129話:優雅な会SIDE.GOD
俺の格好を見た由梨果は、少し気になったところがあったのか、ジロジロと俺の身体を見て言う。
「失礼します」
そう言って、俺のネクタイを結びなおす由梨果。顔が近くてドキドキするが、由梨果は全く気にしたような様子が無いようだ。ネクタイの次は、襟、と次々と直していく。そして、全て直し終わった由梨果は、俺に言った。
「紳司様、次回から、このようなパーティがある際には、自分に連絡をしてください。支度を手伝いますので」
そう言って、スマートフォンの連絡先をふって交換する。それを確認すると、由梨果は、スマートフォンをしまう。
「少々お待ちください」
そう言って、姿を消して数秒後、メイド服を着た由梨果が現れる。どこで着替えたんだよ、てか、どっからメイド服だしたんだ?
「メイド奥義66『身も心もメイドたれ』でございます」
あ、そう。メイド奥義ってのもよく分からんが、まあ、シュピードが生み出した時点で信用性が皆無っていう。
「じゃあ、紳司、お前は、そのメイドちゃんと回ってろ。ここは、場所柄、メイド連れなんていっぱいて目立たんだろうし、心配はいらんだろ」
いや、まあ、由梨果を連れて歩くのは別に構わんが、パーティって何すりゃいいんだよ。そして、由梨果は、さっきからチラチラと頬を染めてこっち見てくるし。
「さて、とっとと会場に行きましょうよ」
姉さんが急かす。まあ、関係ない話でいつまでも外にはいたくないよな。俺は父さんを目で促した。父さんも嘆息交じりに母さんを連れて、俺たちを先導する。
由梨果の知り合いは、俺達の後をついてきた。
「私は、覇紋様に使いを頼まれていて戻るところでしたので、向かう先は同じです」
とのことだ。その覇紋って名前、どっかで聞いたことがあるような気がするな。そんなことを考えていると、姉さんが、その由梨果の連れに聞く。
「アンタ、不知火んとこの使用人なの?」
姉さんの問いかけに、目を丸くする使用人らしき人。どうやら、姉さんの仲間である不知火の御曹司の関係者らしい。
「覇紋様をご存知で?」
部活の仲間で、後輩って言う関係だよな。ご存知も何も顔を合わせまくってるはずで……。
「ええ、よく知ってるわ。不知火も十月も銀髪子……瑠吏花もね」
瑠吏花ってのは、はじめて聞いた気がするな。誰のことだろう。銀髪子って言ってから言い直したが、もしかして、明日咲先輩の件のときの子か。
「もしや、覇紋様の《古代文明研究部》に属する方ですか」
使用人さんは、姉さんに聞き返す。姉さんは、普通に答えた。
「ええ、そうよ。そだ、そのまま、不知火のところ行くから案内してちょうだい」
父さんに目配せして、「いいわよね」と確認を取りつつ、姉さんは使用人さんについていくことにしたらしい。
そうして、俺達は、大きなエレベーターに乗る。外の様子が見えるタイプのエレベーターで、街の様子が見えるが、ただのビル街なので、情緒もなにもない。
「ここだ」
父さんがエレベーターが止まって言った。扉が開くと、ガヤガヤと喧騒したパーティ会場が見える。シャンデリアに、豪華な料理、そこかしこに派手なドレスやスーツを着た人が溢れていた。
扉が開いてすぐに、使用人さんと姉さんは、そそくさと行ってしまった。そして、父さんと一緒に扉から出ると、
「遅かったじゃない」
そんな風に声をかけられた。年の頃は20から24くらいまでに見える女性だ。父さんの知り合いだろうか。
「悪いな、ルラ。ああ、今日は、子供とその御付きも一緒だ」
まあ、その子供のうちの1人は、さっそくどっかに行っちゃったが。彼女が南方院財閥の南方院ルラさんね。
「青葉紳司です。こっちは、……俺のメイドの桜麻由梨果」
一瞬、由梨果をなんて紹介するか困ったが、「副担任の」なんて言っても、何で副担任なんか連れてきてるんだ、ってなるだろうし、仕方なく「メイドの」と紹介させてもらった。
「何で、紳司君にはメイドがいるの?
まあ、いいわ。王司、ついてきて。紹介して回るから」
父さんと母さんはルラさんに連れて行かれるらしい。俺は由梨果を連れて回ることにしよう。
そう思って、しばらく、由梨果を連れて、食事のテーブルや飲み物のテーブルを見て回った。食事の方は、まあ、立食できるような小さな物がほとんどだったが、それなりにおいしかった。
飲み物は、ほとんどが酒だったので、飲まなかったが、ジュースも置いてあるようだ。そんなこんなで、パーティを回っていると、珍しく声をかけられた。
「あ、あのぉ……」
甘栗色の髪をして、高価そうな髪留めをした同い年くらいの女性だった。白のドレスが、彼女の清楚な見た目に、とてもマッチしている。しかし、見かけたことの無い顔だ。何のようだろうか。
「は、はじめまして。わ、わたくし、神楽野宮旭璃と申しますの……」
神楽野宮旭璃。聞いたことのない名前ではあるが、苗字には聞き覚えがある。神楽野宮家。ある筋では有名な話だが、家庭内がドロドロしているという評判だ。例えば、長女とその婚約者がいて、長女の死後、すぐに四女と婚約者が婚約するなんてことはよくあることで、姉弟で婚約したという例もあるとか、ないとか。そんなことが実しやかに囁かれている家だ。
本家は長野県の奥地にあるらしいが、とても権力を持った家らしく部外者を好まない。それゆえに、ほとんどの婚約者が龍炎堂と言う家からの婿養子や、娘らしい。
彼女の容姿は、女性にしては背が高い方だろう。俺と同じ、とまでは言わないが、俺の目の高さくらいに頭がきている。
スレンダーと言うか、何と言うか、胸はほとんど無いが、それも相まってか、清楚さと可憐さがにじみ出ているように見える。
……さて、ここまで見て、俺は、あることに気がついた。もしかして、男なのでは、と言うことにだ。流石に無乳過ぎる。
いやいや、男の娘がこんなところにいるわけ無いよな。でも、……
「ああ、俺は、青葉紳司だ」
恐る恐る自己紹介をした。どこからどう見ても女性にしか見えないんだが、もしかしたら、男かもしれない。何か、直感がそう言っている。
「わ、わたくし、こういったパーティなどには初めて出席するのですが、青葉様はよくご出席なさるのですか?」
青葉様、何て呼ばれ方にぞくっとした。ヤバイな、この清楚系な感じ、俺の周りに居ないタイプだ。
「いや、俺も初めてだな」
適当に話をしつつ、彼女が男女のどちらなのかを見極める。まあ、普通に女……だよな。うん、まあ、そう思っておこう。
「あ、そ、そうです、連絡先を交換していただけませんか」
そう言って、ドレスのスカートの内側からスマートフォンを取り出す彼女。どっからだしてんだよ。
「えっと、ど、どうすればよいのでしょうか?」
スマートフォンの操作に慣れていないのか、戸惑っているのが分かったので、由梨果に目配せして、教えたほうがいいか、と聞くと頷かれたので教えることにした。
「ちょっと、失礼するぞ」
そう言ってから、スマートフォンを彼女の手から抜き取り、軽く確認をする。一応、連絡用に無料通話アプリはインストールされていた。
「えっと」
俺は、自分のスマートフォンを出して、簡単に連絡先を交換する。彼女のスマートフォンの無料通話アプリに、「新しい友達」として俺が追加されているのを確認してからスマートフォンを返す。
「はい、これで、連絡先の交換は終了だ」
しかし、待ち受け画面に設定してある謎のひらひら衣装を着た彼女の写真は一体なんだったのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
スマートフォンを受け取ると、そそくさと再び、スカートの内側にしまう彼女。やっぱり、そこにしまっているのか。
「旭璃お嬢様、こちらにいらっしゃいましたか」
そこに、メイドの様な人、と言うより、メイドがやってきたのだが。お嬢様ってことは、やっぱり彼女は「彼女」でよかったのか。貧乳ってレベルではなく、無乳だぞ。
「あ、峰上さん。はい、こちらの方と連絡先を交換させていただきました」
彼女がそう言うと、メイドは、俺を見極めるようにジロジロと一瞬で見た。おそらく、どんな相手でもジロジロ見るのは失礼だ、と判断して気づかれないようにしたのだろうが、充分に気づいた。おそらく由梨果も気づいただろう。その所為でちょっと不機嫌そうになってるし。
「失礼ですが、お名前は」
メイドが、俺にそんなことを聞いてくる。由梨果は、メイド風情が相手に名前を直接尋ねる、それもこのようなパーティの場でそれを行うとはメイド失格では、と憤慨しているようだ。小声でブツブツ言っているのが聞こえる。
「青葉紳司だ」
その名乗りに、メイドは、眉根を寄せた。それは、聞いたことの無い名前だからか、父さんやじいちゃんのことを知っているからか。
「蒼刃……。深鈴様の……あの、化け物の親類ですか」
公共の場で他人を化け物呼ばわりするメイドに由梨果の怒りが爆発しそうだ。俺は、目で、由梨果を制してメイドに言う。
「聞いたことは無いな。少なくとも、両親も祖父母も曽祖父母もそのような名前ではない」
俺の言葉に、訝し気な顔をしたメイドを見て由梨果が、メイドがそうそう思っていることを顔に出すなと憤慨している。もう少しで爆発するであろう、由梨果に落ち着くように小声で言っていると、メイドが聞いてくる。
「では、貴方は、何ゆえ、このパーティに。著名な方とは思えませんが」
あ、由梨果がキレる。そう思ったが、その怒りは、鋭いほどの殺意となって、メイドを襲っていた。
「俺は、これでもチーム三鷹丘の関係者でな。青葉清二の孫で、青葉王司の息子だ」
由梨果の殺気に動じていないのか、それとも殺気に気づけないほどの雑魚なのか、おそらく後者であろうメイドは言う。
「ああ、聞いたことがありますね。このような小世界の一部地域で活発に活動している小組織があると。紛い物の聖剣と紛い物の神創具を使うとか」
まあ、なるほど、メイドとしての礼儀はなっていない、殺気に気づけない、知識不足、こりゃ、メイド失格だ。
「小世界、ねぇ。まあ、そりゃ、小世界だろうが……、活動拠点がこの世界ってだけなんだよな」
だって、父さんとか異世界で活動してたのが分かっちまったしな。聖騎士王も異世界にいる本物のアーサー王に剣やら槍やら送るって言ってたって話だしな。
「ふん、ともかく、貴方のような方がこの方に近づく資格はありませんね」
いや、俺から近づいたわけではないのだが。流石に今の物言いに文句があるのか旭璃は何か言いたげだ。
しかし、旭璃が言う前に、そのメイドを言い知れぬ物が襲う。殺気よりも明確な「刃」だ。その桜色の切っ先がいつの間にか喉元に突きつけられていた。
「なっ」
驚いて声も出ないメイド。さて、まあ、突きつけていたのは静巴だった。まあ、桜色の刀身を持っているのが【神刀・桜砕】だけだからな。
「それ以上、信司を侮辱するのは許さないわよ」
いや、静巴ではない、静葉だ。何故、目覚めているのかは分からないが、前世の妻、七峰静葉が表に出ていた。
「花月グループの次期当主」
メイドは流石に静巴を知っていたのか、怯んだ様子で静巴を見る。まあ、普段の静巴とはまったく違う静葉だしな。
「そこまで、その刀は目に付くからしまったほうがいいよ」
そこにいつの間にか1人の少女が割り込んでいた。その体躯は小さく、まさに少女と言う風貌。
「昏音様」
「昏音姉様」
メイド、旭璃の順で言う。姉様……え、この少女が旭璃の姉なのか。似てるのは無乳なところくらいだが。
「久しぶり。それと3人はどうも、はじめまして、だねっ。神楽野宮昏音ちゃんだよ。魔法少女くるくる♀けーきって言ったほうが伝わりやすいかな。伝説の鍛冶師、六花信司さんと初代剣帝、七峰静葉さん、それにメイドオブメイドの弟子、桜麻由梨果さん」
何、俺の前世に、静巴の前世、由梨果の過去まで知っているのか、この少女は。やはり、魔法少女なのか。
「キリハちゃんの予言の通りだったね。本当に、この日に揃うなんて」
キリハちゃんの予言……?
キリハと言えば、タケルが同期として名前を挙げていた中に入っていたな。やはり、本物の魔法少女か。
「う~んと、貴方、首ね」
そして、昏音は言った。その言葉に、メイドは、驚嘆していた。何故、自分が首になるのか分からないという顔だ。
「メイドとしての礼儀は全然なっていないし、自分に向けられている殺気に気づけないんじゃ主人に向けられた殺気にも気づけるはずないし、何より圧倒的な知識不足、ううん、知識の欠如と言ってもいいね」
ボロクソ言われていた。いや、概ね正解だが、そこまで全部はっきりと口に出して言うか?
「さ、とっとと消えることだよ、今の貴方がやるべきことは」
昏音に言われたメイドは、悔しそうな顔をして、消え去った。昏音と旭璃は、話を始めた。
「あ、あの姉様は、どうしてこちらに。独立保守機構が忙しいとおっしゃっていませんでしたか?」
旭璃の言葉に昏音は、溜息交じりに、そして、少し嬉しそうに答える。
「うん、まだ、仕事中。ちょこっと、昔の仲間に言われていたことを確認しにきただけだよ。霊王の剣を持つ旭璃と《神の古具》使いと、《剣帝》とが出会う、運命の時を見に来ただけ」
霊王の剣……。聞いたことは無いが、《神の古具》使いってのが俺だろうし、《剣帝》が静巴のことだろう。
「旭璃、よく聞いてね。貴方はこれから、お姉ちゃんと霊王の遺産を集める旅にでるんだよ」
霊王の遺産を集める旅?なんだそりゃ。
「それが、魔法少女としての昏音の使命なんだからっ。旭璃は、昏音に保護されながら、霊王の遺産を集めて、魔法少女の希望となるんだよ」
魔法少女の希望、霊王の遺産?
そんなよく分からない話をしながら、2人は行ってしまった。