125話:最終日SIDE.D
さぁて、何か、紳司は、ロビーのところで教師ともめていたみたいだけど、あたしには関係ないので、ちゃっちゃと自分の部屋に戻ることにしたわ。はやては、この時間、朝の6時くらいになると起きてきてもおかしくないから、急いで戻らないとね。居なかったら、「どこ行ってたのぉ?」って聞かれて、またややこしいことになりそうだし。
そう思って、あたしが、部屋に向かっていると、見知った顔がこっちにやってきたわ。見回りか何かかしらね。
「おはよ、雨柄」
あたしは、見知った顔、うちの担任である廿日雨柄に声をかけた。すると、雨柄は、ボリボリと頭を掻きながら、溜息をつく。
「あのなぁ、まあ、別に先生って呼べとは言わねぇがけどよぉ、せめて苗字で呼べや」
なんて言われたけど、あたしは、苗字で呼ぶつもりなんて毛頭ないわ。だって、威厳が無いもの。せめて髪と髭を整えて、キチンとノリの利いた、とまでは言わないけど、ヨレてない普通のスーツを着れば考えるけど。
「もっと、身なりをちゃんとしなさいな」
あたしの言葉に、「うっ」と眉根を寄せた雨柄。どうかしたのかしら、何か、妙に嫌なものを見たような目で、こっちを見て。
「おまーは、音雨かっ」
すんごいげんなりしたような表情で、そんなことを言う雨柄。えと、音雨って、確か、雨柄の妹だったわね。
「こんな兄貴、絶対、嫌よ?」
あたしの言葉に、雨柄は苦笑を浮かべるわ。何よ、その顔、失礼ね。あたしが何か妙なことを言ったみたいじゃない。
「ははっ、音雨の奴も、そう言って兄離れしてくれると嬉しいんだがな」
なるほど、ブラコンね。いいじゃないの、ブラコン。何が不満なのかしらねぇ。まあ、そんなものね兄妹なんて。
「まあ、あいつも趣味に熱中しているときは大人しくていいんだが……」
へぇ、妹の趣味ね。どんな趣味なのかしら。読書か、それともスポーツとか、どんな趣味に没頭しているのよ。
「どんな趣味なの?」
あたしの問いかけに、渋い顔をした雨柄。何、言いにくい趣味なのかしら、余計気になるじゃないの。
「く、黒魔術……」
黒魔術ですって?まあ、そりゃ、おおぴらに自慢できる趣味じゃあないわよねぇ。でも、魔女術……ウィッチクラフトとかじゃなくて、悪魔召喚とかの方よね、きっと。
「最近じゃあ、真っ赤な兎を召喚するとか言って、張り切ってやがる」
真っ赤な兎って……。それにしても、まあ、黒魔術にはまるなんてねぇ、中二病かしら?
「まあ、いいんじゃないかしら。黒魔術くらいは誰しも通る道よ。特に女の子は、占いからそっちに行くこともなきにしもあらずよ」
うん、なきにしもあらずであって、必ず行くわけではないけどね。てか、行かないほうが多いんだけど……。
「まあ、そんなことはどうでもいい。こんな時間に出かけてたのか?市原家が狙ってて危ないって話だろ?」
雨柄があたしに聞いてくる。そういえば、一切説明してなかったわね。これを機にちゃっちゃと説明しちゃいましょうか?
「ああ、その市原家なら、昨日の夜に全部片付いたわよ。だから、もう心配ないわ」
あたしの言葉に絶句する雨柄。まあ、驚きたきゃ驚けばいいわ。あたしとしては、まあ、驚かれようがなんだろうが関係ないんだけどね。言うことを言えたから。
「マジか?」
雨柄のフランクな物言いに、あたしは、だから苗字ですら呼ばないのよね、と思いながら返す。
「マジよ」
まあ、楽勝だったわよね、あたしと紳司が組めば。でも、少しの間、裕蔵ってオッサンと話している間、あたしは、あたしではなかった気がするのよね。
「ったく、青葉、お前は、化け物だな」
あら、生徒を化け物呼ばわりとは随分酷いじゃない?まあ、化け物扱いも慣れたものよね。
……待って、慣れたものってどういうこと?あたしは、そこまで化け物呼ばわりされた覚えは……
……あら、されてたじゃない。零斗と一緒に、化け物夫婦って、ね。
――ドクン
と、大きく心臓が跳ねた様な気がした。そこで、どこかですれ違っていた、暗音と闇音が重なった。
……そうね、あたしは、化け物にして、「闇色の剣客」だったわね。
……そう、どこか、他人事のように捕らえていたけど、あたしは、「闇色の剣
客」なのよ。
――バクバク
心音が大きく、そして、鼓動が早まる。
そう、今のあたしは「闇色の剣客」であり、宵闇に輝く刃の獣の主、化け物の中の化け物。――蒼色の猛獣なのよ。
「くふっ、そうね、確かにあたしは化け物よ」
そう、神の子孫にして、闇の道を生きることにした裏方の化け物。それこそがあたし。光のような表の道とは違う、裏の道。双子にして対の存在、それがあたしと光だったわ。それを、今、完全に思い出したのよ。
「そろそろ部屋に戻らないといけないわね……。これで失礼するわ」
そう言って、雨柄を置いて、ツカツカと先に行く。あ、駄洒落じゃないわよ?
そうして、あたしの部屋のある階に差し掛かったとき、またも、見知った顔にあった。そう、輝だったわ。
「ふふっ、おはよ、輝」
あたしは、毎朝やっていたように、いつもと同じく、柔らかい笑みで、輝に朝の挨拶をしたわ。すると、ほぼ寝惚けていた状態の輝が挨拶を返したわ。
「ああ、おはよ、闇音姉」
確かに、今、彼は「闇音姉」と呼んだ。あたしの馴染み深い、あの呼び方で呼んだのよ。間違いない、彼こそ光よ。
「ん、あれ、今、俺、何で……」
自分でも口をついて出た言葉に驚いた様子の輝。でも、あたしは、そんな輝を微笑ましい目で見る。
「それが貴方の定めと言うものよ、光」
同じ読みかたであれど微妙に異なる名前を呼ぶ。そこで、輝の様子も変化を見せるわ。どこか、覚えのないフラッシュバック……残像を、虚像を見ているかのように、目の焦点がずれてあっていない。
「これはっ……?!」
驚きのあまり整理の付いていない輝。まあ、いいわ。そろそろ、他のも来るみたいだしね。
他の、と言うのは、今、遠方から「昨日、暗音ちゃんは結局帰ってこなかったんだよぉ?」とか「ほぉ、それで?」とか言ううちの学校一のバカップルの声が聞こえてきたことから分かることよね。
「ほら、ボーっとしてっと、蒼子さんに叱られるわよ?」
バンと輝の肩を叩いて、シャキッとさせる。蒼子さん……あたしの前世での伯母で、今世の母に転生してるであろう人よ。そういえば、輝を、今度、うちの両親に会わせてみたいわね。かつてのあたし等が幼い頃に失った父と、面倒を見てくれいていた叔母が、どちらもいるんだから。
「うっ、そりゃ、勘弁。なあ、闇音姉。これは、転生ってやつでいいのか?
……いや、いいんですか?」
輝はいつもあたしに敬語だったけど、光はタメ口だったから、その辺がどうするべきか、本人でも微妙なんでしょうね。
「別に、タメ口で構いやしないわよ。姉弟なんだし、むしろ敬語とか気持ち悪いわ」
あたしの発言に、確かにそうだ、と思ったのか、輝は頷いたわ。どうやら、輝は割りと早く光との整合性が取れたみたい。適正率の違いとかなのかしらね、あたしとか……あと、花月ちゃんもそうだったけど、あんま整合性が取れてないっぽいし。
「あ、暗音ちゃん!昨日どこにいってたのぉ?」
そこに、友則と話しながらやってきたバカップルの片割れであるはやてが声をかけてきた。
「あら、おはよう、はやて。あたしは忙しくて寝てないのよね。まあ、それはさておき、ちょっと、京都の旧家を1つ正してきたのよ」
あたしがそう言うと、輝が、目を見開いた。そういえば、明津灘家の人間と知り合いっぽかったわね。
「安心なさい、輝。明津灘じゃなくて市原よ。紳司と一緒にぶっ潰してきたわ」
まあ、明津灘家も紳司が色々やってるかもしれないけどね、とはあくまで言わないでおいたわ。
「いや、別に紫炎の心配をしてるわけじゃないんだけど……」
と、タメ口であたしに言う輝。うん、いいじゃない、昔の感じと一緒ね。さて、と、この状況だったら、あたしは部屋に戻らずに食事に行ったほうがいいんじゃないかしら?
「じゃあ、食事に行きましょうか、皆で」
あたしの言葉に皆が頷いて、階段に向かうわ。すると、そこで、女子生徒と全裸マント幼女と言う不思議な組み合わせに、あたしは思わず何かを吹き出した。
「ぶふっ!」
「ぶはっ!」
あたしが吹き出したのと同時に輝も吹き出していた。あたしは全裸マントを見て吹いたんだけど、輝は、女子生徒の方を見ていたわね。いえ、全裸マントも見てるけど。
「どうしたのぉ、暗音ちゃん?」
「大丈夫か、お前等」
バカップルが、揃ってそんな風に聞いてくるんだけど、逆にあれを普通に見逃せる感性を疑うんだけど。
「あら、輝じゃないですか?」
女子生徒の方が、輝に声をかけてきた。どうやら、知り合いみたいね。でもあんなペア、うちの学校には居ないから三鷹丘学園の生徒でしょうね。
「紫炎、か。よぉ、久しぶりだな」
そう言うと、紫炎ちゃんは、訝し気に眉根を寄せるわ。何かに引っかかったのかしら?
「輝、敬語やめたんですね?」
あ、そういえば、いつも敬語だったのに、ナチュラルにあたしと話す感覚に引っ張られてタメで言ってたわね。知り合いだからタメ口だと思ったけど、やっぱいつもは敬語だったんだ。
「あ、ま、まあ。俺も色々あってな」
誤魔化すように笑う輝。そして紫炎ちゃんの視線があたしの方へと移動するのが見て取れるわ。でも、あたし、紫炎ちゃんよりも隣の全裸幼女の方が気にかかるんだけど。
「あれ、紳司君のお姉さん……?あの、輝とはどういう関係で?」
ふむ、何て返しましょかね。あれよ、「姉よ」でもいいんじゃないかしら。いえ、実姉じゃないし……、前世での姉は義姉になるのかしら。義姉で思い出したけど、あたしって、紫炎ちゃんの義姉候補でしょ、紳司のことがあるから。
「失礼ね、義姉よ」
あたしの言葉に、頭を押さえた輝。でも、この言葉は、ある意味真実だけど、別の言い方で誤魔化せるのよ。
「もちろん、輝のじゃなくて、貴方の、ね」
その言葉に、何を言ってるんですかこの人、見たいな目であたしを見る紫炎ちゃん。しゃーないから自己紹介をするわ。
「あたしは、青葉暗音。貴方の婚約者である青葉紳司の姉よ。ほら、貴方の義姉じゃない」
顔を真っ赤に染めて俯いてしまう紫炎ちゃん。可愛いわねぇ。まあ、あたしと輝の関係を聞かれていたのを思いっきり誤魔化しただけなんだけど。ついでに、隣の全裸マント幼女もその説明に何か頷いていたわ。
「む、コイツ、トリプルブイの空美タケルかっ」
そんな時、不意にあたしの中のグラムがそんなことを言ったのよ。はぁ?急におかしなことを言わないで欲しいわね。
「魔法童女ゆるたる∥たるとぱいだ。バンキッシュ・V・ヴァルヴァディアとも言うが、その頭文字をとって、トリプルブイとも呼ばれている」
へぇ、なるほどね。魔法童女、か。昨日の一件に関わってきた魔法幼女うるとら∴ましゅまろんとも何か関係あるんかしら。
「こいつは、そのましゅまろんがトップを務める組織の統括部長だぞ」
そいつはお偉いさんね。そんな、魔法少女界のトップとも言えるのが、なんでホイホイ集まってんのかしら?
「なるほど、そちらの2人は、ボクの姿が、普通ではなく見えているでせう?」
全裸幼女タケルがそんな風に言う。ってことは、あたしと輝以外には、別の姿が見えてるってことかしら?
「お初にお目にかかるわね、統括部長。いえ、トリプルブイの空美タケルさん」
とりあえず、いつものように、グラムから聞いたことを繋げて、知ったかぶったことを言ってみるわ。
「ボクのことを知っているとは、驚きぃです」
はやてと友則が「何のこと、何のことなの?」と言う視線であたしの方を見てくるけど、とりあえずスルー。
「そういえば、紳司君も空美さんとは妙な話をしていましたが……、空美さんも一般人では無いんでしょうね。なんて言ってましたっけ?マントがどうとか」
ああ、紳司にも全裸マントに……いえ、少なくともマントは見えてるのね。よく欲情しなかったわね、紳司。
「あぁ~、まあ、兄ちゃんも、ボクの姿に囚われない、真性の【力場】を保持していますからね……。ですが、姐さんの方は、異常としか言えんと思うけど」
誰が姐さんかっ。普通に呼べってのよ。紳司は兄ちゃん呼ばわりなのね……、まあ、幼女に甘いから変な反感は抱いて無いでしょうけど。
「まあ、異常異常言われるのは慣れてるけど」
あたしは肩をすくめた。その様子を、苦笑を浮かべて輝が見ていた……んだけど、ちょっとは姉のフォローをしなさいよ、この馬鹿弟。
「まあ、同じ異常なら、うしろのお姉さんも大概っすしぃ」
――後の、お姉さん?
それ、はやてのことよね。やっぱりはやても常人のカテゴリーに属さない異常な人間ってことなの?
「絶対の神である第七に抗い、契約により神へと昇華した忌憚の武神、名を篠宮無双。その血を脈々と引き継ぎ、その強さは欠けていたっぽぉいんですが、こりゃ、キリハっちの予言の通り、黒き龍の復活と共に新たなる魔女の誕生になっちゃうかもねぇ」
第七……?それはともかく、契約により神へと昇華したってのは、うちの先祖と一緒ってことよね。確か三神って言ってた、その1つ、篠宮。なるほど、そこは納得だけど、その後の部分は意味が分からないわね。
「まあ、ボクからの助言としては、2人の娘には、お姉さんの嫌いなものを克服するように、嫌いなものを無くす名前をつけるといいよっ」
十月も同じことを言っていたわね。予言を使う十月と、キリハっちってのが誰かは知らないけどそいつの予言が、合致したってことなのかしら。
「え、ああ、うん。前々から、雷無って名前にしようとしてたけど。まさか、十月と同じことを言うやつが居るとは……」
友則が思わず言った言葉に、タケルが目を見開いたのが分かったわ。そして、詰め寄るように、友則に問いかける。
「同じことを聞いていた……?!まさかっ、新しい【ユリアに悠か先を見ることを許された者】が、この世界に」
ユリアに悠か先を見ることを許された者……なんじゃそりゃ?魔法少女関連の擁護なのかしら。そう思っていると、いつものように辞書が教えてくれる。
「誰が辞書だ。【ユリアに悠か先を見ることを許された者】とは、魔法少女に与えられる加護の1つにすぎん。前に与えられていた魔法少女……いや魔法天女は既に病死した、と聞いているな。本名を悠崎悠歌。機関名をキリハ・U・ファミーユ。魔法少女としての名を魔法天女はいぱー∽はるかーと言う」
なるほど、死んじゃった仲間の後継者がここにいるかもしれないって思ったのね。それにしても十月を魔法少女に引き込む気かしら。まあ、アレはアレで万年幼女っぽいから魔法少女向きかも知れないけど。
「【ユリアに悠か先を見ることを許された者】は、制御が出来ないと、たまにユリアに乗っ取られて妙なことを口走る傾向があるんですが、覚えはあるですかぃ?」
そういえば、何度か、そんなことがあったような気がするけど、特に引っかかっているのは……
「『悪魔でも魔女』……そういえば、十月がはやてと友則の子の名前を予言した後に、そんなことを言っていたのよね」
あたしの言葉に、タケルは、完全に止まったわ。何か、おかしなことを言ったかしら。あたしは、十月の言葉をそのまま言っただけなんだけど。
「黒き龍の復活と共に新たなる魔女の誕生の予言。即ち、体内が悪魔化され、魔女となるから、『悪魔でも魔女』……。まさしくキリハっちと同じってことかぁ……」
ふむ、しかし、この魔法童女にウチの学校まで押しかけられると非常に面倒なのよね、いろんな意味で。全裸に見える奴があたし等以外にもいるかも知んないし。
「キリハ・U・ファミーユの後を継ぐか否かは、知らんけど、とりあえず、ご飯にしない?
いつまでも、当人が居なきゃ解決出来ないような問題をグチグチ言ってもしょーがないじゃない」
あたしが肩を竦めると、おなかが減っていたのか輝も同調してきた。
「そうですね、とっとと朝飯にしよ……しましょう。あん……暗音さん」
こいつ……、敬語とタメ口入り乱れそうになったり、あたしのことを闇音姉と呼びそうになったり、危なっかしいわね。
まあ、そういうことで、あたし等は、とりあえず朝食を取ることにした。
この後、朝食を取って、京都駅から新幹線で東京駅まで行って、そこで解散。そっから自分ちに戻れってことになってるわ。
まあ、このタイミングで、これ以上、何かがあるわけないでしょうし、家に帰ったら父さんの説明会があるのよね。まあ、長かった修学旅行がやっと終わるってんで、一安心かしら?
え~、SIDE.Dにしては少し長めですね。何でちょっとだけ長いか、と言うと、修学旅行中にこなしておきたかったけど入れ忘れたのを全部ここに集約したせいです。
まず、輝君と紫炎ちゃんの組み合わせ。会わせようと思ってたのに、都合が付かなかったペアです。
次に、暗音ちゃんとタケル。この2人はどう見えるのって言うのを忘れていたので。てか、タケルの喋り方が乱れに乱れてどう書いていいか分からなくなりつつあります。
そして、闇音と光の姉弟について。
あと、キリハの予言と十月の予言。
これらをまとめたらちょっとだけ、いつもより2500文字くらい多くなっちゃいました。いつも3800~4000文字を基本にしているんですが今回は6500くらいです。京都編も残すところ「帰宅」のSIDE.GOD、SIDE.Dと3話くらい王司説明会に関することで使う予定なので(あくまで予定です)あと5話くらいで終わると思います。
(修正)
暗音と紫炎ちゃんの関係を修正しました