144話:メイドのいる朝
目が覚めると、目の前に女性の顔があった……。はてさて、俺は一体、いつの間に女の子を連れ込んであんなことやこんなことをするようなリア充になったのだろうか、と考え、よくよく見てみると、その女性は由梨果だった。俺のメイドを自称する元担任で、俺は、こいつを真人間にするために色々と頑張っているつもりだ。しかし、頑張っている分と同じくらいメイドとして扱っているので、結果としてプラスマイナス0なんだがな。
さて、そんなメイドも、俺とは別に住んでいるので、こうして、抱き合って寝る、なんてことは本来ありえないわけなのだが、一体何がどうしてこうなったか、と言うと、昨日はユノン先輩の家族と食事をして、何とか逃げてきて、父さんの書斎にもぐりこんで、目当ての資料を見つけ出すのを由梨果に手伝ってもらったんだ。なお、帰って来たころには、母さんも姉さんも寝ていたし、父さんは居なかった。
それで、資料を見つけると、鞄の中に突っ込んで、そのまま一緒に寝たんだったな。うん、思い出したぞ。
まあ、とりあえず由梨果は、このまま寝かしておくとして、今の時間は何時だ……?
辛うじて充電器に繋いでいたスマートフォンの電源を入れ、時間を確認すると、時刻は、朝の3時半……。早起きってレベルじゃねぇ?!
睡眠時間が3時間くらいしかねぇぞ……。まあ、たまにあるよな、こういう風に早く起きちゃうやつ。でも早く起きてしまうとすることがないし、由梨果の奴、「メイドが主よりも遅く起きてしまうなんて、何て失態を……」とか言いそうだよな。
仕方がない、しばらく寝た振りをしておくか。と思って、横になって数秒後に、タイミングよく由梨果が目を覚ました。危なねぇ……。
「ふふっ、紳司様ったら毛布がはだけてしまっていますね。いつもは凛々しいのに、こういうところはまだ子供……あ~、そうでもないかもしれませんね」
その視線が、下の方に向いていたのは言うまでもない。……それは生理現象だっ!
俺はツッコみたい……性的な意味ではなく、言葉的な意味だよ……のを何とか堪えて、寝た振りを続ける。
「とりあえず、朝食の用意でもいたしましょうか」
由梨果は、そういうや否や、昨日、そのまま寝てしまったがゆえに、メイド服だったのだが、メイド服を脱ぎ始めた。シュルシュルと、エプロンを外して、ワンピース状になっているメイド服本体を脱ぐと、あられもないメイドの下着姿が、大公開だ。
まあ、そのあとすぐに、いつもの学園で着ているスーツ姿に着替えたんだが……。メイド服をハンガーにかけて俺の部屋に置いていかれるとメイド服が俺の私物みたいになってんじゃねぇかっ!
由梨果は、スーツにエプロンをつけると、朝食の用意をしに下の階にあるキッチンへと向かっていく。俺は、由梨果が出て行ったのを確認すると、起き上がった。ベッドやメイド服などには、先ほどまでいた由梨果の熱と香りが仄かに残っている。
その香りに、少しドキドキしながらも、匂いに欲情している場合ではないので、堪えつつ、制服にスーツのまま寝てしまったので、スーツを脱いで、制服に着替えた。
まだ、3時半過ぎなので、当分は誰も起きてこないだろう、と思ってトイレに行こうとして扉を開けたら、丁度、隣の部屋から姉さんが出てきた。え、姉さんがこの時間に起きてるって、どういう超常現象?!
「あら、紳司、早いじゃない」
こっちの台詞だっ!などとツッコんで時間を無駄にしている場合ではないので、俺は、その言葉を飲み込んで姉さんに問いかける。
「それはこっちの台詞だ!何だって、姉さんがこんな時間に?」
全然飲み込んでなどいなかった。普通にツッコんでいるし、問いかけもしたが、姉さんは、普通に返してきた。
「ちょっと色々あってね。怜斗が……。まあ、色々あったのよ」
結局、基本的に、色々しかないようだ。しかし、怜斗……と言ったか。やっぱり……あいつが……、
「七鳩怜斗と恐山讃、か」
俺の呟きに、姉さんが怪訝そうに眉根を寄せる。どうやら「当たり」のようだな。つまり、あいつらの転校先は鷹之町第二高校だったってことだろう。
「知っての?」
姉さんが問いかけてきた。俺は、あの2人と会ったときのことを思い出しながら、その問いに答える。
「奈良でな。偶然、乗る新幹線とかを間違えまくって来ちゃったみたいだぜ?」
俺の言葉に、苦笑いの姉さん。しかし、これで、揃ったとも言えるんだろうか。姉さんの婚約者と、姉さんの弟の婚約者、俺と静巴。こうして、かつての前世での面々が全員、集ったわけだしな。
……いや、英司、か。俺の親友の、英司もまた、この世界に転生しているのだろうか。それとも……。
俺は、どこかで、英司は、別の誰かに転生して、どうにかやってる気がしてならないんだけどな。それこそ、異世界で勇者をやっていそうな奴だからな。
「奈良って、あの馬鹿……。まあ、いいわ。てか、アンタ、女臭いわよ?」
え、……マジで?
くんくんと自分の体臭を嗅いでみるが、特に分からない。そんなに匂うのだろうか……。匂う理由は、主に由梨果だ。
「あ~、昨日、一緒に寝た所為か……。風呂は入ってこようかな。まだ、この時間ならシャワー浴びる程度の余裕はあるだろ」
3時40分になる前だ。余裕どころじゃなかった。全然間に合うじゃねぇか。……シャワーの準備してこよ。
「姉さんも入る?」
俺は、念のために姉さんに聞いてみる。姉さんは、暫し考えてから、首を横に振った。まあ、俺と一緒に入ると長くなるからな。
「由梨果にも聞いてくるか……」
俺は、小声でそんな風に呟きながら、下へと降りていく。すると、丁度、母さんがちょっと早めに起きてきたところにバッタリ会った。
「あら、紳司君、もう制服を着て、今日はやけに早いんですね?」
昨日の帰りが遅かったことをとがめられるかと思ったが特にそんなことは無かった。まあ、キチンと事前に連絡していたことが功を奏したのだろう。
「ああ、うん、ちょっと」
俺がそういうと、母さんは特に気にした様子はなく、しかし、俺と並んで歩くと、ふと足を止めて
「紳司君、少し女臭いですよ?」
などと言うのだった。母さんまでそれを言うほどに匂うのか……。本格的にシャワーを浴びたほうがよさそうだな。
リビングに近づくにつれ、リビングに併設されたキッチンから料理をする音が聞こえてきた。由梨果が料理をしているのだ。
「あら、誰かが料理をして……暗音さん……なわけないですよね」
母さんの姉さんに対する扱いが酷いが概ねその通りなので特に反論する気はない。俺は、母さんに、誰が料理しているのかを教えることにした。
「由梨果だよ。ほら、この間会っただろ、俺のメイド」
あまり、「俺のメイド」と言う呼称は使いたくないのだが、簡潔な説明をするために止むを得ない。俺の言葉に、母さんは、くんくんと俺の匂いを嗅ぐ。
「もしかして、一緒に寝たんですか?」
ああ、そういうことか。俺の女臭さの原因が何かに気づいたんだな。俺は母さんに頷いた。すると、母さんは頬を真っ赤に染めて、「そ、そうですか……」と呟く。
ん、これ、完全に誤解されてないか?寝るってそういう意味じゃねぇから、普通に寝てるだけだから。
「あー、まあ、いっか」
誤解を解くのも面倒だし。しかし、気まずい空気になりながら、リビングに入ると、由梨果が弁当箱に料理を詰めるところだった。
「あ、おはようございます、紳司様。お母様」
由梨果が仰々しく朝の挨拶をした。母さんが、少し由梨果から視線をズラしているのは先ほどの会話からの気まずさゆえだろう。
「お母様、どうかなさいましたか?」
ここにきてお母様と言う呼称を何故選んだんだ。せめて、もうちょっと他の呼び方は無かったのかよ。誤解がさらに深まったじゃねぇか。
「由梨果、弁当を作ってくれたのか?それも、俺と姉さんの分。ありがとな。……昨日、風呂入ってないだろうし、シャワー浴びないか?朝食は母さんに任せて」
今、由梨果の中で、主からの提案と主の母の楽のどちらをとるか、と言う会議がなされているのだろう。
「分かりました。お母様、ご飯は、もう炊けるようにセットしていますし、魚の下ごしらえは終えていますので。では、紳司様、お風呂場へ案内してください」
そう言って急かす由梨果。しかし、コイツ、着替えとか持ってないだろう。姉さんの下着を借りるのが一番いいな。目測だが、サイズ的にも丁度だろうし。
「その前に、着替えだ。スーツはそれしかないにしても、下着くらいは替えるべきだろうし。何の偶然か、姉さんも今日は起きてるしな」
俺は、由梨果の背を押して、上の階にある姉さんの部屋へと連れて行く。そして、姉さんの許可を待たず、普通に勝手に姉さんの部屋に入る。
「姉さん、パンツとブラ借りるよー」
俺が、声をかけると、姉さんは、何か考え事中のようで、生返事による適当な答えが返ってくる。
「んー、出したら洗って返してねー」
「出さんわっ!」
俺は慌ててツッコんだ。出すって何を?!てか、普通に考えて、断って持っていくわけねぇだろ、そういう場合!
「ほら、由梨果。サイズは大丈夫だと思うから、これを使ってくれ」
俺が差し出した下着を由梨果は受け取った。一応、タグでおおよそのサイズを確認しているが、大丈夫なのだろう。
「それじゃあ、俺も着替えを取ってくるからちょっと待っててくれよ」
そう言って、俺は、ダッシュで、下着を取ってくる。制服は、今着ているのをもう一度着ればいいだろう。
「えっと、一緒に入るのでしょうか?」
由梨果は小首を傾げながら俺に聞いてきた。まあ、この流れで一緒に入らないわけが無いだろう。
「当然だろ?」
俺は、さも当然、と言うように言い放ち、由梨果を連れて風呂場へと向かった。
……あれだ、家族でもなんでもないのに、一緒にシャワーを浴びて、しかも、大人とだと、割りと恥ずかしいってことが分かった。あと、胸は気持ちよかった。
色々と目に焼きついて、きっと忘れることが無いだろう。しばらくにやけを押さえられるかどうかが割りと本気で心配だ。
え~、シャワーシーンは割愛。本当は書きたかったけど時間が……。またいずれの機会にということで。もしかしていつか短編で、紳司がそれぞれと一緒にシャワーを浴びたら、なんてものを書く……わけがないです。