136話:プロローグ
――かつて、わたしの祖父は、神をも殺せる力を持っていた……。
――そして……――も――を――。
……SIDE.God Slayer
ギリシャに居を構えるわたしは、聖堂の……いえ、今となっては魔堂かしら、魔堂の奥に飾ってある写真を見上げた。本来、そこには、十字架が掲げられている、その位置に、遺影が飾ってあった。
わたしの祖父の遺影よ。悪に染まりきった狂気の人間だった、などと両親は祖父のことを、よく評している。でも、わたしには、それが本当だとは思えなかったのよ。
昔のこと……。
祖父の遺品である研究所や資料は、数千から数万冊に及ぶ魔導書や魔法書、魔本の類だった。どれも写本だったけれど、凄い価値のあるものだというがわたしには分かる。
両親にそれを告げると、高値で売れるのなら売ろう、だなんて言い出す始末で、わたしは、両親の居ない間に、本を持ってどこかに逃げ出そうとした。
でも、数千から数万冊の本を持って遠くに逃げることなんて出来るはずもない、そんなことは幼いわたしにも分かっていた。
そんな時、1人の男がわたしを訪ねてやってきた。男は、無精髭を蓄えた20代くらいの容姿をしている。
「自分は、父よりランスロットの名を受け継いだ者です」
その男は、そう言った。ランスロット、その名前は、誰もが一度は聞いたことのある名前でしょ?
かの有名なアーサー王伝説に出てくる「裏切りの騎士」と言う名前。わたしは、そんな御伽噺の騎士を名乗る男に問いかける。
「それで、その騎士様が、わたしに何の用かしら?」
わたしの言葉に、男は肩膝をつき、わたしの手をとる。まるで、姫に忠誠を誓う騎士のように……。
「俺は、貴方を捜していたのです。ダリオス・ヘンミー様の血と智を継いだ稀代の天才であられる貴方を」
祖父の血と智を受け継ぐわたしに会いにきたという男、ランスロットはわたしに継げた。
「貴方の祖父の遺品は確かに価値のある魔導書ですが、それは上辺の魔導書にすぎません」
それは、もしかして、グリモワールのことを言っているのかしら、とわたしが思っていると、ランスロットは笑う。
「本当の彼の研究成果は、自分についてきていただければ目にすることができます。さあ、どうか、自分についてきてください」
正直に言って、胡散臭かった。わたしの祖父の研究、それを伝えにきたのが「裏切りの騎士」なのだから。
ただ、思う。もし、騙すつもりならば、もっと信用されるような偽名を選ぶはずだろうと。なら、男が本当のことを言っているのか、と言うのは分からないけれど、ついて行くだけの価値はあるはずよ。
少なくとも、この家にいるよりは、よほどいいと、そう思う。
だから、わたしは、男についていった。そうして、案内されたのが、《魔堂王会》と呼ばれる聖堂を改造して造られた、なんとも天罰が落ちそうな建物だった。
そのお堂の奥には祭壇……教壇があって、その下には、隠し通路がある。ジャパニーズアニメの怪盗が出来そうな作品にありがちなものに、わたしは眩暈がした。
――本当に、こんな馬鹿なことを考える人がいるのね。
そのことをランスロットに聞くと、ランスロットは、祖父が設計したと言っていて、さらに、こう続けた。
「これは、男のロマンというやつなのですよ。講堂の地下に隠された秘密基地、などイカにも男心をくすぐるのです」
女心は全くくすぐられなかったわね。流石に、祖父の考えでも、こればっかりは共感できないわね。
「ふぅん」
わたしは、そっけなく返事をすると、地下へと歩みを進めた。あちこちに電灯で明かりがあるため、地下だというのに、暗さは感じないわね。
まっすぐ進むと、3つの扉の部屋に辿り着いた。扉の1つ、向かって右の扉には、「GML」と書かれていた。しばし意味を考えて、結論を出す。
「ここは図書室ね」
扉を開けると、ずらりと並ぶ本。正解かしらね。わたしが正解を導いたことにランスロットが驚いていたわ。
「よくお分かりになりましたね」
ランスロットがそんな風に言うので、わたしは、何故、この謎が分かったのかを種明かしすることにした。
「GはGrimoire、MはManuscript、LはLibrary。その頭文字を取っているのね」
わたしの言葉にランスロットがお見事と言わんばかりに手をたたいた。どうやら推理も正解のようね。グリムワールの写本の図書館ってこと。
「で、向こうは、普通にトイレで、まっすぐ先は研究室ってところかしら?」
流石に祖父と孫だけあって思考が似ているようね。大体のことが把握できてしまうのだから怖いわ。
「流石は、ダリオス様の直系の孫ですね」
ランスロットも感心したようにわたしを褒める。ここには、祖父を忌み嫌う者は誰一人いないのだ。
研究室に入ってみた。そこには、一振りの禍々しい剣が保管してあった。その剣をランスロットが持つ。
「これは、自分の剣……自分が父より承った《堕ちた烙印の剣》です」
アロンダイト……、アーサー王伝説、ランスロットが持っていたとされる伝説の聖剣のことね。
「魔剣《堕ちた烙印の剣》。かつては聖剣《円卓騎士の剣》と呼ばれていましたが、父が大虐殺を行い、魔剣へと堕ちたと言われています。
そして、この世界には、もう1本、アロンダイトが存在しているのです」
もう1振りですって……?伝説の剣がそう何本もあってたまるかってのよ。わたしは訝しげな顔でランスロットを見たわ。
「何でも、本物のアロンダイトだそうですよ。この魔剣のように、神様がでっち上げたのではなく、元来の物を、神様が品位を下げて他人に埋め込んだとか、父はそんなことを言っていましたね」
本物と偽物、ね。実のことを言うと、わたしは、偽物という響きが大好きなのよね。偽物、贋作、そんなものが大好き。写本もね。
なぜなら、本物は本物ゆえに、それ以上に磨かれることなく劣化する。
でも、偽物は違うわ。偽物は、偽物ゆえに、本物になるために磨かれ、鮮麗されていくの。ただただ、本物へと、いえ、本物を越えるために。だから、わたしは偽物が大好きなの。
「それで……、わたしは、何故、ここへと案内されたのかしら。祖父の遺品を見せるためだけじゃないんでしょ?」
わたしの話を切り替えた問いかけに、ランスロットは、暫し困ったような表情を浮かべていた。それでも、その間は、ほんの数秒だったわ。
「貴方には、《魔堂王会》というこの組織のリーダーになってほしいのです。かつては自分達の手元に揃っていた魔剣も、今となってはこの1本しかありませんが、それでもこの組織を統括し、新たなるメンバーを選出して、導く道しるべになっていただけませんか」
《魔堂王会》、話によると、このギリシャにある組織は、かつてはイギリスにある《聖王教会》と並ぶほどに有名な組織だった。しかし、ダリオス・ヘンミーの……祖父の死によって、この組織は瓦解する。
元々、幹部クラスだった自称騎士のバライド・ルーク、マルクス・ルークのルーク兄弟が聖騎士王と青葉清二によって負けて、希望の異界に眠っていた魔剣は、快楽狂の手から祖父が奪取したが、結局、祖父と、祖父を殺した最終決戦のときに快楽狂に奪い返されたらしい。それ以前に、何者かに他の幹部もやられているために、バライドの《怒りの剣》、マルクスの《無限伸縮の剣》、もう1人の幹部、ディエフの《血塗られた剣》が破壊され、奪取された《炎を纏う剣》を含めて、魔剣が1振りになったことで、完全に瓦解したらしい。
よく分からない話だけど、魔剣がないけれど、仲間を集めてこの組織を復活させて欲しいということみたいね。
「それで、どんな奴等を捜せばいいの?」
わたしは、仲間を集めるのはやぶさかじゃないんだけれど、集める基準が分からないもの。そしたら、ランスロットは言う。
「《古具》と呼ばれる力を持つ者達が居ます。その中でも異端とされている者を救済の意味を込めて仲間に入れる、と言う方法を貴方の祖父であるダリオス・ヘンミー様はなさっていました」
なるほど、《古具》ね。中々に興味深いじゃない。《古具》ってのは詳しく知りたいわね。異能ってやつなんでしょう?
「《古具》とは、この世界の神が人に埋め込んだ異能と呼ばれるものです。神の力を持って生まれてきたもの、と言う奴ですね」
神の力……。それを真似してみるのも面白そうね。人工的に造る……いえ、そうすると劣化するわね。人工的に再現する、神の位に有るものを……。
「ふふっ、面白そうな研究テーマじゃない」
わたしが呟くと、ランスロットが、わたしの考えを見透かしているように考えていることを当ててくる。
「《古具》のコピーを考えていますか。いえ、コピーと言うよりも創造。実は、人工的な《古具》は日本で幾つか出来たという情報が入ってきているんですが、本物よりは劣るとのことです。そういうものではなく、本物を超えようとするものを造りたいのですよね?」
そのものズバリを言い当てられて、わたしは少し驚きながらも、何故か、と目で問いかけた。
「父から、ダリオス様の思考をよく教えられたので、同じことを考えているのではないかと思いまして」
なるほど、祖父は、本当に、わたしと気が合うようね。でも、だからこそ、――だからこそ祖父の組織を復活させるべきよね。
その瞬間、わたしの中で、何かが噛み合った……気がした。
「そして、もう1つ。自分達の仲間になる者……それは、《死古具》の持ち主です」
ダリオス……アーティファクト。祖父のアーティファクト、なの?
「貴方の祖父が、貴方と同じ考えで作り出した4つの《古具》の偽物です。そのうちの2つは所在が分かっていますが、残りの2つが問題です。
所在の分かっている青葉清二の持つ《殺戮の剣》とナナホシ=カナの《殲滅の斧》。
そして、所在の分からない、《破壊の鎚》と、かつて貴方の祖父が手にしていた《刻天滅具》です。この2つの持ち主を捜して仲間に加えなくては」
そのとき、わたしの頭の中でパズルのピースのように散らばっていたものは1つになった……気がした。
「……いえ、その中で捜すのは、1人でいいわ」
わたしの突如言い出した言葉に、ランスロットは、目を丸くした。でも、いいのよ、1人で。
「どういう意味でしょうか?」
その言葉に、わたしは、行動で答えを示した。
わたしの手に握られている金と白の禍々しくも神々しい一本の大きな槍だった。
――かつて、わたしの祖父は、神をも殺せる力を持っていた……。
――そして……わたしもその力を持っている。
そう、わたし、ミランダ・ヘンミーは、神を殺す槍を祖父より譲り受けたのだ。血と智と一緒に、力も……。
そして、わたしたちは、仲間を集めて、祖父の亡くなった因縁の地へと遠征に行くことに決めたのよ。




