150話:デリオラVSミュラー
SIDE.F
あたし、ミュラー・ディ・ファルファムは、先生からの連絡を受けて三鷹丘学園に向かっていたの。それにしても、敵ってどういうことなの?
そもそも、この三鷹丘に直接敵が攻めてくるってことは、この地に何か目的があるってことなの。例えば、聖剣を持っていたあたしを追ってきた《聖王教会》のように。でも、じゃあ、今回の目的はなんなの?
あたし達、生徒会が目的じゃないとしても、何かがあるはずなの。そうでもないのに、ここを狙うのは考えにく過ぎるの。でも、少なくとも他の場所との遺恨が残りそうなものは無いはずなの。つまり、あたし達とは無関係のこの地への何か、と言うことなの?
無論、テロという可能性が無いわけではないの。でも、テロにしては先生の感知が早すぎるの。と言うことは、どこかからの垂れ込みか、先生自身の発見か、どちらにせよ、敵がこの地に来たことを誰かから知らされたから連絡が来たと考えるほうが得心が行くの。
そして、先生がこの時間にも関わらずあたし達を呼び寄せってことは、相当な緊急事態であることを示しているの。つまり、敵はもう間近に迫っていて、しかも先生ではな対処できないくらいに強いか、多いの。それもどちらかだけじゃなくて、強くて多いって言うパターンもありなの。
なら、あたしはとにかく早く三鷹丘学園に向かって、状況を理解して助けなくてはならないの。特に彼を。
あたしは、彼……シンジ君に救われたの。だから、今度は、必ず、彼の役にたつ。それが、あたしのできるお礼だから。
だから、そのために、あたしは、あたしの中の全ての力を解放するつもりでいるの。《古具》も《聖剣》も。どちらの「炎」も、彼の為になら使えるの。
そうして、三鷹丘学園へと向かっている途中に、あたしは不思議な雰囲気が漂っていることに気がついたの。独特の、香り……。花の様な、植物の様な。そう、自然の香りってやつなの?
でも、ここは住宅街なの。こんなところで、こんな風に香るのは、庭に花壇のある家なの。でも、それにしては強すぎるの。だとしたら、この匂いの先に、敵がいるかもしれないの。ならば、追うまでなの!
この匂いも三鷹丘学園に向かっているの。なら、敵の可能性は高くなっているの。とにかく急ぐの!!
そして、しばらく軽く走ると、見えてきたのは女の子なの。こんな時間に、女の子が出歩いているのはおかしいの。しかもあの子は匂いの中心にいるの。あの子から香りが漂っているってことは、敵の可能性「大」なの。
声をかけようと近づいた瞬間、あたしの背後から何かが飛んできたの。それを感知して、慌てて転がって避けると、そこには、植物の蔓が鋭く突き刺すような形であったの。つまり、これが、《古具》で、匂いの正体なの。あの子か、それとも、この付近に別の《古具》使いがいるのかは分からないけど、危険なことは間違いないの。
「貴方は、『光』なの?」
ヒカリ……。意味が分からないの。でも、「闇」ではないの。だったら「光」なの?
「うーん、『闇』ではないよ?」
その言葉に、女の子は、一瞬震えたように見えたの。そして、女の子の周囲のアスファルトを破って、植物が生えてきたの。
「なら、ボクの敵なの。だから、このミランダさんの因縁の地で何かをする前に、ボクはボクの敵を排除する」
植物がしなりながらも幾つもの束になって回転しながら突っ込んでくるの。当たったら、あたしはひとたまりも無いはずなの!
「ボクはデリオラ・アール。《古具》は《愛生の植物》」
デリオラちゃんは、あたしに向かって名乗って、《古具》も教えてくれたみたい。しかも、この感じ、自分から闘いを仕掛けるのはなれていない感じなの。この《古具》も本来は防御結界、対侵入者用とかがメインっぽいの。自分の周囲を要塞化して拠点を守り抜くタイプ。
「この植物は、火がつかない。だから、ボクの植物を倒すのは切るだけ」
え、火がつかない……?だったらまずいの。あたしの《古具》はただ燃やすだけ、全てを燃やすだけなの。
……火がつかないのは、普通の火ならじゃないの?なら、炎の《古具》ならどうなの?
試してみる価値はあると思うの。だから、あたしは、それを念じるの。あたしの忌まわしき紅薔薇の紋様が輝くように、真っ赤な悲しい炎を……、終わりの炎を……。
「《赫哭の赤紅》ッ!」
あたしの周囲を炎が包むの。この炎は「赫色の慟哭」。希望の反対の絶望の炎にして、世界の終わりの炎を体現した力なの。ゆえに、全てを燃やし尽くす。
「――燃えて」
あたしの言葉を受けて、炎が迫る植物の集合を一瞬で燃やしたの。よかった、キチンと燃えるの。
「なっ、ボクの植物が……。ならっ、これでっ!」
……あっ、炎の中で、再生したの?!そんなっ、燃えてないの。……つまり、植物を強めたってことなの。だから、今はあたしの炎に耐えられているの。その分、精神力を削ってそうだけど、威力も耐久力も上がっているんだったマズイの。
「ぐっ、小賢しいのっ」
あたしは、炎の壁を作って、一旦距離を取ったの。壁の役目は、燃やすことではなくて目くらましなの。正確な位置をつかませないためってことなの。
「無駄なの、ボクの植物からは逃げられない」
あたしの位置を見ているかのように的確に狙って蔦が飛んできたの。これは……、一体どうやっているの?
「どうにかして、突破しないと」
植物をどうやって燃やすの?《古具》は効かない。でも、倒さないといけない敵……。なら、あれを使うしかないの……。
「あたしは、ミュラー・ディ・ファルファム。あたしの《古具》は《赫哭の赤紅》。そして、……」
そう、あたしにはもう1つ力があるの。聖騎士王様もその誕生に関わった大いなる力がその身に宿っているの……。だから、その力を――
「あたしの《聖剣》は《赫炎の剣》ッ!」
その言葉と共に、あたしの手に炎の剣が生み出されるの。その剣の炎は、喜びの炎。全ての幸福を詰め込んだ暖かい炎。絶望の反対の希望の炎にして、世界の始まりの炎を体現したものなの。
始まりの炎、ムスペルへイム。巨人の国と黄泉の国のうち巨人の国に分類される力なの。黄泉の国は「始まりの氷」なの。
そして、この剣に込められた炎の力の大元は、炎魔家最高の魔術師(陰陽術師)であり、その力は、炎の全てをも操ると恐れられた【轟炎の魔女】。使う魔法は「業炎」。その名を、炎魔火ノ音と言うの。
最強の炎は、全てを記す《悠久聖典》の《炎の章》になぞらえられ、その名を冠したの。
《炎の章》、《氷の章》、《光の章》、《闇の章》、《土の章》、《風の章》、《水の章》、《雷の章》、《神の章》の9章からなる《悠久聖典》。そこには全てが記されているの。
あたしは、その《炎の章》の一部を読むことが出来るの。そして、それを己の力へと変えられる。
だから、――告げる
「【悠久聖典第六節】
――劫火の章。
――転節。
全ての始まり、そして、終焉を告げる【原初の炎】。終息するは白炎。司るは、飛天姫。
【血染眼】と【死染眼】。重なり合う視界の先に【狂った聖女】は笑う。
七つの夜は、終わりを告げ、やがて来る別の孤児へと継ぐ時が来る。
天から熾んに降る炎の雨、――血炎雨。
さあ、身に纏え」
その呪文は、己の身体を炎へと変えてしまう聖なる炎の業。あたしの《赫哭の赤紅》が終わりの炎で身を焦がす業なら、その逆で、全てを始まりの炎に変えてしまう聖なる業なの。そして、終わりと始まり、2つの炎が交じりあうの……。
「【悠久聖典第六節】
――劫火の章。
全ての始まり、そして、終焉を告げる【原初の炎】。色は、紅。司るは、紅蓮の巨人。
王と紅炎龍。神話より聖典へと書き連ねた紅蓮の炎。
【氷の女王】と【紅蓮の王】。【血塗れの月】と【血塗れ太陽】。【妖精王女】と【ラクスヴァの姫神】。
幾多の戦士の屍をも焼き尽くす、――死の劫火。
さあ、死を齎せ」
セルトとは「スルト」、即ち、炎の巨人。紅蓮の王とは巨人の国の王、巨人の王にして炎の王なの。そして、この「死の劫火」は、全てを焼きつくす炎。かつて大きな戦争で戦った氷の女王……黄泉の国の女王や死の一族の【血塗れの月】、最強を冠する【血塗れ太陽】、妖精の王女、ラクスヴァの姫神と言った多くの人物の様な屍をも焼き尽くすことを意味するの。尤も、先の戦いで死んだのは【血塗れ太陽】だけ、とされているけど。
そして、その炎を、《赫炎の剣》へと注ぎ込むの。炎を浄化し己の炎へと還元する《赫炎の剣》の力により、《赫炎の剣》はより強大な聖なる炎を纏う様になるの。
「――燃えて!」
そして、その炎を纏った剣を振るうの。
――轟ッ
ゴウゴウと音が鳴るの。それこそ、轟炎の魔女の名の由来……。この剣に、確かにそれは受け継がれていたの。
女の子の生んだ植物はあっという間に燃えてしまったの。でも、ちょっと、力を使いすぎたの……。
「まだ、続けるの?」
あたしは、女の子に話しかけるの。すると、女の子は、首を横に振ったの。よかった。もう少し続けるのはあたしが辛かったから。
「この土地に何かがあるの?」
あたしは、気になっていたことを聞いてみたの。すると女の子……デリオラちゃんが頷いたの。
「この土地……と言うより、この地にあった天宮の塔こそ、ミランダさんの祖父が亡くなった場所。ミランダさんは、その地で復讐と目的、どちらをも果たそうとしているの……」
復讐と、目的……?
「その目的って」
デリオラちゃんは伏目がちに、下を見てから、渋々教えてくれたの。
「神を越えること」
神……《聖王教会》の教えでは、神とは、世界を創りあたし達に生を与えてくれたもので、この世の終わりに神を信じるものを救ってくださるという存在のこと。
それを越えるって意味が分からないの。
とりあえずデリオラちゃんを連れて、三鷹丘学園に向かうの。
え~、本来は、デリオラVSユノンとデュルセVSミュラー→デリオラVSミュラーとデュルセVSユノンにして、分が悪いなら分がよくなるようにしちゃえ、と言う設定にするつもりだったので145話の「――」の部分があったのですが、面倒なのでカットしました。