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《神》の古具使い  作者: 桃姫
クリスマス編 SCENE.one year ago.
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134話:クリスマスSIDE.Grandfather

 俺は、溜息交じりに空を見上げていた。どんよりとした黒雲が、日の光も何もかもを覆っていた。こりゃ、


――天気が崩れるな……。


 そんなことを思いながら、何か柔らかい物が当たっている重い左腕の方を見る。そこには、俺の妻である青葉(あおば)美園(みその)がくっついていた。俺が利き手をふさがれるのが嫌なことを知っているので、副会長……もとい、美園は、絶対に右手に抱きつくことはないが、左手には絡みつくのだ。


 さて、そんな俺は、青葉清二。一応、チーム三鷹丘と言う組織の(リーダー)を務めている者だ。


 一応、と言うのは、チーム三鷹丘と言う組織の全体の統括をしているわけではなく、用事があれば、互いが組織の誰かを使うという形式を取っているため、リーダーなど有って無いようなものだからだ。


 さて、俺と美園は、現在、ある理由から、日本にはいない。それどころか、龍神のところを利用して、異世界に来ているのだ。


 そういえば、俺と入れ違いになる形で、誰か来てたみたいだが、誰だったんだろうか。どこか、見知った【力場】のように感じられたんだが。


 まあ、いいか。今は、そんなことよりも、解決する事件があるからな。右ポケットに突っ込んだ手紙の内容を思い出す。


「この地には、――の本が眠る。彼の本を回収して欲しい。誰でもいいのだ、頼む」


 と簡潔に思い出すとこんな感じだ。文字が薄れて、肝心の部分が読めないってのは、ベタ過ぎると思うが。

 それにしても、こんなところに、一体何が眠っているってんだよ。あまり、考えたくはないが、危険な本の可能性もある。例えば、開いたら悪魔が飛び出す、とかな。そう言った本を回収するのは、あまり気が向かないんだが……。


 しかし、手紙にも気がかりな部分は多くある。何せ、わざわざ、英語……イギリス英語で書かれた文字の下に、「エノク文字」で同じものが書き直されていたのだ。怪しさ満点、オカルトファンの悪戯ってことも考えられるくらいだ。


 「エノク文字」、と言う言葉を知っているのは、……まあ、オカルト関連に明るいものくらいだろう。


 しかし、この字を好んで愛用したとなると、ジョン・ディーやエドワード・ケリーなどの人物をよく知るものだろう。無論、当人をよく知るのではなくても、彼等の行ってきたことや著書を見たことがある場合もそうだ。


 「エノク文字」と彼等の説明を簡単にすると、俺の知る俺の世界での歴史に関することだが、ことは1527年に(さかのぼ)る。イギリスに生まれたジョン・ディーと言う人物は、イギリスの高明な大学で学問を収め、宮廷(きゅうてい)占星術師(せんせいじゅつし)となるほどの人物だった。しかし、ブラッディ・メアリーとも呼ばれるメアリⅠ世の即位と共に、彼は、魔術師の嫌疑をかけられ投獄されてしまう。

 しかし、その年のうちに釈放されて、その後は著書などを出しながらあちこちを点在する。しかし、そのうちイギリスのモートレークに居を構えて、結婚をする。

 結婚をするも、その翌年に妻が死亡し、その翌年には再婚。

 その後は、水晶を使った、大天使ウリエルとの交信をはじめ、大天使ウリエルより聞いた言語こそが「エノク語」で、その文字こそ「エノク文字」である。

 その後は霊能力者であるエドワード・ケリーと手を組み、各地で水晶を使った天使との交信を行い魔術師として評判になる。

 その後、エドワード・ケリーが投獄された後は、イギリスに戻るが、ジェームズⅠ世が即位。彼は根っからの魔術師嫌いだったために、ディーは、魔術をやめる。その後は収入もなく、貧困に喘ぎモートレークに骨を埋めた、とされている。


 まあ、簡単に語ればそんなものだろう。略歴程度にしか語ってはいないが、充分に理解できる範疇だと思う。


 さて、今説明したように、ディーが天使から教わったものとされている言語なので、こんなものを一般人が容易に使うとは思えない。


 だから、悪戯と片付けることも出来ずにクリスマスだというのに、わざわざ異世界まで確認しに来たってわけだ。


 しかし、手紙によると、正確な場所は、極寒の地の奥の奥と書かれているが、この世界も地球温暖化で、そこまで寒く無いらしい。


「雪、降りそうだな」


 俺の呟きに隣の美園が、白い息を吐きながら言う。


「ええ、ホワイトクリスマスになりそうですね」


 そんな話をしながら、まっすぐに、進んでいく。大した罠があるわけでも、危険な場所があるわけでもなく、一本道だった。


 そして、洞窟の奥地に置いてあったのは一冊の本だった。既に皮の表紙はボロボロになってしまっている。


「こ、これは……」


 俺は表紙を見て驚愕した。なぜなら、その本は、「大奥義書」……「赤い竜(グラン・グリモワール)」だったからだ。しかも、おそらく、それの原典だ。


赤い竜(グラン・グリモワール)。まさか、何だって、こんなところに」


 俺が驚いていると、右のポケットに突っ込んでいた手紙が突然、光り出した。俺は、手紙をポケットから出す。すると、手紙はくるくると回り、俺の手を離れる。


「よく見つけてくれたねぇ」


 そんな声が手紙から聞こえた。そして、手紙が形を変える。そう、人へと形を変えたのだ。


「初めまして、私は……そうだね、ジョン・ディーと言う名前を名乗ったら、君は笑うかね?」


 チョビ髭を生やした20代の男が、そんな風に笑った。ジョン・ディーだと。あの登場の仕方からして只者ではないのは分かるが、まさか、ジョン・ディー本人なわけがあるまい。


「ああ、笑うね。あんたは、とっくに死んだ人間ってことになっちまうからな」


 俺の言葉に、ジョン・ディーを名乗る男は、愉快そうに笑った。もしかしたら、頭のおかしな奴なのかもしれない。


「どういうことですか、死んだ人って」


 美園がそんな風に、俺に問いかけてくる。そうか、美園はジョン・ディーを知らないのか……。


「イギリスに居た錬金術師さ。もうとっくの昔に死んじまったな」


 俺の言葉に、美園が、怪訝そうな顔で、目の前の男を見た。すると、ジョン・ディーを名乗った男の後ろに眩い光が差して、別の人がもう1人現れる。


「ほぉ、アレが、『大いなる教書(グラン・グリモワール)』か」


 またも男だった。年のころは30代後半から40代前半くらいの中年の男だった。腰に細長の、赤い宝石が埋め込まれた剣をぶら下げていた。何者だろうか、と俺が眉を顰める中、ジョン・ディーを名乗る男が彼を呼ぶ。


「ホーエンハイムさん」


 その名前に、俺は戦慄した。なるほど、全く持って驚きだ。この男もまた、怪しげなジョン・ディーを名乗る男と同じく錬金術師の名前を名乗っているのだ。


「アンタは、パラケルスス、とでも名乗るのか?」


 俺の問いかけに、剣を提げた男と、自称ジョン・ディーが声を上げて笑った。まさか、とは思うが、


「ああ、そうだ。かつてはそう名乗っていた。今は、そうだな……パラケルスス・ホーエンハイムとでも名乗っておこうかね」


 パラケルスス。ルネサンス初期にスイスにいたという医師であり、また、錬金術師でもあった人間だ。本名は、フィリップス・アウレオールス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムだが、存命中に使われたことは無く、一般にテオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムと呼ばれる。


 その通称こそ「パラケルスス」と言う名前なのだ。そして、彼の伝説は多く残っている。その腰に提げた剣こそは、伝説の1つである「賢者の石」を埋め込んだ剣「賢者の石(アゾット)の剣」か。なお、「賢者の石」がアゾットなのではなく、剣にアゾット書いてあるのでアゾットの剣と呼ばれている。


「おいおい、昔の錬金術師どもが集って、どんな亡霊会議だ?」


 俺の言葉に、またしても笑う2人。俺は、流石に、奇妙に思えてきたが、パラケルススを自称する男が「赤い竜(グラン・グリモワール)」を手に取って、ジョン・ディーを自称する男の元に行った。


「ふむ……。そうだな、我々は……【最古の術師】とでも名乗っておこうか」


 そう言って、光と共に彼等は姿を消した。一体、彼等は何だったのだろうか。まさか本物のジョン・ディーとパラケルススということは無いだろうが。


 しかし、やつらのように、名乗っている名前があるとしたら、それこそ、サンジェルマン伯爵やクリスチャン・ローゼンクロイツなんてやつらまで出てきそうだな。




 そんな感想を抱きつつ、俺は、呆ける美園と共に、洞窟を出た。すると、ひらり、はらりと雪が降ってくる。


「ホワイト……クリスマス、か」


 三鷹丘では、どうせ雪なんて降っていないんだろうな。あの辺は雪が降る方が稀だからな。都心よりも降らんぞ。


「まあ、その、何だ。色々とあったが、とりあえず、まあ、メリークリスマスだな」


 俺の言葉に、呆けていた美園が、微笑んだ。とりあえず、今は、あんな錬金術師達よりも、美園とのクリスマスを満喫するか……。


「ええ、メリークリスマス、ですね」


 美園もそういい、絡めている腕をさらにギュッと絡ませて、身体を密着させてくる。歩き難いが、今日くらいは、これもいいだろう。


「さあ、帰りましょうか」


 美園が言う。その言葉に、俺も頷いた。そう、俺たちは、帰るんだ、……あの、いつも世界へ。


「ああ、帰ろう、三鷹丘(いえ)に」


 そう言って、歩み出す、俺と美園。そして、数歩進んだところで、目も眩むような光を浴びる。


 ――暗転。


 気が付けば、見知らぬ世界へとやってきていた。


「何、あんた等もあたしの財宝を盗みに来たのかしら?」


 刀を持った少女が、俺達の方を見て、そう言った。俺は、溜息交じりに、美園を腕から引っぺがす。


「あたしは、葉那(はな)。葉那・フレール=ヴィスカンテよ。この【王刀・火喰(ひくい)】の餌食(えじき)になりなさいっ!」


 真っ赤に燃ゆる炎の刀を持って、襲い掛かる少女に、俺は、自分の《死古具ダリオス・アーティファクト》を召喚する。


「《殺戮の剣(デッド・ソード)》!」


 刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。


――こりゃ、しばらく、帰れそうにねぇな……。


 俺は、戦いの最中、そんなことを考えるのだった。

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