14話:刀工の呪魔剣
気配の方向を見ると女性と黒衣の男達がいた。女性、と表現するか、少女と表現するか、非常に曖昧な年頃。おそらく、1つ下くらいの年。そして、律姫ちゃんの「螢ちゃん」と言う言葉から、この女性が、おそらく、
「天姫谷か?」
俺の静かな呟き。人気の無い住宅街だが、まだ昼過ぎだ。休日の昼過ぎなら、人が通ってもおかしくないのにゾロゾロと黒衣の男を連れて歩くとは……。
「螢ちゃん、なにしてるん?」
律姫ちゃんが問いかける。すると女性が一歩前に出て、律姫ちゃんを睨むように見てから俺を見る。
「青葉紳司で間違いないか?」
俺は、静かに頷いた。それと同時に、俺も女性を睨むように見て、同じように問いかける。
「天姫谷で間違いないな?」
向こうも静かに頷いた。そして、手に持っている呪符のようなものを俺に向けて名乗る。
「天姫谷螢馬だ」
「ほたる」「うま」と書いて螢馬らしい。なるほど、それで「螢ちゃん」、か。危ねぇ、名前聞くときに「螢」か?って聞かなくてよかった。
「ここに誰かが来るのを期待しているのか?無駄だ。ここには、結界を張らせている」
結界?!出た!中二病!もしくはそういう古具か?
「もしかして、《守りは生命》?!」
律姫ちゃんが驚きの声を上げた。どうやら知っているらしい。しかし、結界と来たか。俺、一般人なんだけどな?
「せ、先輩、この結界は《人工古具》によって張られているものです!」
そうか、ここで出てくるか《人工古具》。でもまだ試作段階じゃないのか?市原の長男長女三女しか使ってないみたいな感じじゃ?
「人体実験に付き合う代わりに、ただで貰ったものさ」
おそらく、この結界というのが、シャワー室に張られていたものと同じものなのだろう。俺は、確認の意味を込めて天姫谷に聞く。
「シャワー室に張っていたのもそれか?」
俺の言葉に驚いたように目を見開く天姫谷。そして、ニヤリといびつな笑みを浮かべて、俺を見て舌なめずりをした。
「面白い。へぇ、シャワー室の結界を知っていたのか?じゃあ、アレを中途半端に破ったのも君か?」
なるほど、誰かが故意に破ったものだと思っているのか。ならば、ネタバレといこうじゃないか。
「いや、残念ながら、それは俺じゃないさ。結界は故意に破られたものではない。同性愛者だった櫛嵩先輩が仕掛けたカメラによって偶然に破られてしまったんだ」
俺のネタばらしに、天姫谷は、眉根を寄せ、眉間にしわを寄せ、激怒していた。明らかに激怒していたのだ。
「あのレズ女っ!あいつの仕業かっ!」
ダンダンと地面を踏みつける。地団駄というやつだ。はじめてみた。
「あ~、女の子がスカートで地団駄なんて踏むもんじゃないって。パンツ見えてるよ」
白のレース。性格や口調に似合わず清楚系のパンツだった。それも紐パン。ふむ、意外といい趣味をしている。
「んなっ、み、見るな」
バッ、とスカートの裾を押さえ後ろにずり下がる。こうしてみると普通の少女だと思うが。
「くっ……、まあ、いい」
お?パンツを見られたのを「まあ、いい」で済ませた。それだったらもっとしっかり見ておくべきだったかな?
「ここからは、戦といこうか?」
あ~、やっぱりそういう展開なのね。ふむ、生徒会に入った所為で、《古具》使いと勘違いされているのでは無いだろうか。
「言っとくけど、俺、《古具》使いじゃないぜ?」
俺が念のために言うが、当然のことながら聞く耳持たないだろう。
「ふ、生徒会に入っておいて何を言うか」
ですよねー。うん、予想通りの反応を見せてくれた。天姫谷は、どこから取り出したのか、無数の刃を地面からはやしていた。
「《刀工の呪魔剣》。とある《古具》の亜種だとされている」
カース……呪いか?その名前を体現するかのように、刀身は、濃紫色の瘴気のようなものを帯びているように見える。
「えっ、ちょ、だから、俺、《古具》持ってないっつーの」
しかし、いきなり対《古具》戦になるとは……。催眠術とか結界使いの方が断然よかったよ!
「こういうときに女の子に頼るのはとっても格好悪いが、律姫ちゃん、《古具》は?」
律姫ちゃんは目を丸くして慌てて首を横に振った。
「持ってないです!」
絶体絶命ってやつだよな。はぁ、……まったくもってツイてない。運が悪い、悪すぎる。神様ってのは、俺を見放したのかな?
「そもそも、何で、お前は俺と戦うんだ?」
俺は、根本的な疑問を提示した。俺と天姫谷の間に戦う理由は無い。面識だって、今さっきはじめてもったのだから。
「シャワー室で、《古具》使いを探していたのだよ。我が家の発展のために、な。しかし、失敗した。だからこそ、生徒会にいる《古具》使いを倒し、無理やりにでも家に連れて行く。できれば、女の方がよかったんだがな……」
あ~、なるほどね。家の発展のために強い奴をいっぱい集めて、その遺伝子を……、みたいな。
「だから、とりあえず、殺す気で相手を潰す」
つまり、俺が死ぬってことですね。死亡フラグどころか死亡確定フラグ。
「だから死んでくれ」
無数の刃が、濃紫の瘴気をまとって俺の喉元へと飛んでくる。いや、それだけじゃない。隣の律姫ちゃんにもあたる。
俺は瞬間的に、刀の数を数えた。5本。俺に向かってくるのが4本。俺から逸れて律姫ちゃんに当たるのが1つ。
無理やり律姫ちゃんを突き飛ばすか?いや、そんな時間はない。せいぜい押し倒すのが限界だ。しかも押し倒しても1本は確実に俺に当たる。
いや、迷っている時間は無い!
「悪い!」
謝りながらも俺は律姫ちゃんを地面に押し倒した。無論、強く打ち付けないように最低限の手心は加えたが、なにぶん余裕が無い。刀が刺さるよりましだと思ってくれ。
「ぐぁっ……!」
俺の背中を刀が掠めていく。おそらく、背中は血まみれだろう。超痛い。背中に一文字の傷がついて「一文字の紳司」とか呼ばれるようになったらどうしてくれる!
「避けた?」
俺は、地面に押し倒した律姫ちゃんの耳元にささやいた。
「大丈夫かい?」
「はぅん……、く、くすぐったいです。は、はい、あたしはなんとか」
ふむ、とうとう「あたし」と言ってしまうくらいに余裕が無いのは確かだ。いままで、ずっと「あた……わたし」と何度も言いなおしていたからな。
そして、俺は身体を起こそうとして、
「……っ?」
身体の異変に気づく。毒?いや、呪いというやつか。「Smith.Curse Blade」なんて名称だ。
スミスは、古英語圏では職人の意味を持つ。これはおそらく「ブラックスミス」剣鍛冶だろう。ブラックが鉄で、鉄職人、転じて鍛冶屋を意味する。鍛冶屋なら鍋でも包丁でも作るが、この場合はやはり剣鍛冶なのだろう。
カースは、罵るなどの意味も持つが、呪う意味だ。
ブレードは、剣というか刀とか刃だ。
それらを合わせて「鍛冶師の呪刀」が直訳。されど、《古具》がどんなものかは分からないから「Smith.Curse Blade」と言う認識でいたほうがいいだろう。
「呪いってやつか?」
俺の呟きに、一瞬、天姫谷がたじろいだ。どうやら気取られるとは思っていなかったらしい。
「ああ、そうだ。生み出せる呪いは12種類。毒、麻痺、嘔吐感、痛覚強化、催眠、記憶奪取、火傷、混乱、感覚奪取、幻影、視覚暗転、死。今あたったのは痛覚強化だ」
なるほど、今までのシャワー室の一件では記憶奪取をしたのか。しかし、全員の記憶を奪取すれば事件はバレなかったんじゃないのか?まあ、いいか。
「さて、いよいよヤバイな……」
俺は、どうすればいいのか。作戦を練ってみるか。しかし、時間がない。
一瞬だった。目を瞑った一瞬で、俺は、白い部屋にいた。いつも夢で見ていた、あの部屋だ。そして、俺は、壁の4行目を目にしたのだった。
「第四に、呪われた刀を神の力で打ち払え」
神の、力?呪われた刀ってのは「Smith.Curse Blade」だろう。じゃあ、神の力ってのは何だ?
神、ゴッド。それが何を意味するのか。普通なら絶対の象徴である。しかし、神が1柱のみの神話もあれば、複数出てくる神話もある。
どの神だ。もしくは、神話じゃないのかも知れない。そうなったら、どうすればいいのかも分からない。
あとは比喩の可能性も捨てきれない。神の力が何らかの比喩だという可能性がある。だとすれば、それが何かを解明しなくてはならないだろう。
そして、もう一度、目を閉じた。
気づけば、状況は変わらず起きようとしている状態だった。何も変わらない。絶望的な現状も、敵の脅威も。だが、1つ変わったことがある。
この危機的な状況が生み出した、俺の、欲望だ。知りたいという欲求。知識欲。神とは何か、《古具》とは何か、《古具》が何を齎すのか、何故こんな状況にあるのか、《聖剣》とはなにか、《魔剣》とは何か、全て、全て知りたい。
それだけが、心中に渦巻いていた。一歩違えば死ぬ、そんな状況でも俺は、知識を欲する。
それは、もはや、俺を形成する全てだった。知りたいのだ。