140話:天才は青空に笑う(前編)
久々に登校して授業を受けて、昼休み。俺は、久々の授業でクタクタになったので、机に突っ伏していた。静巴は、生徒会の用事があると、俺を置いて行ってしまった。ちなみに、俺は修学旅行前に全て済ませているために用事はない。
クラスメイトは、大半が談笑しながらメシを食っている。しかし、クラスにはグループと言うものが有るので、中々、一緒に食おうとは言いづらい。ここは大人しく自分の弁当を持って、外で食うのが一番だろう。
そう思った俺は、どこで食べようかと考えて、屋上に向かった。この学園の屋上は、普通に入れないことになっているのだが、電子ロックを解錠すれば自由に入ることが出来る。
電子ロックの解錠コードを知っているのは、俺達、生徒会と指導部の教師、生徒会の顧問である秋世とその前任者の由梨果だけのはずだ。他の教師に教えていないのは、万が一漏れたら困るから、と、教師が、まあ、生徒とのあれなことに使っていたことがあったなどの理由からだ。
なお、父さんに聞いた話によると、父さんの代に、それが発覚して父さんが電子ロックのコードを変えたために、チーム三鷹丘の人間であれば全員コードを知っているらしい。
何故か、チーム三鷹丘の活動拠点は、この市、と言うよりこの学園らしく、大半がこの学園の卒業生によって構成されている。あの聖騎士王もこの学園の卒業生だ。
まあ、その辺はどうでもよくて、天気もいいし、屋上で食べようと思ったわけで、パスワードを入れて解錠して、屋上のドアを開けた。
すると、そこには、固形簡易栄養食を食べる女子生徒がいた。固形簡易栄養食とは、コンビニなどでも売られている、簡単に栄養を摂取できるもので、食べると喉が渇く。
忙しい人や小腹が空いたときに食べるものとして重宝されている。あと、お金が無いときとかにもな。
そして、それを食べていた女子生徒の横には、幾つもファイルが転がっていた。クリアファイルではなく、綴じ込み式のそれも凄く紙の詰まったファイルが数冊。何のファイルかはよく分からないが、とりあえず今はいいか。
「一般生徒は立ち入り禁止だ」
俺の言葉に、女子生徒は怯むことなく、堂々とした態度で普通に反論をしてきた。
「ここに入ってきた時点で貴方も同罪ですね。よって、文句を言われる筋合いはありません」
その通りすぎて反論できなかった。彼女の言っていることは正しく、俺も弁当を持っているわけで、何かを言える立場ではなかった。まあ、そんなことは分かっていたんだがな。
「まあ、その通りだし、それは分かっていたが、生徒会の人間である以上、一応、注意したと言う建前がいるわけだ。そのための形だけの注意だから気にしないでくれ」
そして、女子生徒の横、ファイルの束の横に腰をかける。そして、女子生徒に念のために聞いてみる。
「それで、パスワードどうやって解いたんだ?」
パスワードは3×3の9ボタンに0と決定のボタンで11個のボタンが付いている。パスワードは4桁の数字だから、単純に考えて0000から9999までの1万通りあることになる。
「ボタン表面の文字の磨耗具合で分かりました。気をつけたほうがいいでしょう。それに普通に考えて1万通りしかないのですから時間が有り余っていたら簡単に解けますよ。よって、新しくすべきだと助言します」
ああ、俺がカノンちゃんのスマートフォンのパスワードを見破ったのと同じ方法か。しかも助言されてしまった。
「新しくするのにはお金がかかるし、パスワードを変えられたら君もここに入れなくなるぞ」
冗談半分でそんなことを言ってみる。すると、女子生徒は、全く笑いもせずに俺に言った。
「1万通りでしたら解析に対して時間はかからないでしょうし、特に大した問題にはなりません。よって、別に新しくしたところで問題はないと言えます」
あ、そうですか。解析するのに対して時間がかからないって、どこのスパイやハッカーだよ。
「あ~、そうですかい。でも、今、パスワードを知っている全員に連絡するのは面倒だから、やっぱり変更はなしだ」
その女子生徒、明るめの茶髪と薄茶色い瞳。清楚……と言うより栄養不足が心配な感じの白い肌。普段は、あまり外に出ない人間なのだと予測できる。そう、宴と似ている感じだ。
髪は首のところで両側とも縛っているおさげツインテールみたいな感じの髪型だ。あまり感情の起伏が大きくないようで、ほとんど笑った顔を見せていない。
胸はあまり大きくなく、しかしペッタンコでもない。だいたい普通くらいの大きさだろう。
美少女、と言うよりは、理系女子とかの中でも美人だなぁって感じで、白衣が似合いそうだ。あ、あと、眼鏡も似合いそうだが、ガチの眼鏡をかけると暗い面持ちに見えるので、赤縁のファッション眼鏡とかの方が似合う感じだ。
俺の好み的に言うと、大き目の赤縁ファッション眼鏡とブカブカ白衣を着てくれると、俺の心にグッとくる。
「もうじきチャイムが鳴りますが、食べなくてもよろしいんですか。食べない場合は、空腹の状態で授業を受けることになります。よって、今すぐに食べるか、今すぐに覚悟を決めるかのどちらかを選ぶべきだと思います」
女子生徒がそんな風に2択を勧めてきた。しかし、俺としては、授業がだるいのでこのままサボってもいいかな、と思っていたのだが。
「そういう君も、もう授業だけど、全く準備をしているようには見えないけど?」
このままここに居座りそうな彼女に、俺は問いかける。しかし、彼女は、全く気にした様子もなく平然と答えた。
「私は特別免除生なので」
どこかでも聞いたような、と思ったが、宴だ。そうか、彼女もまたX組の人間なのか。
特別学業免除制度。宴や彼女のように、通常の生徒とは違って、特殊な技能や成績、資格を持つ者が入学し、授業を受けようが受けまいが自由と言う制度こそが特別学業免除制度だ。通常の入学試験とは違って、推薦入学のようなものであるため、面接と言うか試験と言うかの際に理事長達から認められれば入学できる。そのため、入学時の成績は分からないが、一般的に通常生徒どころか一流大学の生徒にも匹敵する学力を持つと言われていて、なぜか、俺はこいつ等と同等だと思われている。
「ああ、なるほど。……リボンの色からして1年生だろうけど、もしかして、君がリュイン・シュナイザーか」
宴や七星佳奈に並んで有名なリュイン・シュナイザー。確か、紫炎のクラスを探すときにもX組のことを考えて、そこに名前を出していた気がする。
「ええそうです。そちらだけ私の名前を知っているのは不公平ですよね。よって、貴方は名乗るべきだと思いますが」
今、気が付いたが、この子の口癖は「よって」のようだな。まあ、名乗るのはやぶさかではないので、名乗らせてもらおう。
「生徒会会計の青葉紳司だ」
俺が名乗ると、そこで初めて彼女の顔に変化が生じた。少しだが、驚いたような顔をしたのだ。
「貴方が、あの青葉紳司……先輩ですか」
そんなふうに言うが、「あの」って何だよ。何か噂になってるのか、それともたまたま彼女が知っていたのか。
「1つだけ聞きますが、貴方はそこの資料をどのくらい理解できますか?」
彼女がそう言うので、資料を1冊拾い上げて、パラパラと読んでみる。英語の資料だな……。内容としては、簡単にまとめると瞬間移動の実現性と問題点ってところか。
「まあ、大体なら分かるが」
彼女、リュインちゃんは、溜息をついた。そして、俺から資料をひったくると、俺に向かって言う。
「入学試験テスト、全教科ほぼ満点。第1学年時の学年順位1位……X組を除く。第2学年時1学期中間考査1位。どのテストも全教科ほぼ満点」
この「ほぼ」が大事なところで、ケアレスミスが何箇所かあるのだ。この「ほぼ」が無いのが姉さんである。てか、何で、そんなことを知ってるんだよ。
「何故、俺の個人情報を?」
俺の問いかけに、リュインちゃんは、これまた表情を変えずに、淡々とした口調で答える。
「私達、特別免除生はテストを受けませんが、張り出されているテストの結果を見ることは可能です。そして、この間の中間テストで、合計点数と順位が掲載されている中、貴方の順位は1位で、合計点数は799点。正直な話、目を疑いました。2位との合計点の点差は50点以上でしたからね」
うちの学園の2学年の中間考査の科目は、国語、数学、英語、リスニング英語、公民、物理、保健、家庭科の8科目であり、全部100点満点で合計800点満点である。
このときは、家庭科で1問ケアレスミスをして1点逃した。家庭科は100問出題1問1点の形式のテストだからな、1つくらい間違えることもある。防腐剤の種類なんて数個しか覚えてなかったから予想外のところが空欄で分からなかったんだよ。
「よって、私は、その点を取ったのがどういう存在なのか、調べていたのですよ、研究の片手間に」
研究ってのは、この資料のことだよな。瞬間移動について研究しているのか……。実例が近くにあるだけあって実用は可能かもしれんが、原理が分からんからな。
「貴方は、なぜ普通科にいるのですか?」
リュインちゃんがそんな風に問いかけてきた。何故っつったってなー。
「単純に、普通に受験したからだけど。大した学業的成績を残していたわけでもないし、特別免除生になるのも面倒だったしな」
わざわざ功績を残すのも面倒だし、テストの点数と提出物をしっかりしとけば大丈夫だし、入試もノー勉で行けたしな。あ、これ言うと毎回キレられるんだよなー、何故か。
「貴方は、充分に、私達側の人間です。よって、今からでも特別学業免除制度を利用すべきだと思います」
お、おう……。いや、利用する気はないけどな。ていうか、利用する意味がないし、利用したところでたかが知れているって言う。どうせ学園にきてもボーっとするだけなら授業を受けていた方がマシだ。
「いや、俺は、今のままでいいよ。まあ、こうやって君とサボっていられるなら、特別免除生になるのも魅力的だけど」
俺は、そんな風に言いながら、彼女の方をみた。彼女は、またも一瞬だけ驚いたような顔をしてくれた。
「冗談はやめてください。それに、私としては、資料を読んで研究の続きをしたいので、あまり人と接触したくないんです。よって、私は魅力的に感じません」
そんなふうに言うので、俺は、少しムキになる。いや、だって、少しは楽しんで欲しいだろ?一緒にいてつまらない男とか言われるの嫌だし。
だから、俺は彼女とどうにか話を続けてコミュニケーションを取ろうと試みたのだった。