141話:天才は青空に笑う(後編)
リュインちゃんとは何の話をすれば盛り上がれるだろうか、と考えて、置いてある資料に目がいった。確か瞬間移動の実現性と問題点だったよな……。
そもそも、瞬間移動とは何か、と言う点から始まるが、瞬間移動とは、ある地点からある地点までを移動するのに、その距離を移動する時間を省くものである。
例えば、α地点からβ地点まで移動するのに20分かかるが、その20分と言う時間を省いて移動することを言う。
「瞬間移動を実用するにはいくつかの手法があると思うけど、リュインちゃんは、どの方法を用いるつもりでいるの?」
俺の問いかけに、リュインちゃんが、急に何でそんな話題を……と思っていそうだが、キチンと答えてくれる。
「空間を歪曲させてα地点とβ地点を直接繋げてしまうもの……空間歪曲転移と呼ばれるものか、そのα地点の空間ごと切り取りβ地点の空間と入れ替えるもの……空間転移と呼ばれるものか、と言うことですか?
それと、勝手に『ちゃん』という敬称をつけて呼ばないでください」
ワープ……、SF物の映画や漫画にはよく出てくるだろうけれど、ある地点αとある地点βまでの空間をごっそり捻じ曲げて移動するものだ。
テレポーテーション……テレポートなんて言っても伝わるかな。ある地点αの空間ごとごっそりある地点βの空間と入れ替えてしまうものだ。
「他にも、その人物や物体αだけをβ地点に送るってのもあるよな」
秋世の《銀朱の時》とかがそんな感じに思えるんだが原理はよく分からない。
「その説に関しては、真空空間以外での利用は不可能、と言う説があります。よって、候補に入れていません」
まあ、そうなんだが、実際に秋世がやっているんだよな。あいつの《古具》は、本当に謎だよな。
「ああ、知ってるさ。物質αがその地点βに移動したときに別の物体δがあるとαとδの物質が交じり合うことで大爆発が生じることになる。そもそも空気や液体、埃などでも同じことが言えるから何もない真空空間以外で使うと大爆発が生じることになるってな」
しかも、場合によっては、銀河系が吹っ飛ぶほどの大爆発なので容易には使えないということが言われている。
「キチンと理解していた上で今のを候補に挙げたんですか?」
呆れた口調のことを真顔で……と言うより無表情で言われたので、わりと心にグサリときた。
「私としては、空間歪曲転移を使用した自由移動を考えています。なぜなら、後者の空間転移だと到着地点にも機械が作用している必要があり、使い勝手が悪いのです。よって、前者を選びました」
空間歪曲転移の説明として、よく挙げられる話は紙を折り曲げるものだろうか。
「そもそも、空間歪曲転移って言うと、四次元的移動を可能にさせないとダメだけどね」
えっと、四次元的移動、と言うのをどういうことか説明するのに、先に挙げた紙を折り曲げる例を用いて説明すると、まず紙の端にα、もう一端にβと書いて、単純に考えて2点の最短距離は、直線で繋がることである。
しかし、もっと短くするのが、紙を折ってαとβを重ねることだ。こうすることで距離は0になるだろう?
ただし、紙の平面上、つまり二次元的な動きではなく、紙を飛び出す三次元的動きが必要になる。空間歪曲転移は、それの三次元バージョンだと思ってくれればいい。
ようするに、四次元の移動を可能にさせない限り空間歪曲転移は不可能ということだ。
「ええ、ですから四次元的移動を可能にする理論から練っているのです」
そもそも、この宇宙が四次元時空であるので、SF漫画で宇宙空間で四次元航行なんてものを行っているのはそう言った理屈であるとされている。
「宇宙は三次元空間と一次元時間からなる四次元時空だし、宇宙の理論を考える感じか?」
俺の問いかけに、リュインちゃんは首を横に振った。どうやら違ったらしい。でも、少し俺との話に乗ってきているようだ。
「それだと、時間が生まれてしまうために、自分が移動するのに対して、外と移動中の時間が異なるだけで、逆浦島太郎現象ならまだしも、浦島太郎現象が起きた場合は悲惨なことになりますよ。よって、別の手法を用います」
別の手法ってどういうことだ……。う~ん、流石に専門家の考えていることは分からんが、俺の頭に、ふと青色の狸の形をした猫型ロボットが笑った気がした。
「ああ、空間が四次元的に広がっている状況か。時間を四つ目の次元とするのではなく、空間をもう一次元分増やすのか」
つまり、四次元のポケットとタイムマシンの違いだ。あの無限に収納できる空間が無限に広がっているポケットは後者で、タイムマシンの移動する空間には時間軸と言うものが有るので前者になる。
あの青色の狸の形をした猫型ロボットから、そんなことを連想したのだが、空間歪曲転移と言えば、どこでも行けるドアとか壁を通り抜ける輪とかもそれを利用したものだな。あと、サンバイザーと眼鏡をかけた発明少年の作る赤いテープの輪と別の場所の赤いテープの輪を繋げるものも。
「その通りです。そうして、そこの出口を自由に設定すればいいのです。四次元には距離という概念に意味はありませんから。よって、そのゲートを介して瞬間的な移動が可能なのです」
少々興奮気味に俺に説明するリュインちゃん。この子、博士気質あるよな、ほら、教授とかそういう系の。
なお、この時点で5時間目は既に始まっているのだが、そういう点を俺はもう気にしていないし、彼女には関係のないことなのでとりあえずはいいか。
「なるほど、それはかなり難しそうな分野だよな」
てか、たぶん無理。俺が生きている間に完成しそうにねぇな。それを完成させて一般人に与えた神様パネェわ。
「そういえば、今から60年ほど前に、アストラル体に関する霊体的或いは超常的現象について、と言う研究書を知っていますか?」
……確か、うちにコピーがあって子供の頃に姉さんと読んだな。アストラル体と言うものは、元来「星のような」と言う意味を持つが、オカルト関連では、1800年代のフランスの魔術師であるエリファス・レヴィの「アストラル・ライト」と呼ばれる考えから霊能力や超能力などを発動させるために必要なエネルギーのことを「アストラル体」と呼ぶようになった。と言うものが最初の注意書きで、そこから、それを霊的や超常現象へと発展させる考えを記したもので、いくつかの実験を行っているが、どれも失敗していた。
よく考えてみれば、その実験って《人工古具》とか《古具》関係の実験っぽい気がするんだが、それに実験地はアメリカの研究所、秋世や祭囃子祭璃さんがいた研究所もアメリカだったな。
まあ、あれが《古具》に関する実験だとしたら、結論とすればアストラル体と《古具》が無関係だが、それ以外の別の何かである、と言う結論になっていたことになる。
「ああ、知っているけど」
一応、知っているので普通に答えておく。しかし、それは意外な回答だったらしくて、リュインちゃんはガチの驚き顔をしていた。完全に顔を崩したのは初めてかもしれないな。
「私ですら半分も読ませてもらえていないのに、その存在を知っているんですか?」
え、あれって、そんなに珍しいものなのか?父さんの書斎に普通にポンと置いてあったから、どこでも手に入るものだと思っていたが。
「まあいいです。私は、ここを卒業したら、その研究を行ったアメリカの研究所に来ないかと勧誘を受けているんです。よって、私はそこにいって、様々な研究を経て瞬間移動を完成させるのが最もよいと結論付けました」
なるほど、もしかして。……俺は、少し気になったので、リュインちゃんに聞いてみることにした。
「その研究所ってどこにあるの?」
俺の問いかけに、リュインちゃんが訝しむ。一度、表情が崩れた所為か、顔に出やすくなっているようだ。
「言っても嘘だと思うでしょうが、エリア51にあります」
エリア51とは、アメリカ空軍が管理するネバダ南部の一部の空軍基地のことである。多くの機密が有るために、実態がほとんど明かされなかった所為で、「UFOが運び込まれている」、「宇宙人がいる」、「宇宙人の解剖をした」、「ロズウェル事件に関係があるのではないか」、などの噂が立っていたが、情報が開示され、その実態が無いことが明かされたが、未だに多くの秘密があると言われている。
秋世曰く、地下には異能力の研究所があり、UFOも《古具》がそう見えたものだとか……。秋世や祭囃子祭璃さんなどが研究員として、そこに居た人間である。
「なるほど……。ちなみに《古具》と聞いてピンと来るものはある?」
リュインちゃんが《古具》使いである可能性も考えて、念のために聞いてみるが、彼女の反応は薄かった。
「古代の遺物ですよね。その中でも人工的なものがオーパーツと呼ばれます。現代日本では、魔法具などの意味で知られることも多いですが、それは、『指輪物語』のような作品でそういう意味で扱われるようになったことが要因ですね。それがどうかしましたか」
流石はリュインちゃんだな。一般的な意味でのアーティファクトについてキチンと知っていたようだ。しかし、やはり《古具》使いではないようだ。
「いや、エリア51の研究所に所属するなら覚えておいたほうがいいよ、《古具》と言うワードを」
俺は、そう言ってから、続けざまに彼女にちょっとお得な情報を教えることにした。あくまで、「ちょっと」だが。
「そういえば、『アストラル体に関する霊体的或いは超常的現象について』ってレポートだけど、もしかしたら近いうちに見れるかもしれないな」
その言葉に、顔が綻ぶ。一瞬だが、彼女は確かに笑ったのだ。しかもむっちゃ可愛かった……。しまった、写真を撮っておくべきだったな。
「ど、どこでですか。私は気になっています。よって、貴方はその情報を開示すべきだと思いますが」
まくし立てる彼女に、俺は微笑みかける。そして、家にまだあるかな、あのレポートと思いながら彼女の頭を撫でて、スクリと立ち上がる。
丁度5時間目終了のチャイムが鳴り響いた。さて、そろそろ頃合だろうし、戻るとしよう。さっきの時間の授業担当は秋世だったが、流石に屋上だとは分からなかったようだな。
「まあ、早ければ明日、かな」
家に無かったら、父さんか母さんに連絡して受け取らなきゃいけないしな。もしかしたら、貸し出し厳禁かもしれんが、いずれエリア51に入る人間だし問題はないだろう。
「あ、ちょっと……」
リュインちゃんは、何かを言おうとしていたが、俺はそれを無視してそのまま屋上を出て階段を下っていくのであった。
タイトル的に、いつもは無表情なあの娘が、声を出して顔を綻ばせている!みたいなのを想像していたのに、何故こうなったのかが自分でも分からない桃姫です。
いや、あたしも書いてて、あれ、これ、思いっきり笑わすの無理じゃね?とか思っちゃったんですもん。書き直すの面倒だったんですもん。
あと、この作品に出てくる何かそれっぽい用語は、適当に引用してきたもので、エセ科学です。瞬間移動の理論とか、それっぽく言ってるけど、全然適当であって、鵜呑みにしないでください。
あとドラえ○んとかキテ○ツ大百科とかのやつは分かりやすいのでそれっぽい例としてちょっと分からない感じに伏せて利用させていただきました。




