15話:古具の始動
急速に頭が冷える。俺の中で何かが湧き上がってくるような高揚感がある。それが何かは全く分からないが、一つ、俺の脳裏に浮かんだ言葉があった。
「《神々の宝具》」
俺の中に無数のイメージがわきあがる。その中で一つのイメージを選びとる。この状況に対応できるものを。
「《無敵の鬼神剣》」
そう、この手には、一本の劔があった。まるで、俺のものであるかのように。
先のゴッド・ブレスは「God.Bless」。直訳で「神の祝福」だが、脳裏によぎった言葉からして《神々の宝具》のようだ。
しかして、これが神の力と言うものなのだろうか。それだとしたら、普通は「神の祝福で打ち払え」では無かろうか。
さて、もう一方のアスラ・アパラージタは「Asuras.Aparajita」。直訳で
「無敵の阿修羅」である。いや、それは正確な訳ではないな。「阿修羅・無敵」が正確な訳だ。
アスラとは、おそらくアスラ族のこと。インド神話などにおける神族や魔族の総称のことであり、中国では、感じがあてがわれ阿修羅となった。
アパラージタというのは、確か、インド神話の伝承に出てくる剣であり、その名前は「無敵」を意味する。アスラ族の一つであるダイティヤの娘が、不老不死の果実と共に、王に渡したものだ。
他にもシヴァ神がトリヴィクラマセーナ王に授けた剣も同じ名前であり、2本以上あるのか、同一の剣なのかは不明だ。
柄は赤く、緋色の布が巻かれていた。そして、俺の身長ほどある刀身には、呪詛のように文字が刻まれている。しかし、それが纏うオーラ……【力場】とでも称せばいいか、【力場】は、神々しく、向こうの瘴気など薄く思えるほどだった。
「そう、それが《古具》か。最初から出せばいいものを……」
天姫谷がそう言うが、今使えるようになったんだ、仕方が無いだろう!
「《刀工の呪魔剣》」
再度、己が《古具》の名を呼び、刀を手元に呼ぶ天姫谷。その刀は、太刀の部類に入るのだろう。瘴気で刀身の長さはよく見えないが、間違いなく長い。
「裂殺滅撃・天姫谷流剣刀術。師範代・天姫谷螢馬、参る」
おそらく家流剣術であろう。そのため、道場か何かで日常的に名乗っていたため、こういった事態でも自然と対峙する相手に最低限の礼儀として名乗ったに違いない。
「俺は、剣術も何も知らんがなっ!」
俺は下段から左斜め上に切り払う。自分でも片手で振るえたのが不思議なくらいの大きな剣だ。しかし、それを刀の刀身で払うように流した。白刃流しだ。
「天姫谷流・姫逸」
どうやらそれが技名だったらしい。どうでもいいが、それだと姫を逸らしたみたいになっているが。
「天姫谷流・姫咲桜っ!」
刀を、というか身体を半身後ろに捻り引き、そして、それを戻す勢いと共に、刀で突く攻撃のようだ。
俺は、寸でのところで避ける。呪いがあるならば掠めただけで危険だ。当たってはならないだろう。
「おらっ!」
俺は、避けたついでに、そのまま下段で、天姫谷の足元を薙いだ。しかし、半歩下がられ、簡単に避けられてしまった。
俺の場合、刀身の大きさの関係と重さから、さっきの「姫咲桜」みたいな技は、隙がでかすぎて、半身を捻ってる間に刺されて死ぬ。
「せいやぁあああああ!」
だから、俺は、ただ剣を振るうしか出来ない。
「天姫谷流・姫捌」
天姫谷は、手早く俺の喉元へと切っ先を向けた。まっすぐに俺へと伸びる刀。俺は、とっさに自分の振った剣の重さに身を任せて地面に倒れこむ。
「危ねぇ……」
ギリギリあたらなかった。掠っても危ないのだ。しかし、このままだと振り下ろされて死ぬな。
俺は、前回り受身の要領で、振り下ろされた刀をかわしつつ起き上がる。
「っおぉらぁああああ!」
俺は、その態勢から無理やり柄に巻かれた緋色の布を持って、天姫谷目掛けて投げつける。
まあ、こんなものダメージを与えられるわけも無い。こんな重いものが、まっすぐに突き刺さるほどの威力で投げられるはずも無いのだ。
「っ」
しかし、一瞬でも隙は作れる。俺は、その隙をつくように、天姫谷の足を払いのける。バランスを崩した天姫谷だが、《古具》では一日の長がある。とっさに刀を作り出し、地面に刺してバランスを取り戻す。
「天姫谷流・姫堕」
2振りの刀を俺へと振り落とす。振り下ろすのではない、振り落とすのだ。
「天姫谷流・通姫……」
4振りの刀が、振り落ち、地面に刺さった刀の間を縫うようにして生み出された。
「《貫姫狂乱》」
刀身が、増えたっ?!
俺がそう思った瞬間には、俺の周囲は刀で囲まれていた。
「《貫姫狂乱》は、全てを貫く狂い刃だ」
微笑を浮かべ、天姫谷は、勝利を確信した笑みを浮かべていた。そうだろう。この絶体絶命の状況で、俺は逆転の一手を持っていない。
「王手だ、青葉紳司」
さて、どう切り抜けるかな。《無敵の鬼神剣》に何らかの能力があるのなら使いたいところだけど、全く分からないな。
本当に何も無い。しかし、どうしたものか。この状態、周囲を囲まれた状態に対応できる何かがあればいいんだが……。
「ああ、王手かもな。でも、残念ながらチェックメイトじゃないな……。これはチェックだ」
王手はかけられても逃げる手段がある、積んでなければな。チェックメイトは、本当にキングを取るときだけだ。
「何が言いたい?」
天姫谷の言葉に、俺は、笑った。人間、どうしようも無くなると、もう、笑うしかないよな。
「知ってるか?知らねぇよな。俺は意外と神とか信じる方なんだぜ。だから、こういうヤバい時は『神頼み』するって相場が決まってんだよ」
つーわけで、神様、頼みますわ……。反撃の一手くらいくれてもいいもんじゃねぇの?
あ~、なるほど、ね。そういう感じなのか、俺の《古具》ってのは……。なるほど、《神々の宝具》とは言いえて妙じゃねぇか。
「《帝釈天の光雷槍》」
俺の元に、神々しいまでに荘厳な金剛杵が現れた。そして、その金剛杵を媒体に、光の槍が組みあがる。
その眩さと美しさ、そして神々しさゆえに、鳥肌が立った。
インドラ・ヴァジュラは「Indra.vajra」。直訳で「帝釈天の金剛杵」である。
インドラとは、雷を操る神である。インド神話、バラモン教、ヒンドゥー教を中心に言い伝えられていて、中国に伝わり漢字があてがわれた際には「帝釈天」となる。
ヴァジュラとは、金剛、文字通りダイヤモンドとされることもあれば非常に硬い金属とされることもあるが、そう言った材質でできている杵のことだ。インド神話では、インドラは、ブリトラを倒すためにダディーチャの遺骨から作り出したものである。
「《降雷光雷》」
槍を中心に迸る雷。それが、俺の周囲にある刀にブチ当たる。刀は、粉々に砕け散りタダの鉄屑と化して地に落ちた。
「なっ、まさか、切り札があったということか?そうか、お前の《古具》は剣と槍がセットの《古具》だったのか……」
違う、その解釈は間違いだ。アパラージタは神から人へ授けられたもの。ヴァジュラはインドラの固有のもの。これらがセットになるということはありえない。
「これがまさに『神頼み』ってやつだな。ありがとよインドの神様」
俺は、そう言って、《帝釈天の光雷槍》を構えた。穂先に雷が帯電し、先行放電があちらこちらに駆け抜けた。
「なっ……。呪いが、打ち消されている?」
神の祝福は、呪いを打ち消す恩恵を持つ。それだけのことだ。まあ、尤も悪神だと呪いを助長することがあるかもしれんが。
「さて、どうする?天姫谷」
俺の問いかけに「うっ」と顔をゆがめ、一歩、また一歩と後ろへ下がる天姫谷。しかし、そのとき、不意に、その天姫谷の影から男たちが襲ってきた。今まで静観していただけの男たちの中の一人が、天姫谷を庇うように立ちふさがった。
「御草。お前は螢馬を連れてゆけ。私が殿を務める」
御草と呼びかけられた結界担当だった男が、天姫谷を抱え、数人の男達が商店街の方へと去っていく。
「お前は逃げなくていいのか?」
コイツは、あの男達の中でも立場が上だ、と思った。理由は、天姫谷を呼び捨てにしていたからだ。おそらく、他の奴等は仕えていたのだろうが、コイツだけは違うのだろう。
「ふん、私は、螢馬や《人工古具》の適合者たちと違って、本家からただの捨て駒とされている。足止めとして残る他あるまい」
捨て駒扱い、ね。ふむ、《古具》を持って生まれなかった天姫谷の兄ってところか?大体の事情は読めてきたな。さて、男達は別にどうでもいいが、天姫谷は、少々問題が残るか?
だが、天姫谷が、何故、基本的に女の《古具》使いを欲していたのかは、これで謎が解けたと思う。女子しかいない「水泳部」での《古具》使い探し、「なるべく女の方がよかった」と言う発言、その意図は、この兄と結婚させて、兄の汚名返上といきたかったんだろう。
「なるほどな。大体分かった。だから、俺は、お前を倒さない」
「何?」
俺の発言に天姫谷兄は眉根を寄せる。俺は、溜息を吐くと同時に、ある言葉を思い返していた。
『あ、そだ。紳司は近々、女と黒衣の男と戦うらしいよ』
姉さんが俺に言った言葉だ。女=天姫谷。黒衣の男=兄含むさっきの奴等。と、言うことは、尻拭いは姉さんがする。と言ってたから、あとは俺は何もしない。
「俺は倒さないが、もしかしたら別の奴が何かする可能性もある。お前は早く妹さんを追ったほうがいいぜ」
俺の言葉に、目を見開いた兄。
「ふん、解せぬ男だ。しかし、面白い。ふむ、お前の与太話に付き合うのもいいか。では、私は、螢馬を追うとしよう」
兄は、黒衣を翻し、この場を去っていく。俺は、近くで呆然としていた律姫ちゃんを抱き起こした。
「大丈夫だったかい?」
律姫ちゃんは、何とか、自分の足で立つことが出来た。
「せ、先輩。今のって、先輩の《古具》ですか?」
律姫ちゃんが焦るように俺に聞きたてた。俺は、律姫ちゃんをなだめるように微笑んでから言う。
「ああ、そうだよ。ただ、今のところ、誰も知らないから他言無用にしてくれるとうれしいんだけど」
何せ、今、開花したばかりだからな。
「あ、は、はい。なるべく善処します!」
そうして、俺は、律姫ちゃんを家まで送ったのだった。