132話:クリスマスSIDE.SHIZUHA
鬱憤が募ったまま吐き出せずにいたわたしは、区切りのない横長の窓の端に寄りかかり、外の明るい街並みを見ながらぶどうジュースを一口含みます。
わたし、花月静巴は、世間的に見て大グループの花月グループの人間として生まれました。
別に家が元々大きかったわけではなく、また、曽祖父の代から身寄りがなかったこともあり、曽祖父が己の手一つで大きくした花月グループは、分家等もなく、また、曽祖父母、祖父母、両親、全員、子供を一人ずつしか作っていないので、実質、家は世襲制で自動的にわたしが継ぐことになっています。
パーティに参加することなんて、幼い頃から日常茶飯事でした。ことあるごとに何周年記念、誕生会、祝賀会、定期集会とは名ばかりのパーティなどなど、本当にパーティばかり。どうしてこう、上の人はパーティが好きなんでしょうか。浪費にしかならないと思うのですが……。
「こんなところで黄昏ちゃって、どうしたの?」
そんなわたしに声をかけてきたのは、見た目は20数歳くらいに見える女性でした。彼女は天龍寺秋世。古くからある大きな家、天龍寺家の次女です。現在の当主、天龍寺彼方さんは、黒髪の綺麗な方で、秋世よりさらに年上ですが、秋世とほとんど同い年くらいに見えます。
そう、見えるだけで、秋世はだいたい50歳だそうです。整形などではなく、常人と時間の流れが異なっているとか言っていました。よく分かりませんが中二病と呼ばれる厄介な病気なのではないか、と相談した学校の人が言っていました。
「何で私を可哀想なものを見る目で見るのよ」
ちょと狼狽しつつも秋世はそう言いました。秋世は、人の表情や感情を見抜くのに長けています。かくいうわたしも実のところ、そう言った目は、こういったパーティなどで鍛えられていますね。秋世もそうだった、と行ってました。
「いえ、別に何でも。それよりも、わたし、転校が決まったの」
ワイングラスに入ったぶどうジュースをの飲みながら、秋世に告げました。この話を家族以外にするのは初めてですね。
「へぇ、転校ねぇ。私も転勤よ。アメリカから日本にね」
秋世はアメリカで不思議な力の研究をしていたそうです。……いえ、正確には手伝っていた、が正しいそうですが。そんな秋世がわたしに不思議な力……所謂《古具》と呼ばれる力があることを教えてくれました。どんな力かは分かっていませんがね。
「へえ、向こうでの仕事は儲かっていたんじゃないの?」
まあ、、元々が旧家で有名な天龍寺家の人間なので儲かったといっても端金扱いなんでしょうけど。
「ちょっと、用事が出来て三鷹丘学園の教員に戻ることになったのよ」
え……。
わたしは思わず手に持っていたワイングラスを落としそうになるのを慌てて押さえます。流石に驚きました。
「わたしが行くのも三鷹丘学園。県内じゃ有数の学園だからって」
そう、父上が言っていたから編入することにしたのです。まあ、所詮、どこの学校に行こうと変わらないんでしょう。
「え、そうなの?まあ、そら、編入するなら三鷹丘学園が一番かしらね。《古具》の管理もしっかりしているし、貴方と同じ《古具》使いが結構いるはずよ?」
《古具》使いがいる?初耳でした。わたしはてっきり勉学が進んでいだけかと思っていましたが、もしかして父上はそれを知った上で、わたしを編入させようとしたんでしょうか。
「それで?黄昏てたのは転校が原因なの?」
秋世の言葉はそう続きました。いえ、黄昏ていたわけではないですし、そもそもそう見えたとしても、それと転校は関係ないんですが。
「いえ、またパーティか、と思って」
今月に入って12回目。もう嫌になるほど同じ人と顔を合わせています。料理も似たようなものばかりで飽きてきましたしね。
「まあ、その辺は仕方ないのよ。上流階級の人間は、人同士の繋がりが重要だから。それが無いといろいろと成り立たなくなったりするのよ。その繋がりを見つけはぐくむのがこのパーティって場所なのよ」
秋世はそう溜息交じりに言いました。わたしは秋世もパーティが嫌いなことを知っています。
「まあ、そんなことを言っても、私もそれを理解できるようになったのは最近だし、理解できても、同意は出来ないわね」
やっぱり秋世もパーティは苦手じゃないですか。それでも理解できているのは、やはり年齢と場数の差と言うやつなのでしょう。わたしよりも年を重ね、パーティもわたし以上に行っているからこそ理解できるようになったのでしょうね。わたしもいつか、そうなるんでしょうか?
「今、何か失礼な視線を感じたような気がするんだけど。年増、とか思ってないわよね?」
なんと鋭い、そして気にしているんですね。大丈夫ですよ、見た目が若ければどうにかなるものですから、とそんな風に言っても「人事だからそういえるのよ」と言われそうですね。
「秋世は好きな人とかいないの?」
わたしはちょっと好奇心に負けて、秋世にそうたずねてみた。すると秋世はパーティの中央の方を見ます。もしかしてアッチに好きな人でもいるんでしょうかね。
「まあ、昔ね、居たのよ。私の好きな人」
へぇ、いたんですね。ちょっと大人の恋というのは気になります。わたしの経験したことのないようなものなんでしょうね。
「私はその人に出会って、色々救われてね。でもずっと告白できなかったのよ。私の姉様もその人に恋をしていたから」
な、なんと、姉妹で同じ人を好きになって取り合う昼ドラのような大人のアツい恋愛ですね。
「それで、結局、彼方さんが手にした、と?」
秋世が今でも独身なのだから、結局は彼方さんが手に入れたのではないんでしょうか?
あれ、でも彼方さんって確か……。
「ううん、姉様も独身よ。結局、その人は姉様の友人と婚約したのよ」
姉妹でいがみ合っている間に別の女性が奪う、まさにドロドロとした大人の恋愛ですね。凄いですね。
「大人の恋って怖いんですね」
そう、凄いけど、怖い。好きな人を巡って喧嘩にでもなって、それで嫌われた、何てこともありえますしね。
「……大人?今の、私が10歳の頃の話よ?」
……大人どころか初恋?!
秋世は初恋からして大人の様な凄いものだったんですね。それがどうしてこうなってしまったんでしょうか。
「やめなさい、その、子供のころの方が大人だったんじゃないの、みたいな視線はやめないさい!」
いえ、そんな目では決して見ていないんですが。しかし、恋愛、ですか。わたしも恋愛を経験できるといいんですけどね。
父上や母上からは、いつもこう言われています。
「自分の好きな相手と結ばれなさい」
何故そういわれるかと言うと、父上も母上も両親に反対されていながらも、互いに好きになってしまったそうです。まあ、結局、わたしの祖父母とも面識のある人が間を取り持ってくださり、無事に結婚できたのですが、娘にはそんな苦労をかけたくない、と言う理由から自由に相手を選んでいいと言われています。
ちなみに、その間を取り持ってくださった人は、稀にパーティに招くこともあって、何度か遠くから顔を見たことがありますが優しそうな方でしたね。祖父母とも面識があるような年齢には見えないくらい若かったです。一緒に連れていたのは弟さんなんでしょうか、仲のよさそうな2人でしたね。
まあ、後にその2人が兄弟ではなく親子だったと知るんですが……。
こうして、パーティと共に、わたしの恋人の居ないクリスマスは終わっていくのでした。