあげたわ。今は、愛しの夫が打った、この子を得物にてるのよ」
静葉の口調で、さらりと口から出た言葉。あ、この子と言うのは【神刀・桜砕】のことですよ。
「夫……、娘……。誰がどう見ても学生にしか見えませんが、年齢を偽っているんでしょうか?」
男は、わたしにそう問いかけます。でもわたしは偽ってなどいないんですけどね。性格には記憶を受け継いでいるだけで、この身体はピチピチの高校生なんですから。
……ピチピチなんていう表現を使うのも魂の統合の影響でしょうか。まあ、さほど私生活に影響が出るほどの違和感はないでしょうから問題ないでしょう。
「いえ、わたしは紛うことなき高校生ですよ。三鷹丘学園、生徒会書記、花月静巴です」
わたしの名乗りに、男は、剣を抜いて構えて、礼儀正しく名乗ります。
「《魔堂王会》所属、ランスロット。そして、これが、自分の愛剣《堕ちた烙印の剣》です」
禍々しい剣、それをアロンダイトと呼びました。そして、当人がランスロット。アーサー王伝説の円卓の騎士の1人、サー・ランスロットに準えているのでしょうね。
湖の騎士とも呼ばれるサー・ランスロットは、アーサー王の妻であるグィネヴィアと不倫していた人物であり、その不倫が明るみになって処刑されようとしたグィネヴィアを救うために処刑を阻止するためにアーサー王と対峙した騎士でもあります。この処刑を阻止する過程で、ガウェインの兄弟が2人亡くなってしまって、そのことにより、ガウェインがアーサー王にランスロットを討つように言い、フランスでアーサーとランスロットが戦うことになります。その際、ランスロットはグィネヴィアをモードレッドに預けますが、モードレッドはグィネヴィアと結婚して玉座の簒奪を考えていたのでした。
かくして、モードレッドとアーサー王は、カムランの丘で相打ち、アーサー王は、ベディヴィアによってアヴァロンへと連れて行かれ、そこで永遠の眠りにつきます。グィネヴィアは、アーサーの元を訪れて、そこでランスロットと再会しますが、ランスロットは、グィネヴィアに拒絶されてしまいます。
そして、二度と生きて会うことはなく、グィネヴィアの死を知ると断食して死亡したとされていますね。
そして、そんな彼が、湖の精霊から賜ったのが「アロンダイト」とされています。このアロンダイトと言う剣は、詳細は分かっていませんし、そもそものところ、所謂アーサー王伝説される書には一切名前の出てこない剣なのです。時に、アーサー王の賜ったエクスカリバーの姉妹剣ともされる、この剣は、先に言ったようにガウェインの兄弟を切った、そのときに魔剣に堕ちたとされていますね。
「この剣は、アーサー王伝説とは違って、2001人の一般人を切り殺しているんですよ。《聖王教会》最大の悪事、《惨殺祭》。イギリスのある町を丸々3つ、そこの住人を全員切り殺した最悪の騎士、ランスロット、その人物こそ、自分の父に当たります。そして、それだけの人間を切ったことにより《堕ちた烙印の剣》は《魔剣》となっているのです」
《魔剣》。なるほど、わたしの相手には、丁度いいと言うことでしょうかね。剣には剣を。剣士には剣帝を、と言うことですかね。
「では、戦いと行きましょうか」
ランスロットの目つきが鋭くなります。そして、その猛禽類のような目が、わたしのことをしっかりと射抜くのが分かり、肌がざわつきます。こんな、突き刺さるような獰猛な視線は久しぶりですね……。
わたしは、正直に言って、間合いを計るようなまどろっこしい真似も、隙が出来るタイミングを待つなんて真似もしません。
隙がなければ作ればいいんですよ。そう、突っ込んで、隙を作って、刀を叩き込むのがわたしの戦法なのよ。
「ハァッ!」
入りを気づかせないように、予備動作なしで瞬時に間合いを詰めます。ランスロットは反応に遅れて、剣を振るおうとわたしに向けますが、その剣を【神刀・桜砕】の峰で払いのけるようにしながらも、剣を滑らせるようにしてランスロットの首まで滑らかに刀を運びます。
「なっ」
ランスロットには声を出す間も与えません。そのまま一気に刀を首に突き刺す……寸前に転がり避けました。
チッ、壁に追い詰めて使うべきでしたね。でないと、こうやって逃げられますから。
「ヤァッ」
ランスロットは、転がりざまに、そのままわたしに向かって一閃を放ってきます。それを、見切ってギリギリの移動で避けながら、その剣を踏みつける。
横に振ったということは、刃がある方は横を向いているということで、上から踏みつけてもわたしには何のダメージもないのです。
――ガンッ
地面に踏みつけられた剣が鈍い音を立てました。そのまま、左足で踏みつけたまま、右足でランスロットの顔面に蹴りをお見舞いする。
女子高生の体重如きなら、ランスロットが全力で力を入れればどかすことも出来たでしょうが、ランスロットの腕は、地面に剣を叩きつけた衝撃によって手が痺れているでしょうし、衝撃で手を離したとしても柄の下敷きになってどかすことができなかったでしょうから、片足で乗っていたわたしをも動かすことが出来なかったんです。決してわたしの体重が重かったわけではありません。
「これで終わりですよ、騎士さん」
わたしは、ランスロットの持っていた《堕ちた烙印の剣》をリフティングの要領で、足の甲に乗せ持ち上げるように蹴り上げます。
――ベキンッ
居合いの構えから、一気に《堕ちた烙印の剣》に【神刀・桜砕】で真っ二つにへし折りました。
あくまで、居合いの構えであって、鞘には入れずに形だけでしたが。
「貴方の得物はなくなりました。もはや戦う意味もないでしょう」
念のために、ランスロットの首に【神刀・桜砕】を突きつけんながらそう言いました。
「申し訳ありません、……ミランダ様」
彼は、そういいながら、気を失います。どうやら、蹴りがだいぶダメージとして残っていたようですね。軽い脳震盪程度でしょうし問題はないでしょう。
さて、どうにかして彼を三鷹丘学園に運ばなくてはなりませんね。
え~、更新が遅くなって申し訳ありません。大体2話分になってしまったので、遅くなりました。




