130話:優雅な会SIDE.D
あたしは、不知火のところへと向かう途中で、視線がいつもよりもウザったいことに気がついたのよ。何か、妙にまとわり付くような視線を向けられている気がしてならないわ。
それにしても、パーティなんて、前世で行ったとき以来よね。あの時は、腰に愛剣【宵剣・ファリオレーサー】を提げてたのよね。
そのとき、久々に、光に会って、世間話して、そんな懐かしい日々を思い出しつつ、あたしは、使用人の後をついていくわ。
何か、ジロジロと見られて嫌ねぇ。あ~、このシースルーの部分に目が行くのね。まあ、この服はあたしの意思で決めているわけじゃないからどうにも出来ないんだけどね。
しばらく歩くと、不知火を見かけた。真っ白のスーツで着飾った不知火は、ものすごく浮いていた。
その隣には、白を基調にして黒の縁やフリルのあしらわれたドレスやカチューシャがアンバランスな十月も居る。
今日は瑠吏花はつれてきていないようで、あの子は不在。なにやら、どこぞのお偉いさんって感じの人と話しているわね。
う~ん、……しゃあない、ちょっと声と雰囲気とキャラ作って、会話に入ってくるとしますか。あたしにしちゃ珍しいことに化粧もして、髪も整えてるしね。それなりには見えるでしょ。
「談笑中に失礼いたします。私もお話に加わっても構いませんか?」
にこやかな笑みを浮かべて、いつもよりも高めの甘えるような声で、会話に割って入った。
「ああ、構わんよ」
お偉いさんっぽい人は上から目線で頷いた。てか、自分で言って鳥肌立ったわよ。私なんて滅多にどころか使わんし。
「不知火の坊も構わんだろ?」
お偉いさんが不知火にも聞く。不知火は、何かよく分からん顔で、あたしの方を見てたけど、気づいてるってことかしら?
「え、ああ、はい、構いませんよ」
とりあえず、ここで騒ぎを起こす気は無いみたいで安心したわ。つか、この偉そうなオッサンって結局どこの誰?
「ところで、名前を伺っても構わないかね?」
確か父さんの名前って割と知られているのよね。キャラ作ってるだけあって、あんまり本名は晒したくないから、とりあえず本名以外を名乗りましょうか。
「七峰闇音と申します」
苗字は母の旧姓、名前は本名でもあるけど、一応、ここでは偽名としておきましょう。名乗ると、お偉いさんが「ほぉ」と声を漏らした。
「七峰と言うと、あの紫狼さんの親戚かね」
紫狼叔父さんのことは知っているのね。紫狼叔父さんは、うちの母さんの弟よ。だから叔父さんなのよ。
「ええ、親戚です」
関係は念のためにぼかして伝える。すると、偉そうなオッサンが何か知らんが頷いたわ。
「そうか、紫狼さんの親戚ということは、王司さんとかとも親戚ということになるのだろう。パーティは初参加だね。まったく、このような秘蔵娘を持っていたとな」
どの辺が秘蔵なのか、てか、何で初参加だって分かったのかしら?どっかで何かしくじったかしら?
「何故、私が初参加だとお分かりになったのでしょうか。どこかで所作を間違えていたのなら後学の為にお教え願いたいのですが」
念のために言っておくけれど、今の発言はあたしよ。自分で言っておいてなんだけど、凄い吐き気のする言葉遣いね。
「ああ、いや、別におかしな点はなかったさ。ただ、君のような美貌の持ち主は、パーティなどに出ていたら有名になっているはずだからね。それだけのことだよ」
オッサンに美貌とか褒められても、あんまり嬉しくないんだけど。てか、だから、誰なのよ、このオッサン。
「あら、美貌だなんてお褒めに預かり光栄です。しかし、私などまだまだ子供に過ぎませんし、さほど美しくもありません」
恭しく頭を下げるあたしを見て、オッサンが苦笑していた。すると、オッサンのところに、秘書のような眼鏡の男が来て、オッサンの耳元で囁いた。
「おお、もう、そんな時間か。すまんが、これから海外へ飛ばなくてはならんのでな。楽しい時間だったよ、どうもありがとう。ではな」
オッサンがそう言って秘書を連れて行ってしまった。結局誰だったのかはさっぱりわからなかったわね。
「えと、七峰さん、でしたか。それでは、自分も少々別の場所で一息つこうと思いますので」
なんてことを不知火が言い出したので、あたしは、驚いた。気づいてなかったんかい。あたしは、周りに誰も居ないのを確認して、不知火に言う。
「ちょいと待ちなさいよ、不知火。てか、普通気づくでしょ」
あたしのいつもの声音、いつもの口調に、不知火と十月が目を丸くしていた。え、本当に気づいていなかったの?
「その声、青葉君かい?」
不知火のその発言に、ああ、やっぱマジで気づいてなかったのね、と納得しつつ、ジトーッとした目で不知火を見たわ。
「いやはや、女は怖いものだ」
そんな風に苦笑する。そんなに普段と違うかしら?まあ、いいわ、別に。普段は化粧もして無いし、そんなもんよね。
「で、何だって君がこんなところに偽名でもぐりこんでいるのかね?七峰紫狼さんとは何の関係もないんだろ?」
あら、不知火って、あたしと紫狼叔父さんの関係くらい、資料で調べてると思ったんだけど。
「あたしの母の旧姓は七峰よ。七峰紫苑。紫狼はあたしの叔父よ。親戚ってのは嘘じゃないわ。それに七峰闇音って名前も、苗字は母の旧姓から、闇音は本名よ」
正確には本名でもある、だけどね。てか、八斗神でもよかった気がするけど、八斗神なんていう名前、割りと怪しいところがあるわよね。
「本名……、君の名前は青葉暗音ではなかったかね?」
まあ、そういう反応をされることは想定済みよ。まったくややこしいわよね。
と、そのことを説明しようとしていると、紳司が通りかかった。丁度いいわ、こいつで話題を逸らしましょ。
「あら、紳司じゃない」
あたしが紳司を呼ぶと、紳司は、そそくさとあたしのところにやってくる。メイドも連れて。
「姉さんか、丁度、静巴が挨拶回りに出たところで暇だったんだ」
なんて言って、寄ってきた。しかし、そう言った後、紳司は、自分のメイドの様子がおかしいことに気が付いたみたい。
「どうしたか、由梨果」
紳司がメイドに問いかける。すると、メイドは、紳司の横まで歩み出て、不知火に頭を下げた。
「お久しぶりですね、坊ちゃま」
坊ちゃま?不知火のことよね。そこから、視線をスッと十月の方へズラして、十月にも言う。
「久しぶりですね、鞠華」
鞠華って誰よ。十月じゃないの?
何てことは考えても無駄なのは分かっていたので、スルーする。すると、十月の雰囲気が変わる。
「お久しぶりですね、桜麻様。それに、坊ちゃまも。そして、あの時、名乗り損ねてしまった無礼をお許しください、青葉暗音さん」
あの時……、ああ、なるほど、瑠吏花との戦いのときの……、マリア・ルーンヘクサと初めて会ったときの、あの状態なのね。
「別に気にして無いわよ」
あたしがそう言うと、十月……いえ、鞠華は頭を下げる。そして、名乗る。
「私は、白咲鞠華と申します」
この普通に喋る状態の十月は白咲鞠華という少女らしい。紳司のメイドとも知り合いみたいだし。
「坊ちゃま、鞠華、こちらは、自分が今仕えている主、青葉紳司様です。紳司様、あちらは、前に仕えていた不知火覇紋坊ちゃまと、自分の愚弟子の白咲鞠華です」
紳司と不知火と鞠華が頭を下げる。しかし、世間は狭いわね。紳司のメイドが不知火の関係者だとはね。
「それで、不知火ってことは、姉さんの部活の関係者か。俺は三鷹丘学園高等部生徒会会計の青葉紳司だ」
自分の身分を交えた自己紹介をした紳司。それにあわせるように、先に鞠華が自己紹介をする。
「かつて、坊ちゃまに仕えておりました、白咲鞠華と申します」
仕えていたって、現在進行形で仕えてんじゃないの、と思ったが、それを思ったのは紳司のメイドも同じだったようだ。
「かつて、とはどういう意味ですか、鞠華」
そのメイドの問いかけに、鞠華は、薄ら苦笑いを浮かべて、静かに言った。
「言葉の通り、私は、既に死んでいます。坊ちゃまの為に、生き、坊ちゃまの為に死んだ。その後に出来たものこそ、私の記憶の断片により造り上げられた占夏十月と言う存在なのです」
既に死んでる……?どういう意味かしら。本当の意味だとしたら、脳の記憶障害で白咲鞠華と言う人格が死んだとかそういうことかしら。でも、だったら、今ここにいる白咲鞠華はありえない存在よね。
「そう、鞠華、貴方は《不死の大火》の犠牲になったのですね」
《不死の大火》って不知火の《古具》よね。どういうこと、犠牲になったって。
「ええ、命を落とされた坊ちゃまの対価に《不死の大火》の犠牲となって、坊ちゃまは生き返り、私は死んだのです。次の犠牲は、十月の喋る力、そうして、私は、何度しんでも坊ちゃまの為にあるのです」
《不死の大火》には発動に対価がいるのね。それもそれに応じた同等の対価が。
「ああ、そして、私が、不知火覇紋だ。不知火家の次期当主の」
コイツは、1人の犠牲の下に成り立っている人間なのね。どちらもが了承した関係とは言え、コイツは、本当にそれでいいのかしら。
「すまない、私は、そろそろ時間なので失礼するよ」
不知火は空気を察してか、本当に用事があるのか、この場を去っていく。あたしは、……あたし達はその後ろ姿を見ていた。悲しげな、そして、寂しげな後姿を。




