145話:次への道標
まあ、そんなことがあって、朝食を食べて、学園に向かった。昨日と違って、行きの道で宴にぶつかることも、静巴を見つける様なことも、ミュラー先輩が抱きついてくるようなことも、ユノン先輩がやってくることも、市原家の人間がやってくることも無かった。
今日は、スムーズに登校できたので、教室に行く前に、一年生の教室に寄って、リュイン・シュナイザーちゃんに「アストラル体に関する霊体的或いは超常的現象について」の資料を渡しておこう。
そう思って、一年生の教室のところを歩いていると、何故か少しざわめく生徒達。なんだろうか……。思えば、2年生になってから1年生の教室のところを通るのは滅多に無かった気がするな。
しかし、何でこんなにざわついているんだろうか。変な顔をしていたのか……、まさか、にやけが押さえ切れなかったのか。
「あ、あのぉ……」
そう思っていると、女子生徒が寄ってきて、頬を真っ赤に染めながら俺に話しかけてきた。一体何だってんだ?
「どうかしたのかい?」
俺は、一応、生徒会役員でもあるので、生徒の悩みは聞かなくてはならないとは思うので、優しい顔で彼女の話を聞くことにした。
「そ、そのぉ……」
彼女の目はキョロキョロと左右に動いている。何なんだ、この子は、と思っていると、別の方向から美少女がすっ飛んできた。
「ちょっと、青葉?!」
すっ飛んできて、俺を怒鳴りつけた美少女こそは、天導雷茅。俺の同級生でクラスはB組だ。前に、静巴が転校してきた日に静巴を見ながら、今の三鷹丘学園高等部の女子人気ランキングのトップ5に名前を挙げていたはずだ。
「なんだよ、天導?」
俺が、彼女の様子に内心で首を傾げていると、肩をつかまれて、思いっきり揺さぶられた。一体、何事だろうか。
「ウチの妹に手を出すとはいい度胸じゃないの」
妹……、そうか、彼女は天導の妹なのか。そうか、前髪で顔が隠れていて分かりづらいが、確かに似ている気がする。オーラと言うか……最近どこと無く分かるようになってきた個人の【力場】と言うかが、だ。
天導雷茅は、別名、ライチ・ユナオン・天導と言うハーフでもある。そういえばリュインちゃんや宴もハーフだったか。
赤茶っぽい髪と緑色の瞳が特徴的な彼女は、イメージのハーフよりも日本人よりだが、一応ハーフだからか、顔立ちもよく、美人と評判だ。
スタイルもよくて、確か、うちの学校でも1、2を争う巨乳で、ミュラー先輩よりも大きい。しかし、妹さんの方は、そのホルスタイン級のそれを受け継がなかったらしく、ツルペタではないもののそこそこの大きさしかない。俺的にはどちらもあり。
「ち、ちち、ちがうの、お姉ちゃん。手とか出されてないよ!」
妹ちゃんが、慌てて否定した。うん、手なんか出しちゃいないよ。てか、今、初めて会ったっての。
「本当に、本当に手を出されてないのね。嘘じゃないわよね、茅風」
どうやら妹ちゃんは茅風ちゃんって言うらしいな。しかし、天導はシスコンだったか。
「でも、だったら、俺に何のようだったんだ、茅風ちゃん?」
俺は、茅風ちゃんに聞いてみた。絶対に、俺に用があって話しかけてきたはずなんだけど、初対面のはずだよな?
「何で、あんたがあたしの妹の名前知ってんのよ?」
天導が睨んでくる。いや、なんでも何もお前が今言ってただろうが。俺は、溜息をつきながらそのことを指摘する。
「今、お前が呼んでたじゃねぇか」
ちなみに、去年、色々あったせいで、割りとフランクな関係にあるのが天導だ。美少女だが、こいつとは、普通に接することにしている。
「しゅ、シュナイザーさんが、青葉先輩のことを探していたので……」
ああ、リュインちゃんが、俺のことを捜していたのか。それで、茅風ちゃんは、俺にそれを教えてくれた、と。
「あ、そうなんだ。ありがとな。それで、リュインちゃんがどこにいるか分かるかい?」
てか、捜されてたんか。朝早いな……。俺の問いかけに茅風ちゃんは、ちょっと困ったように言う。
「そ、それが……昨日の場所から捜しながら待っているから見かけたら伝えてくれ、って」
昨日の場所って屋上か……。なるほど、屋上から俺が登校してきたかどうかを見ながら待ってるってことか。まあ、昨日、あれだけそれっぽいことを言ったまま消えたから気になっていたんだろうな。
「分かった。助かったよ」
そう言いながら、茅風ちゃんの頭を軽く撫でてあげる。すると天導が俺の手に噛み付く勢いで、ひっ捕らえにきたので、サッと避けつつ屋上に向かうことにした。
「あ、先輩。おはようございます」
おっと、律姫ちゃんだ。律姫ちゃんと会うのも修学旅行以来になるのか。大して時間は経っていないはずだが、久々に感じるな。
「おはよう、律姫ちゃん」
俺は、律姫ちゃんに挨拶をしつつ、微笑みかける。何か婚約者ってことになってるしなぁー。俺の微笑みに微笑み返す律姫ちゃんを見ながら、その場を素通りして、屋上へと向かった。
屋上の電子ロックを開けて、屋上にでると、そこにはリュイン・シュナイザーちゃんがいた。昨日と同じように座って、俺のことを待っていたみたいに。
「待っていました」
ていうか、普通に俺のことを待っていた。さて、これだけ気にしていたのなら、俺のプレゼントは気に入っていただけるだろう。
「昨日の言葉の真意を聞かせてください。私は気になって夜も眠れませんでした。よって、速やかに話すべきです」
性急に要求してくるリュインちゃん。夜も眠れなかったって、マジか……。いや、普通に考えて比喩ってーか、誇張表現だろう。
「あー、悪かったよ。ほら」
俺は、鞄から「アストラル体に関する霊体的或いは超常的現象について」のレポートを取り出して、リュインちゃんに手渡す。
「え、何ですか、これ」
受け取ってしばらく、リュインちゃんは、訳が分からなさそうに見ていたが、しばらくして、レポートをパラパラと見だして、その表情が変わった。昨日のようにほとんど顔に表情が出ていなかったリュインちゃんが驚愕に目を見開かせて、わなわなと震えていたのだ。
「こ、これは、……、製本化される前のレポートのコピー。修正前とか、ペンでの直しとか……生原稿にもほどがあります。な、なんだって、こんなものを、貴方が持っているんですか?」
どうやら喜んでもらえたようだ。彼女は、一心不乱にレポートを流し読みしていく。そして、笑った。思わずこちらが驚きのあまり飛びのくくらいの満面の笑みを彼女は唐突に浮かべたのだ。正直、気味が悪い。
「いや、俺の父さんの持ち物だ。でも父さんが、その研究所の関係者とかって訳じゃないけどな。まあ、俺の知り合いにも何人か、その研究所の関係者はいたが……。例えば、天龍寺秋世とか祭囃子祭璃とかな」
ほとんど話を聞いていないリュインちゃん。熱心にレポートを読み始めてしまったので、俺は、パシャリとその笑顔をカメラに収めて、そのまま、自分の教室へと向かうことにした。
その道中、何かを重そうに引き摺るガラガラと言う音が耳に入った。一体、誰がそんなものを引き摺っているのだろうか、と内心で首を傾げつつ、その場に寄ってみる。
すると、見知った顔が、何か重そうに袋を引き摺っているところだった。俺は、渋々、その見知った顔に声をかける。
「おい、紫炎、何やってるんだ?」
俺が、紫炎に声をかけると、紫炎はビクッとして、俺の方を見て、足を止めた。どうやら引き摺っているのは、布に巻かれた物で、なんとなく、昨日の男が持っていたものに近い気配を感じた。
「あ、紳司君。お、おは……よう。丁度いいところに来てくれて助かったよ」
修学旅行の一件で距離が縮まった紫炎。敬語じゃなくていいと言ったから、敬語になりそうなのを直しているために、少したどたどしい口調になっているようだな。
「丁度いいところって、どういうことだ?」
紫炎の言う丁度いいところ、というのは、もしかして荷物運びとして丁度いいところ、と言うことだろうか。
「これ、父が紳司君にと送ってきたものです」
そう言って布に巻かれたものを手渡してくる紫炎。豪児氏が俺に送ってきたものって何だろうか……。俺は、それを受け取った瞬間に、布を解かずにピンときた。
「【魔剣・グラフィオ】かっ!」
しっくりとくる重量感を持ったそれは、持った瞬間にガレオンのおっさん独特の気配が漂ってきて分かってしまった。
「うわ、軽々と」
紫炎が驚いた声を出す。……確かに一般女性が持つにはやや重いかもしれないな。姉さんなら軽々持つだろうけど。
念のために言っておくが、【神刀・桜砕】も決して軽くはない。静巴は持っているが、一般的な人は両手で抱えて持つレベルの重さである。まあ、あれに関しては、静葉が使うことを前提で造っているから軽めにはしているんだが、基本的に、静巴が持った場合は、魔力で軽くなる設定にしてあるから、静巴が片手で持つことが出来るようになっている。
この場合は、【魔剣・グラフィオ】をただ腕力で持っているのだが、それなりに重いだけで、普通に持てる。ガレオンのおっさんは、基本的に万人に扱える剣を作る人だから、鍛えてるなら持てるレベルには軽く打ってある。
「相変わらず、ガレオンのおっさんのはデキがいいよな。流石は二大刀匠だぜ」
布に巻かれたままの【魔剣・グラフィオ】を軽く振りながら、一歩踏み出す。その瞬間に、目の前が白く染まりあがった。
「ここは、いつもの白い部屋、か」
俺の《古具》の武具が展示されているように並んでいる白い部屋。時々、強制的に送られるここは、一体何のか、俺にも分かっていない。とりあえず、壁に【魔剣・グラフィオ】を立てかけて、壁に彫られた文字をいつものように見た。
「第九に、魔の王が来たりて神の武具を散らす。魔の剣を持ちし男が剣帝と相見える。影の魔物を操る男と――が戦う。緑を生やす少年と――が戦う。破壊の鎚を持ちし男と星刀の女が火花を散らす。祖の因縁を打ち払うために戦え」
今回は随分と長い上に、一部が不鮮明で読み取れないなど、今までと違う点が多々あるが、魔の王……ヴェノーチェの印象が強いが、別のことだろう。神の武具を散らすって言葉もよく分から……ああああああああ!
ちょ、おま、考え中に落とすのはやめろよっ!
気がつけば廊下に戻っていたが、気がつけば手に握っていたはずの【魔剣・グラフィオ】がなくなっていた。ああ、なるほど、あの白い部屋に置いてきたのか。
しかし、やっぱり、何か起こりそうだな……。
「あ、あれ、紳司君、あの剣は?」
紫炎がそんな風に聞いてくるので適当に誤魔化しながら教室へと向かうのだった。




