148話:接触
俺は、学園からの帰り道、すっかり日も暮れて、夜も静寂さが感じられる午後の9時頃に少し寄り道でもしようかな、なんて考えていた。どうせ、今から帰ってもあれだし、遅くなることも想定して、晩御飯はいらないと連絡はしている。どうせ、腹ごしらえで、どこかに寄らなくてはならないのならコンビニとかじゃなく、ファーストフードにでもよるか。ハンバーガーショップ、あそこならいいだろう。スマートフォンにクーポン券もあるしな。
なるべくお金は使いたくないんだ。いつ、無用な出費をすることになるか分からないからな。デートに使う金……と言いたいところだが、そんな嬉し恥ずかしのハッピーイベントは俺の身に起こらないんだよな。基本的に、本代か、メシ代か、服代に消えるのが関の山なんだよな。
まあ、そんな理由で、ハンバーガーショップに寄って、ハンバーガーとチーズバーガーとダイエットコーラのMサイズを頼んだ。ハンバーガーが100円(税抜)、チーズバーガー100円(税抜)、ダイエットコーラMサイズ200円(税抜)の合計400円(税抜)である。
一気にパクついてハンバーガーを食べる。もはや、無意識の癖だが、包みを綺麗に伸ばして四つ折にしてトレイの端に置く。続いてチーズバーガーを食べて、同じように四つ折にして重ねる。時折、ダイエットコーラを飲みつつ、チーズバーガーを食べ、を繰り返した。
食べ終わると、トレイをゴミごとゴミ箱まで運び、飲み物の氷を氷捨てに捨ていれる。そして、残りのゴミを分別して捨て、トレイを重ねて置き、そのまま店を出た。
鷹之町市の条例でも、三鷹丘市の条例でも、高校生の午後11時以降の外出は補導対象になっているので、今から家に帰れば10時には帰れるから補導は免れるだろう。
――しかし、帰り道の途中で、俺は、とある少女に出会ってしまった。
黄土色の髪は、無理やり金髪に染めたとかそんなのではなく、おそらく、普通に外国人だろう。何人かは分からないけれど、ナチュラルの緑の瞳が、俺を射抜いていた。
「……――?」
ん、なんて言ったんだろうか。……おそらくギリシャ語だな。確か、意味は、……。なるほど、迷子か。
「流石にギリシア語は堪能ではないので英語で話すけど通じるかな?」
と英語で話しかけてみる。流石に、英語は通じたのか、彼女も英語で話す……のかと思いきや、
「日本の方……よね」
と日本語で話しかけてきた。日本語を話せるんかいっ、とも思わなかったが、ここは堪えて少女と話すべきだろう。そう判断した俺は、彼女と向き合った。
「こんなところで何をしているんだい?」
俺は日本語で話しかける。日本語が話せるのだから日本語が通じるのも道理だろうと思うんだが。
「ああ、やっぱり日本人なのね。英語が堪能だったし、わたしの言葉もギリシア語だと分かっていたようだから疑ってしまったわ」
彼女はそう言って、俺に微笑みかけた。こんなところで、こんな時間に何をしていたのだろうか。迷子と言うことは分かったが、何をしていて、どこに向かっていたのかはさっぱり分からない。
「それで、どこへ行こうとしていたんだい?」
俺は、それを聞いてみる。すると、彼女からは、奇妙とも言える答えが帰って来たのだ。
「三鷹丘学園」
それは、俺が先ほどまでいた学園だが、このような時間に、あきらかにそこの生徒でもない子供が向かう場所ではない。
「何で、三鷹丘学園に行きたいんだい?」
俺の問いかけに対して、彼女は、まだ幼さの残る顔なのに、充分に大人っぽい悲しげな笑みを浮かべながら言う。
「そこが待ち合わせの場所で、そして、因縁の場所だから、かしら?」
待ち合わせの場所で、……因縁の場所。彼女にとっての因縁が、あの学園にあるということだ。しかし、一体、どんな因縁があるってんだ。ただの学園、とは言わないが、普通の学園だぞ?
「因縁が何かは分からないけど、とりあえず、案内するよ」
そのとき、俺のスマートフォンにメッセージの着信を知らせる軽快な音がなる。秋世からのメッセージで、簡潔に「敵あり」とだけのメッセージが送られてきた。
敵……。なんのこっちゃ。まあ、秋世の戯言だし気にしなくてもいいだろう。今は、彼女を案内するのが……、ん、さらに着信。「学園に集合」。なら、丁度いいじゃないか。
「たった今、俺も学園に行く用事ができたしね」
スマートフォンをポケットにしまい、彼女を案内する。俺が日々通う、三鷹丘学園へと。夜の帳も下りて、静かな住宅街を通りながら、学園へと……。
学園への道中に、少女は、俺に向かって問いかけてくる。その瞳は真剣そのものだったので、俺は真面目に応対する。
「貴方は、神を信じる?」
その問いは、日本人にはあまりしないほうがいい類の問いなのでは、と思ったが、答えるべき質問には真摯に答えなくては。
「俺は、……信じるな」
《古具》を造ったのは、俺の先祖の神になった男だという。だとしたら、神はいるのだろう。しかし、神がいるにしても、それを証明する術はない。《古具》も神が与えたと言う明確な証拠はないしな。
「そう。なら、その神を越えるには、どうすればいいと思う?」
神を越える、だって……。そんなことを何故気にするんだろうか、てか、神に至れた人間がいるんだから、不可能ではないだろが……。
「越える、か。神になるのではなく」
そう、普通は、神になるにはどうしたらいい、と聞くものだ。しかし、神をも越える強さを欲するとなると……。
「ええ、越えるのよ。神を……祖父には出来なかったけど、わたしなら……」
俺の独り言が聞こえていたようで、それに返すように、そんな風に言う彼女。どうやら、彼女の祖父は神に挑んだらしい。
……いくつだよ。年齢的におかしくないか?《古具》なんてうーんと昔からあるんだぜ、そして、神は、途中で死んでるにしても、それに挑んでいるなら、その時点には既に生きていたってことになるだろう。
「その神が死んでいたらどうするんだ?」
俺は、彼女に問いかける。越える目標である「それ」が死んでいると知ったのなら彼女はどうするのだろうか。
「そのときは、もう1人を殺して、祖父を越え、そして、神になって、それを越えるまでよ」
もう1人を殺す?そして、それを殺せば、祖父を越えられる、と言うことは、その男に祖父が殺されたということか……?
「神になって、神を越える、だなんて荒唐無稽だと思うが」
そもそも神にどうやってなるかも分からないだろう。何かの条件を満たしたら神に成れるわけでもあるまいし。
「禁断の果実」
え……?なんて言ったんだ、「禁断の果実」だったか。あのアダムとイブが口にした食べてはいけない実のことだよな。
「禁断の果実には2種類存在している、と祖父は手記に書き残していたわ。
生命の果実、智恵の果実、神秘の果実。これら3つの特殊な実を総じて言う名称が禁断の果実。しかし、それとは別に、神へと至るとされる、もう1つの禁断の果実がある、と祖父は記していた。わたしは、それを手にして神になり、そして、その神の座すらも越えて、もっと上の存在になるのよ」
姉さんに聞けば、その「禁断の果実」についても何か分かるのかもしれないが、あいにくと俺にはさっぱりわからないな。でも、神に至る果実だと……、確か姉さんは、ある戦いのすえ死んだけど契約により神の座に押し上げられたのが三神だとか言っていたきがするから、根本的に神への経路が違うってことか。
「神……か」
俺は、思わず呟いた。神なんて、日本では全く信じられていない。そりゃ、中には、神のことを信じている熱狂的な宗教家もいるが、そんなのは極めて珍しい例であって、大半は、神様なんていねぇよ、って言っている。なのに、何故か困ったときは神に頼むって言うのは、日本人の根底には神を信じている心があるのか、それとも、ただ単に他人任せな性分が染み付いているだけか。できれば前者であってほしいんだが、それは俺の傲慢と言うものだろうか。
「そう、神よ。蒼刃蒼天と言う名前の創造神」
蒼刃蒼天。幾度か姉さんからも聞いているし、この間の……と言うか一昨々日の説明会でも父さんから聞いた名前だ。ダリオス・ヘンミーと言う男と相打ち、神は死に、ダリオスは甦った。まあ、そのダリオスもじいちゃんによって倒されたらしいな。
ん……、待てよ。祖父が神に挑んで負けているってのは俺の勘違いで、神と相打ったけど、こんどは完全に勝ってみせると言う意味だったとしたら。
「ダリオス・ヘンミー……?」
呟いたその言葉を聴いて、少女は勢いよく振り返る。その視線には殺気と怪訝さが入り混じった鋭さを感じた。つまり、俺の考察は、見事当たりだったということなのだろう。つまり、この少女こそ、ダリオス・ヘンミーの孫娘。
「貴方、何者……。ただの人間ではないと言う認識でいいのかしら」
少女が、鋭い口調で、詰問するように俺に言う。なるほど……そして、その名前の意味も分かっている、と言うところか。ただの祖父の名前ではないってのは……まあ、分かってなきゃ、あんな話はしないか。
「と言うことは、もう1人ってのは、青葉清二と言う人物か」
殺す目的に当てはまるのは、ダリオスを直接討ったじいちゃんくらいだろう。だとすれば、その可能性が一番高いだろう。
「ええ、その通りよ」
やはり、そういうことか。俺がじいちゃんと関係あることは、彼女は気がついていないだろうが、打ち明けたほうがいいだろうか。
……ああ、なるほど、秋世の言っていた敵と言うのは、この子たちのことだったんだな。なるほど、この子が待ち合わせている仲間こそが、ダリオス・ヘンミーが率いていた《魔堂王会》と言う組織なんだろう。
「なら、名乗ろう。俺は、青葉紳司。お前が殺すもう1人のターゲットの孫だ」
その言葉に、ピクリと反応したように見えた。そして、学園も、もう目の前に見えている。そして、彼女も名乗った。
「わたしは、ミランダ・ヘンミー。神を越える者よっ!」
その瞬間、彼女の手に神々しくも禍々しい、金と白の入り混じった槍が現れる。