138話:修学旅行明け
火曜日、俺は、修学旅行が明けて初めての登校をする。修学旅行の次の日は休みと言うのが例年の定番であり、今年は、修学旅行が月曜から金曜日と、偶然にも休日が土日と重なったことで、月曜日も休みにして、2年生だけ3連休になった。
そんなわけで、約1週間ぶりの登校なのだが、何故だか、もっと久しぶりな気がする。まあ、その辺は気のせいだろう。
いつもの通学路をいつもの時間に、のんびり歩いていると何も無いところで、何かに引っかかって躓いて転んだ。ヤバイ、気が緩んでるなぁー、なんて考えながら間近に迫る地面にぶつかる覚悟を決めた。
――ふにゅん
地面にぶつかったと思ったら、何か柔らかい物に顔面から突っ込んだ。何だ、これ、息が出来ない……。
――ゴスッ
唐突に腹に蹴られたような痛みが走った。俺は、思わず飛び上がる。そして、さっきまで自分が倒れていた地面を見ると、何故か、そこには宴が横たわっていた。
あ~、うん、いつもの通り、俺が顔面から突っ込んだのは宴のおっぱいか……。うん、いつもの日常だな。
「早く退くべき」
ちょっと怒り気味の宴。俺の腹を蹴ったのもコイツだろう。危ねぇ、あと少しずれていたら、蹴りが股間に直撃していたかもしれん。
どうやら、俺がボーっと歩いていて、宴も俺とは逆方向にボーっと歩いていたら、俺がぶつかりながら宴を地面に押し倒したらしい。都合の良すぎる話だが、俺の鞄がクッション替わりになり宴と地面との衝突を防いだようだ。漫画かっ!
「大丈夫か、宴」
俺は宴の手を握って引っ張り起こした。青色の髪と、もうじき夏だというのに巻かれたマフラーが特徴の美少女文学系先輩、春秋宴だ。青色の髪は地毛ではなく染めたものっぽい。
「ええ」
引っ張り起こされた宴は、自分の尻や背中についた汚れを叩いて落とす。最後に、丁寧にマフラーの汚れを落としてからマフラーを整えた。そのときに、一瞬だけ、マフラーの奥の首に、傷痕が見えたような、そんな気がしたのだが、よく見えなかった。
そのまま、再び《古具》、《存在の拒絶》を使用して姿をくらましながら、どこかへと消えてしまった。おそらく周囲にはもう居ないと思われる。
さて、修学旅行などと言う疲れ満載のイベントが終わったことで、6月ももう終盤、これから7月へと入っていく時期だ。
7月の行事予定は、7月の第2週から5日間のテストで、その次の週から早帰り週間で、基本的に話や講義などを全校でするだけの、学園に来る意味あるの、みたいな1週間だ。で、翌週の月曜日が終業式で、その翌日から夏休み、と言う日程になっている。大体どこの学園・学校も似たようなものだろう。
なお、ウチの学園は、一応、有名な進学学園だが、夏休みは他の学校と大体同じ期間設けられている。ただし、お盆期間以外は補習が随時行われており、いつでも勉強が出来る。基本的に利用するのは、受験勉強をしたい3年生が多いな。
また、8月の最後の週から2学期が始まるが、まあ、そのくらいは、普通の学校の中にもあるだろう。
そう、もうじき夏休みが待っているのだ。このまま、変なことが起こらず普通に夏休みになれば嬉しいんだが。
俺の思いとは裏腹に、きっと何か起こるんだろうな。あ~あ、嫌な予感しかしねぇよ。願わくば、とっととそれが解決することだな。
もう、事件が起こらないことを願うのは諦めた。たぶん、何かが起こるんだよ……。
そんなことを考えながら、のんびりと登校していると、見知った後姿を見つけた。しかもご丁寧に目印になる物まで持っている。
「おはよ、静巴」
片方にバッグを、片方に鞘袋に収められた刀を持つ美少女。俺の前世の妻にして、今世のクラスメイト、花月静巴だ。彼女の持っている刀は、俺が前世で前世の彼女に送った桜色の刀身を持つ刀、【神刀・桜砕】だ。
今世で再び手に入れた後に、彼女に再び渡したのを、彼女は持ち歩いているらしい。まあ、持ち歩くように言ったのは俺なんだがな。
「おはようございます、青葉君」
ペコリと俺に頭を下げる静巴。相変わらず礼儀正しいなぁ~。俺は、なんとなく静巴と並んで歩く。
「学園に行くのも久しぶりだな」
俺が感慨深げにそう言うと、静巴が「くすくす」と笑い出す。
「何言ってるんですか。たったの1週間か、そこら振りですよ?」
そんな風に談笑をしていると、タッタッタッタと走る音が聞こえてくる。何だろう、と俺が振り向こうとして、振り向く前に衝突することに気づいた。
慌てて横に避けてから、あの足音の正体に勘付く。そういえば、あの足音の間隔……ミュラー先輩と同じくらいの足の長さだよな。
俺が横に避けたため、思いっきりこけそうになっているミュラー先輩が目に入る。俺は慌てて抱きかかえるようにミュラー先輩を抱き寄せる。
「あっ……っぶねぇ……」
何とか倒れこまずに支えることができた。が、俺の右手はふにゅりと柔らかいものを鷲掴みにしている。
「ぁん、えっちぃ」
抱き寄せた耳元でそんな風に艶かしくミュラー先輩が言うのだった。相変わらず綺麗で可愛く艶やかと3拍子揃っているな。
「もう、そもそもシンジ君が避けるからこんなんになったの~」
俺がミュラー先輩を引き剥がすと、ミュラー先輩はそんな風に文句を言うのだった。いや、俺の所為じゃねぇだろ。
「こら、ミュラー!もぅ、あ、おはよう、し、紳司」
いつものように俺の名を言いよどむ。少し前は普通に言えてたのに、また言えなくなったのか。
俺に抱きつこうとしてきたのは、ミュラー・ディ・ファルファム先輩だ。何やかんやで、色々あったために、俺に懐いているというか、なんていうか。
そんでもって、ミュラー先輩の後を追ってきたのが、うちの学園の生徒会長にして、黒髪美女、市原ユノン先輩だ。
「おはようございます、市原先輩。それと、ミュラー先輩もおはようございます」
俺は、2人に頭を下げて朝の挨拶をする。ああ、2人とも今日も美しいなぁ……。――っって痛ぇ。
何故か静巴にケツを柄で叩かれた。
「何をデレデレしているんですか、青葉君」
静巴にジト目で睨まれる。我々の業界ではご褒美ですっ!……じゃなくて、いや、別にデレデレしてないよ?
「デレデレしてないって」
静巴にそう言うが信じてもらえていないっぽい。まあ、信じてもらえなくてもいいんだけどね。
「そういえば、し、紳司たちは、修学旅行、その……うちの家族が襲ってこなかった?」
ユノン先輩が聞いてくる。そうか、ユノン先輩は、事の顛末を知らないのか……。あいつら、電話くらいしろよ。
「あ~、まあ、襲われたっちゃ襲われたな」
俺の言葉に、静巴は微妙な顔をした。静巴は、具体的に接触したのは金閣寺の駐車場と決着の3対3の予定を言いにきたときくらいだったしな。しかもそのうち1回は、静巴ではなく静葉だったし。
「え、あ、その、大丈夫だった?」
ああ、そうか、ユノン先輩もミュラー先輩も、俺が《古具》を使えるのをまだ知らなかったな。
「ええ、まあ」
とそこまで言ったとき、遠方から「あーっ!」と言う謎の声が聞こえた。聞き覚えのある少女の声だ。
「出たな、色情狂!」
ゆるふわのセミロングの髪を靡かせながら俺とユノン先輩の間に割って入るように現れたのは、京都で俺と戦った市原カノンちゃんだ。
「やあ、カノンちゃん。おはよ」
この状況に困惑気味のユノン先輩。俺は、一応礼儀としてカノンちゃんに挨拶をした……のだが、カノンちゃんは、
「おはよ、じゃなーい!ユノ姉に近づくな変態!」
カノンちゃんとは、まあ、色々あって、カノンちゃんには変態と言われている。色々の主な内容は、おっぱいを揉んだこと。
「えっ、えっ?」
ユノン先輩は、未だに状況が理解できないのか、まともに言葉を発せていない。そこに、別の男女がやってくる。
「おい、華音。勝手に先に行くなっての」
男……市原裕太がそう言った。裕太は、ユノン先輩の兄で、カノンちゃんの兄でもある。長男だ。
「久しぶりね、裕音」
そして、会長に声をかけたアンダーポニーテイルの美女、市原結衣さんは、裕太の妹で、ユノン先輩とカノンちゃんの姉だ。
「ゆ、裕太兄さん、結衣姉さん……」
ユノン先輩は、目をパチクリとしながら、ますます混乱している。しかし、もっと驚きの事態が起こるのだ。
「ここが、三鷹丘という地、か。先日振りだな、六花……いや、青葉紳司」
そう、ゆったりと歩いて現れたのは、市原裕蔵、裕太や結衣さん、ユノン先輩、カノンちゃんの父に当たる。
「どうも、先日ぶりですね」
俺は、あくまで冷静に対応する。そして、ユノン先輩が、更なる驚愕の存在に目を回しながら言う。
「と、とと、父さん」
ユノン先輩が、もはや倒れる寸前だが、何とか堪えて、急にやってきた家族を問いただす。
「な、なな、何だってこんなところに全員が揃っているんですかっ?!」
ユノン先輩の言葉に、何とも言い難そうな市原家の面々。俺は、溜息をつきながらユノン先輩に言う。
「皆、仲直りしたんですよ。だから、最後の仲直りをしにきたんでしょうね」
俺の言葉に、裕蔵がそっぽを向きながら言う。
「べ、別にそういうわけではない。ただ、ぐ、偶然にも旅行にきたから顔を見ておこうと思っただけだ」
だからオッサンのツンデレとか誰に需要があるんだよっ!と言う声に出さないツッコミを入れつつ、俺は裕蔵に言う。
「今からは学校なんで、そうですね……」
俺は、今日中に「会長が」片付けなくてはならない書類があったかを思い出す。しばらく生徒会どころか学園に言っていないが、重要な書類は、学園行事を除けば顧問が代行できる。そして、朝にも言ったように行事は、テストが一番近く、テストと言う行事は、学生が最も手を出せないものである。
「16時には下校できるはずですからホテルの場所を……えと、カノンちゃん、ちょい失礼」
カノンちゃんのスマートフォンをポケットから抜き取る。でっかいウサギの耳のカバーがはみ出てたのですぐに分かった。
「市原先輩に直接か、俺の方に送ってください。そちらでなら、ゆっくり話しができるでしょうしね」
俺の言葉に、カノンちゃんが自分のスマートフォンを俺の手からひったくると、頷いた。ちなみに、カノンちゃんのスマートフォンのパスワードは画面の指紋などで付いた汚れから察しがついたので簡単にロックを解いて、自分のとユノン先輩のと、連絡先を入れておいた。
「何から何まですまない。っと、ああ、向こうの車に祭璃を待たせているんでな。じゃあ、裕音、また後で」
裕太がそう言ったのを皮切りに、どんどんとこの場を去っていく市原家の面々。目の前で起こったスピーディーな出来事に未だ放心状態のユノン先輩だが、このままでは、俺達が遅刻してしまう。
「ほら、市原先輩、急がないと遅刻しますよ!」
俺がバンと肩を叩くと、正気に戻ったようだ。
ミュラー先輩が、
「うっわ、本当なの!急ごうシンジ君!」
静巴が、
「急ぎましょう、青葉君」
ユノン先輩が、
「そうね、生徒会役員が遅刻しちゃダメよね!」
それぞれがそう言って、学園へと駆け出す。
――そう、それは、いつもの、俺達の三鷹丘学園の日々だ。温かな日常だ。




