142話:闇と彼女
――かつて、わたしの祖父は世界の闇だった。
――そして、わたしは、今、――となる。全ては――の為に。
……SIDE.God Slayer
飛行機を降りると、わたしたちは宿をとることにした。まず今日は初日なので、空港の近辺にあるホテルに泊まることにした。祖父の遺産のおかげで、ほとんど不自由なく過ごせるため、割りと高くても全員別の部屋にすることになったわ。まあ、少なくともわたしは1人部屋じゃなきゃ嫌だけどね。
そして、タクシーを3台捕まえて、お勧めのホテルを案内させて荷物を運んで、ホテルに着いたら、受付ですばやく空いている部屋を5部屋取った。
「自分は、《堕ちた烙印の剣》を取りに行かなくてはならないので、しばらくお暇を貰います」
流石に《堕ちた烙印の剣》は飛行機に持ち込むことが出来ないので、どういう方法か分かんないけど、どうにかして、……何でも《聖王教会》の奴等がよく使っている手らしいけど、それを使って《堕ちた烙印の剣》を日本に持ち込んだらしいわ。
わたしは、ホテルの自室……割りと豪華ね、ゴミもないし。この辺は国民性というやつかしら?
日本人の潔癖な国民性と小心者な国民性によって、きちんと手入れの行き届いたものになっているのでしょうね。ゴミがあると客に怒られる、と言うことは、上司にも怒られる、それは面倒だからキチンと掃除をしよう、と言うことね。
そして、わたしは、ホテルのベッドに寝転がりながら考える。あの時のことを……、彼が、仲間になった、あの夜のことを。
ディルセ・ディブライドが仲間になってから数ヶ月後、わたしたちは、イギリスにやってきていたわ。ランスロットの実家があるとかで、ちょっとのそこによる関係でイギリスに行ったのよ。
そして、ランスロットの実家付近ではある噂が流れていた。何でも、「町を緑化する悪魔」がいるとか。この砂漠化が進む現代ではとてもいい悪魔よね。何でも、小さな町を丸々1つ緑の園にしてしまっているとかで、しかし、燃やすのも危ないと、撤去に時間を要するそうね。
おそらく、《古具》使いが関係している、とわたしとランスロット、ディルセは、その町に向かったわ。公共交通機関は、町の手前までしか動いていなかったので、隣町まで電車で移動して、その町の町外れまでバスに乗って、そこからは徒歩で移動した。
「ここが緑に包まれた町?」
元からこんな状態だったのではないか、と思うくらいに木や花で覆いつくされていて、少なくとも建造物は視認できなかった。
「何よ、これ」
しかも、町を囲むように正方形に木が生えそろっていて、一定の範囲より先は、至って普通の状態だったわ。明らかに人為的異変なのよ。
「明らかに《古具》使いの仕業ですね。どうしますか?」
どうするったって、こんだけ生い茂ってたら普通は通れないわよね?
わたしは、木を触って確かめてみるけど、これは、間違いなく本物の木よ。偽物や幻覚ではないと思うわ。まあ、視覚だけでなく、触覚や嗅覚なんかまで完全に誤魔化せる幻覚があるなら、その限りじゃないでしょうけど。
「この木が自体が《古具》だといいんだけどね」
わたしはそんな風に呟いた。するとディルセが疑問そうな顔でわたしの顔を見てきた。ああ、そうだったわね、ディルセには「神をも殺せる」とは言っているけれど詳細な力については一切教えてなかったものね。
「そうね、試しに見せてあげましょうか」
これが《古具》によって生み出されたものかどうかを確かめる意味も込めて、わたしは、わたしの《死古具》を呼ぶわ。
「《刻天滅具》」
白と金の荘厳な槍が手元に現れる。この神々しくも禍々しい異形の槍は、神をも殺すことが出来る槍なのよ。
「さて、と……」
わたしは、その槍の先端を木の1つに当ててみる。すると、木は面白いくらいに、その先端が当たった部分だけ綺麗に消え去った。
「ビンゴっ、この木は《古具》によって直接生み出されたものね。《古具》の副作用で生まれたものでなくてよかったわ」
ちなみに、《古具》の副作用だという場合は、例えば、存在するのかどうかは知らないけれど、植物の成長を早める《古具》とかになると、わたしにはどうすることも出来ない。わたしが、この力を使っても、木の生長は止まっても木は消えないのよ。
「どういうことなの?」
ディルセが問いかけてくる。わたしは、笑いながら《刻天滅具》……《刻天滅具》を見せるわ。
「これは、神をも殺す槍、《刻天滅具》。だからこそ、神から与えられた力である《古具》は、この槍で消すことができるのよ」
そう、それこそが、この終焉の力を宿した槍にのみできる特殊な力なのよ。他のどの《死古具》でも不可能な特殊な力……この力は祖父の力でもあるわ。
「なるほど、まさに選ばれた力、だね。僕は、改めて貴方についてきて正解だった」
あらあら、そう褒められると照れるわね。にやける顔を頑張って堪えながら、わたしは、改めて木の園へと目を向ける。
どうするか考えたけど、とりあえず、入り口くらいの穴を作らないとね。《刻天滅具》を腰の高さで固定して、ぐるぐると穴を広げるように回していく。
「これで通れるわね」
どうやら木は、町を囲むようにドーム状に生えているようで町の中心の方は、あまり生えていないみたいね。
「では、奥にいる《古具》使いに話を聞いてみましょうか」
ランスロットが先陣を切って、森の園を突き進む。特に罠や妨害はなく、すんなりと木の部分を通り抜けて、町の中心地に出る。
古い町並みの家で、それ以外は特に特徴といった特徴のない普通の町みたいだけど、こんなところで、何で《古具》を使ったのかしら?
「それにしても植物を生み出す《古具》ですか……」
ランスロットは、興味深そうに、周りの天すら覆う木々に目をやっていた。どうやら、こういった《古具》はあまり見たことがないみたいね。
「どうなの、こういう《古具》って珍しいの?」
わたしがランスロットに聞くと、ランスロットは苦笑して、少し迷ってから答えを返した。
「いえ、実を言うと、《古具》を見た経験はあまり無くて、開花している《古具》自体、そこまでありませんしね。例えば、ギリシャならアテネなどは割りと開花が頻発するようですが、それ以外だと稀ですし」
へぇ、《古具》が開花しやすい場所なんてのもあるのね。他の国にもそういうのはあるんでしょうけど、そう言った場所を回れば《古具》使いに会えるのかしら?
「おっと、どうやら、発生元の《古具》使いは、あの建物にいるようですね。この結界とも言える樹林の正方形の中心地は、だいたいあそこですからね」
ランスロットは、周りを覆う木を見ながら中心地を目測で割り出していたみたいね。本当に、優秀な騎士だこと。
「じゃあ、あの建物に入ろうじゃないの。……何の建物かしら?」
わたしの言葉に、ディルセが、建物の概観を見て、しばらくしてから答えた。
「教会とは違うけど、宗教の寄り合い所みたいなものだと僕は思うよ」
その見解にランスロットも頷いた。どうやら、建物の壁面に書かれているマークがそれを証明しているとかどうとか、わたしにはよく分からないわ。
「とりあえず入りましょうか。入ったら分かるでしょ?」
わたしが先陣を切って中に入っていく。ランスロットは止めようとしたみたいだけど、それよりもはやく、わたしが中に入ってしまうわ。
――ビュンッ!
風を切るように、何かの植物のツタが伸びてくる。わたしは、瞬間的にそれを見切って、《刻天滅具》で、そのツタを切ろうとする。
しかし、ツタは軌道を変えて、巻きつくようにうねり《刻天滅具》に巻きついた……けど一瞬で消え去った。どうやら、ある程度、自分の生んだ植物を自由に操って動かすことが出来るみたいね。
今のは、わたしの武器を封じようとしたけど、《刻天滅具》の特性までは知らないから、触れて消えてしまった、と言うことね。
「なっ?!」
そこには、くすんだ少女が居た。なんで、こんなところに女の子がいるのかしら、と首を傾げていると、ランスロットが呟く。
「あれは、男です」
え、マジで?わたしは耳を疑ったわ。あれが、男ですって……。どこからどう見ても端麗な容姿の少女にしか見えないのに。
「男の娘というやつですね」
「日本進んでんなぁ……」
ランスロットとディルセが感慨深そうに呟いていた。日本……、あれも日本の文化と言うやつなのかしら。だとしたら、なんと進んだ感性なのかしら、わたしはとてもじゃないけどついていけそうに無いわ。
「あ、貴方達も『光』なの……?」
くすんだ少女……改め少年は、わたしたちにそんなふうに問いかけてきた。わたしは、その言葉に笑う。
「いいえ、わたしたちは『闇』よ?」
そう、わたしたちは闇なる存在である。影なる存在である。それゆえに、悪でもある、と言われるかもしれない。でも、闇は悪かしら、影は悪かしら?
違うわ。正義があるから闇がある、けれど闇があるから正義もある、闇と正義は、時として逆になりうる存在なのよ。
そして、光があるから影がある、けれど影があるから光もある、影と光は、共に無くてはならないもので、共に存在し続けるもの。決してなくなることは無いもの、無くてはならないものなのよ。
ゆえに、
――かつて、わたしの祖父は世界の闇だった。
――そして、わたしは、今、闇となる。全ては世界とわたしの為に。
無くてはならないもの、それゆえに、わたしたちが、その闇になる。しかし、それは悪ではない、それだけのことよ。
「闇は悪ではない。闇の一部に悪があるだけなのよ。それゆえに、わたしたちは、同じ『闇』を嫌うことはない。もしかして、貴方も、『闇』なんじゃないのかしら?」
彼女……彼は静かに頷いた。
「ぼ、ボクは、『光』は苦手で、『闇』になったの……。でも、『光』はそれを許さなかったの……。だから、ボクは『光』を拒んだの」
「光」を拒んだ……、か。それは、何か違う気がするわね。わたしは、彼に近寄って、彼の手を握って言う。
「違うわ。貴方は、決して『光』を拒んではいない。受け止め、追い出しているのよ。拒むのと、理解して追い出すのは意味が違うわ。
植物は、光合成で、光と水と二酸化炭素からエネルギーを生成するし、化学反応で生じた酸素を大気に解き放つ。
そんな光を受け入れ、別の物として追い出す力こそ、貴方の本質を象徴しているのだと、わたしは思うわ」
わたしの言葉に、彼は、わたしに抱きついた。華奢な体付き……、だけれど、胸は見事にないわね。うん、本当に男だったみたい。
「貴方は、わたしたちと一緒に来なさい。『闇』の世界に……」
彼は、わたしの胸の中で頷いた。
「わたしは、ミランダ・ヘンミー。貴方は?」
「ボクは、デリオラ。デリオラ・アール」
こうして、彼、デリオラが仲間になったのよ。なお、わたしたちが感動的なやり取りをしている時、ランスロットとディルセはと言うと、
「ボクッ娘ですね」
「ボクッ娘だね、日本進んでんなぁ……」
全部「I」でしょうがっ。意味分からんちゅーの。