13話:休日のお出かけ
ある晴れた日曜日の朝。俺は、家からほど近い最寄駅の鷹之町中央駅前にある小さな公園の噴水の前に立っていた。時刻は8時45分。律姫ちゃんとの約束までは、あと15分ほど。
今朝は、日曜日だと言うのに珍しく早起きした所為で、母さんには、妙な勘違いをされてしまったかもしれない。
今朝、俺が起きてきたのを見た母さんは、目を丸くした。
「あら、紳司君。今日は早いんですね?」
母さんが、なにやら奇怪なものを見るような目で俺のことを見てきた。今日の俺の服装は、お出かけ用の服だ。
「もしかして、デートですか?」
母さんは、にっこりと、あるいはニヤニヤと俺のことを見た。なんだか嫌な感じの笑みだ。
「違うよ。後輩とご飯食べに行くだけ」
全く、律姫ちゃんに失礼だ。彼女のいない俺としては、デートはしてみたいが、付き合う気もないだろう、律姫ちゃんは。
「後輩……?男の子ですか?」
後輩が女の子だとも男の子だとも言っていないんだが……。男だったら何だというのだろうか。まあ、律姫ちゃんは女の子なんだけどな。
「女の子だよ?」
俺の言葉に、母さんは、がっくりと肩を下げた。どうしたんだろうか。俺が女の子と休日に遊ぶのに何か問題が……。
「本当にお父さんに似ていますね」
唐突にそんな風に会話を切り出した母さん。え、休日に女の子と出かけるのが父さんに似ているって?
「知っていますか?父さんの高校生活で、男の友達は、……1人だけだったんですよ」
父さん……。友達少なかったんだな。
「そのくせ女の子だけはたくさんいて……。南方院さんに篠宮さん、彩陽義姉さん、天龍寺先生、愛藤さん、そして、サルディアさん」
うわぁお……、父さん、友達はいたけど女だけだったんだな……。ていうか、天龍寺先生って秋世のことか。
「ま、まあ、母さんはそんなにいっぱい居た女の子の中から父さんに選ばれたんだから」
慰めでもなんでもないが、そんだけ女が周囲にいて、それでも選ばれたのだから、母さんは誇っても言いと思う。
「そ、そうなんですけれどね……」
母さんは頬を赤らめた。
というようなことが本日あり、その後、朝食を軽く済ませて出てきたのだ。父さんの女性遍歴はともかく、俺のお食事は、はてさてどうなるか。
「おっ、来たか。……。やあ、律姫ちゃん」
俺は、律姫ちゃんのところに小走りで近寄ると声をかけた。声をかけると、律姫ちゃんは「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
少々驚かせてしまったか?
「せ、先輩。お、おは、おはようございます」
律姫ちゃんは、顔を赤らめながらも精一杯の笑顔で俺に挨拶をしてくれた。はて、待ち合わせの時間より早く到着していたはずなんだが、一体、何で怒らせたのだろうか?さっき驚かせたことか?
「うん、おはよう」
しかし、律姫ちゃんの格好が一段と輝いて見える。プールで見た水着も可愛らしかったが、今日は、髪を首元で2つに結う、おさげになっているし、フリルのあしらわれた白のロリータファッションは、子供っぽい可愛らしさを強調していると思う。いや、まあ、プールでは、水につかる関係上髪を解いてストレートにしていたが、このおさげがとてもよく似合っている。
「その格好、可愛いね」
服はさっき言ったようにフリルがふんだんにあしらわれた白のロリータファッション、いわゆる甘ロリ系だ。無論パニエによって、スカートは大きく膨らんでいる。靴は、淡い白の靴で紐で編まれリボンが付いていた。
律姫ちゃん自身が可愛らしい顔立ちをしているので、それも相まって非常に可愛らしい容姿になっている。
「えっ……、そ、そう、ですか?せ、先輩も、か、かっ、カッコいいです」
頬を真っ赤にしながら俺に言う律姫ちゃん。うん、そんなに言いたくないなら無理しなくてもいいのに。そんな恥辱に耐えながら言わんでも……。
「それじゃあ行こうか」
俺は、左手を差し伸べる。しかし、律姫ちゃんは中々握ってくれない。やはり握りたくないのだろうか。
この辺りの道は、少し道幅が狭くて危ないし、人が多いので集団行動に向かない地域だ。そのくせ中学生とかは平気でゾロゾロ歩くから邪魔で仕方ないと評判だ。
「えと……、うぅ……」
あ、手を握ってくれた。ふむ、握手したときと同じく小さく柔らかい手だ。しかし、俺が利き手を塞ぎたくないから左手を差し出してしまったが、律姫ちゃんが利き手を封じられて困るタイプじゃなきゃいいんだけど。
「えっ……」
ん?律姫ちゃんが驚いたように、目を丸くしている。どうしたんだろうか……。やはり利き手を塞いだのがあれだったのか?
「どうして……?」
律姫ちゃんが唖然としたように、ポカンと口を開いて、俺の方を見た。俺、何かしちゃっただろうか?
「もしかして、《古具使い》?」
っ?アーティファクター……?アーティファクトを使うもの、すなわち《古具》使い。律姫ちゃんは《古具》のことを知っている?
「律姫ちゃんは、《古具》を知ってるの?」
俺が律姫ちゃんに質問をすると、律姫ちゃんは、顔を真っ赤にしていた。
「ちゃ、ちゃん……。下の名前で呼ばれて、あまつさえちゃん付けされちゃった……」
どうしたのだろうか。名前で呼ばれるのが嫌だったのだろうか。まあ、それでも俺はちゃん付けのうえに名前で呼ぶんだが。
「えと……、あた、……じゃない。わたしの家は、京の旧家の出で、割りとそう言った伝承は詳しくて……」
京都の旧家?それってユノン先輩や例の天姫谷ちゃん(仮名)とかと同じってことか?
「その、生徒会長の市原家次女とか螢ちゃんとか」
ほたる?おそらく天姫谷螢ちゃんというのだろう。
「ふぅん?それが《古具》と関係してるの?」
俺の疑問に、律姫ちゃんが、顔をうつむける。まあ、あまり人に聞かせたくない話だろうからな。
「ええ。ウチは、代々、長女でも次女でも次男でも、長男でなかったとしても《古具》を持って生まれたものが家を継ぐんです」
家のしきたりってやつか?でもそれまた厄介なしきたりだよな。
「でも、それって、誰も持って生まれなかったらどうなるんだい?」
長男も長女も次男も次女も、誰も持って生まれなかったらどうなるのか、と言う疑問がある。
「はい、その場合は、分家の持って生まれた人が継ぎます。分家の誰も持って生まれなかった場合は、《古具》を持って生まれた方を家に入れます。方法は婚約でしたり、養子でしたり、様々」
なるほどな。しかし、それでも誰も捕まらなかったらどうなるんだろうか。
「そして、最後の手段として《人工古具》の使用です」
オーパーツ?何だ、それは。
「《人工古具》は、人工的に《古具》と同じ役割を持つものを作り出したものです。市原の長男と長女と三女が実験段階のものを使用中だと聞いています。これの難点は、《古具》との両立は不可能と言うことです。もしも、《古具》が開花していないだけで持っている人が知らずに《人工古具》を使用すると、その人は……。過去にすでに実例があるようで……」
なんだか暗い話になってしまった。しかし《人工古具》か。そんなものまであるなんてな。
「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。今は、この時間を大事に楽しまないと、ね」
俺は、彼女とつないだ手を強く握る。
「は、はいっ」
こうして、俺と律姫ちゃんは、商店街で服を見て歩くことになった。
数時間に亘るショッピング、と言ってもほとんどがウィンドウショッピングで、服は1着、アクセサリーを何点か買ってやった程度である。
そして、近所のフレンチレストランで食事をした。そこそこ高いがそれなりにおいしい料理だった。むろん、全部俺のおごりである。
まあ、京都出身の律姫ちゃんには和食の方がよかったかもしれない。
「和食の方がよかったかな?」
「あっ、いえ、ウチは、京都の旧家と言ってもあまり和洋の差別意識は無いので。クリスマスも普通にありましたし、西洋料理も食べますから」
どうやら心配は無かったらしい。と、そんな会話をしているのは、帰り道のことだった。どうやら家の方向まで同じだったようで、まあ、違っても送ってはいただろうが、一緒に帰路についている。
「それにしても、もう少しこうしていたかったね」
そうすれば、もう少し情報が引き出せた。まあ、とりあえずの情報を引き出せただけましか。
「あ、あた、わたしもです。もう少し、こうやって……」
そう言った律姫ちゃん。なんだろうか、何か、まだ、向こうにもメリットがあるのか?
そんな思考は、そこで止まる。
無数の酷く気色の悪い気配を感じ取る。まるで、俺を、いや、俺たちを嘗め回すように、じっとりとした視線。
どこからしている?無数の気配だ。
「螢ちゃん……?」
律姫ちゃんの声がした。