151話:ディルセVSユノン
SIDE.YOU KNOWN(HAPPY MELODY)
私、市原裕音は、天龍寺先生からの連絡を受けて、三鷹丘学園へと向かっているところだったわ。今日も家族がホテルに呼んでいたからサボる口実にはなったんだけれど、こうも呼び出されるってことは、緊急事態ってことよね。
緊急事態じゃない召集には、し、紳司の名前を使って呼ぶからすぐに分かるし。餌で釣ってるのよ、……まあ、釣られている私やミュラーは何もいえないんだけどね。
でも、どうすればいいのかしら。敵がいるということと、三鷹丘学園が集合場所ってことを考えると、敵が三鷹丘学園に向かってきていると考えるべきなのか、それとも敵の居場所が分からないから、とりあえず三鷹丘学園に集合して身を固めておきましょうってことなのかしら。
正直に言って、私と紳司、花月さんは、無力。戦力になるのは、ミュラーの《聖剣》……《赫炎の剣》と《古具》……《赫哭の赤紅》、天龍寺先生の《銀朱の時》くらいでしょうし。
《古具》を持っていない紳司でも頭が切れるから参謀に起用するにしても、花月さんのように《古具》が発現していても、その能力が分からない場合は何の力にもならないわよね。そして、力が、魔物や妖怪と言う存在しないものにしか作用しない私の《破魔の宝刀》なんかも、無用すぎるし。
そりゃ、敵に魔物を生む能力とか魔物を使役する能力なんていうのを持った《古具》使いとかがいれば別だけど、そんな都合のいいことが有るわけがないし。
まあ、敵が何人かも分からない状況で、誰が使えるとか、誰が使えないとかそんなことを言っていても仕方がないんだけどね。とりあえずは、集合場所に急ぐのが最優先よね。
私は、再び学園に向かおうと足を動かし……そこで、止まる。急な違和感。それは悪寒と言っても過言でないほどにゾッとするもの。
全身の血が騒いでいるのを感じるわ。何かが来る、と。まるで、私ではない誰かがそれを予見しているかのように……。血が、DNAが危険を知らせているのだ、とそんな感じがする。
市原……、退魔の血筋である私の家。家を嫌う私がその力を最も色濃く継いでしまったのは皮肉よね。
その退魔の、魔を祓う血が、騒いでいる。滾っているのよ。まるで、お前の役目だ、出番だ、と言わんばかりに、《古具》が出てこようとする。
何なのよ、こんなの初めてよね。まるで、私と《古具》が、1つであるかのように、私の血に呼応して《古具》が訴えているよう。
――魔を滅せよと、――怪奇なる存在を滅ぼせと、――妖魔を消し去れと、――妖怪を消滅させろと、――怪異を退けろと、――魑魅を切れと、――妖異を殺せと、――悪魔を浄化しろと、――物の怪を亡くせと、――魔物を祓えと。
そして、滅して、滅ぼして、消し去って、消滅させて、退けて、切って、殺して、浄化して、亡くして、祓って、それらを一へと還せ、と。
市原の……一祓の血が騒ぎ立てる。確実に魔物が、魔の物がいると。魔を使役する人間がいると。
私は、その者を倒さなくてはならないのよ。なぜだか分からないけれど、それが分かってしまう。そして、それを倒すことが、紳司の助けになる……はず。
おそらく、この魔物を持つ者は敵のことよね。私たちの身内にはいない能力だし、なら、それを倒すだけよ。
私は、私の中の血にしたがって、まっすぐに、その敵へと向かって突き進む。すると、どこからともなく、私を捉えるような無数の気配を感じたわ。
――間違いない、この気配がっ!
その気配は、敵とそして、魔物の気配よ。それも複数が常に周りを監視するように散開しているみたいね。
「《破魔の宝刀》」
私は、私の《古具》を呼ぶ。手元に現れた刀は、白色の柄と円柱状になり宝石が散りばめられた鍔、まるで白銀のように白い刀身。魔と対になるだけはあって白を基調とした美しいデザインになっているみたいね。
そして、その刀身からは魔なる物を滅する聖なるオーラのようなものが漂っているわ。私がこの力を振るったのは、人生で今まで一度だけ。
分家の……弟のように思っていた彼を殺したときだけなのよ。市瀬亜月君。通称は亜っくん。
今思い返せば、亜っくんは、私が一目ぼれした紳司とどこか似通った雰囲気すらあるのよね……。そういえば、亜っくんは、昔、こっちの三鷹丘の方で住んでいたのよね。紳司と同い年だし、もしかしたら、亜っくんも紳司のことを知っていたのかしら。
そういえば、亜っくんから、双子の幼なじみの話を聞いたことがあったわね。紳司も双子だったし……まさか、ね。
私の中で、この力は、あの家の穢れた象徴でもあり、あまり使いたくはなかったのよ。でも、使わなくてはならないのだったら、そのときは、私はこの力を使うわよ。
亜っくんはもういない。でも、紳司はいる。だったら、いないものよりもいるものをとらなくてはならないでしょうからね。
そして、母も絶対にそれを選んだでしょうから。私はポケットに入れている母の遺品のピンバッチの様なボタンをギュッと握り締める。
まるで、ピンバッチが私を突き動かすかのように、私は、《破魔の宝刀》を振るう覚悟を決めたのよ。
まるで母が、「戦え」と言っているかのように思えて、私はならなかった。だから、戦うわ、全力で。
……え?
そう思ったけれど、そこで、私の足は止まる。戦うのが嫌とかではなく、カーブミラーに映った私自身を見たからよ。
それが信じられなかったから。私は、黒色の髪をしているわ。それは、間違いなく、うちの兄弟姉妹は全員黒髪よ。
でも、今、カーブミラーに映ったのは……。信じられなくて、髪を一房ほど掴んで視界に入れてみる。
その髪の色は、間違いなく「桃色」だった。ありえない話で、さっきまでは間違いなく、私の髪は黒色だったのよ。でも、今は、桃色に染まってしまっている。
母は、極東の害蟲狩人、【桃色の覇王】と父が冗談交じりに言っていたことを聞いたことがあるし、母は確かに、「ほんとぉによかったわぁ。わたしの髪色が遺伝しないで」と言っていた。
だから、母は、黒髪ではなかったということは知っていたけど、まさか、母は、「桃色の髪」を持っていたって言うの?
そんなわけがないと思う。一般的なことで考えれば、天然の桃色の髪なんてないわけだからありえないと言い切れる。でも、私には超常的な《古具》と呼ばれる力すら宿っている。それは即ち、それがありえないことだと否定できないってことよね。
これが、私の……。暖かい。まるで、髪に母の意志が宿っているような温かさを感じたのよ。
――ガルウルッ
そのカーブミラーに呆気を取られていたのがまずかった。その隙をついて、魔物が襲ってきた。私の身体に噛み付き、爪を立てて、凄い勢いで、3体くらいがまとめてきた。
――油断した……
私は後悔の念に苛まれたが、気がつく。間違いなく、襲われた瞬間にはあった爪の跡や牙の跡が跡形もなく消えていたのよ。
訳は分からなかった。でも、傷はない。なら、戦えるわよねっ!
「ハッ!」
右手に握り締めた《破魔の宝刀》を、魔物の一匹に向けて振るう。すると、魔物は、元から存在しなかったかのように、パァンと弾けて影に溶けてしまった。
いける、戦える。これならキチンと効果があるのよ。ただ、どのくらいの数の魔物を敵が使役、または生み出しているのかが分からなかった。それに、これから増加する可能性もあるわね。
――だったら、本体をっ!
そう、本体を狙えば、この《古具》の魔物は、解き放たれるか、消滅する。ならば、本体を狙わない手はない。
「僕自身を狙ってくるつもりだね。でも、させないよ。《闇獣の王国》!」
わらわらと、その辺の影と言う影から魔物が出現する。これは、流石に刀一本でどうにかできる域を超えてるんじゃないの?
でも、どうにかしないと、かなりやばいのよね。さっきは偶然傷が治ったかもしれないけど、それがいつまで続くかも分からないし。
一体、どうしたらいいのかしら。左をポケットに忍ばせて、あのボタンを握り締める。すると……
「――裕音ちゃん、だぁいじょうぶっ。お母さんがついてるから」
ゾクリとした。ボタンを握り締めて聞こえた声は、今は亡き母の声だったからだ。その声は絶対に忘れない。忘れたくもない、温かでのほほんとした、私の愛おしい母の声。
「大丈夫。お母さんの、この血を継いでいるんだから、裕音ちゃんは、ぜぇ~ったいに負けない」
体全体を包むように、そっと、温かい母の愛を感じる。そして、分かってしまった。この刀と、私の父の血と母の血、それらがあって、初めてできる、この状況の打開方法。
闇に住む獣を、全て闇の中……影の中へと還してしまう、その方法を。
「――我は命ず。我が名、一祓裕音の名において、この空間の浄化を。
――我は重ねて命ず。我が名、姫野裕音の名において……否、姫野が本家、朱野宮裕音の名において、この空間の治療を。
――我は三度命ず、我が刀、《破魔の宝刀》において、この空間の魔を打ち祓えっ!」
《破魔の宝刀》の刀身が輝き、それを地面に突き刺す。アスファルトの地面にやすやすと刺さった、そこから、全体に広がるように眩い光が周囲を包む。
それは、浄化の光。私の父から連なる一祓の退魔の血と私の母から連なる姫野の治癒の血と私の《古具》である《破魔の宝刀》による退魔の力によって、この空間の魔物を全て影へと還し浄化したのよ。
……私は、母の旧姓を知らなかった。生まれてからずっと知らなかったし、父と縁を切っていたので、父から聞くことはなかった。でも、その知らないはずの母のかつての名前を私は、今、このとき知っていた。それがどこの家の分家かも含めて知っていたのよ。
まるで、ボタンを通じて、私に母が教えてくれたみたいな、心霊じみた話だけど、ありえない話だけれど、私は、それが本当だと信じているわ。なぜなら、キチンと、母の温かみを感じ取ることが出来たのだから。
私は、男を取り押さえ、三鷹丘学園に連行することにしたわ。あー、この髪、どうしようかしら……。生徒会長が髪を染めた、何てことになったらダメよね。染めてないんだけどね。まあ、黒く染めようかしら。……ん、染めちゃダメじゃない?でもピンクもダメじゃない?
ま、いいわ。その辺は後で考えましょう。
え~、ほら、150話のあとがきでも言ってますけど、本来は、最初はこの組み合わせの逆をやって、次に入れ替える予定だったんですが、それにしたのは、展開と言う意味「相性悪いなら入れ替えればいいじゃないか」をやりたかったのもあるのですが、もう1つ意味がありました。
ミュラーとは神の愛を受けたけどそれを自ら捨てたものであり、ディルセとは神の愛を欲したけれど神に捨てられたものであったということ。
ユノンは自らに闇を抱えそれでも闇を切り捨てて前に進んだものであり、デリオラは自らの闇に呑み込まれ闇だけで生きるものであったということ。
これらのことから、それをやってみたかったんですが、一人称が中々に面倒なんですよね。ミュラーは「~なの」とかでやってるんですがそれが面倒で、2話ずつとかむりっぽってことで話数の関係もありお蔵入りに。