120話:カノンと紳司SIDE.GOD
どの部屋も決着がついたのだろう。音が完全にやんでいた。シーンとした空間の中、俺は、この黄金水溜まりをどうするか、と悩んでいた。畳に染み込んでシミになっても困るしな……。かと言って、漏らして、気を失っているカノンちゃんを無理やり起こすのも悪いし……。かと言って、ぐしょぐしょのパンツを穿かせっ放しなのもな。
しかし、これをどうにかするにしても、バケツなりカゴなりと雑巾が欲しいよなぁ……。真黄色では無いが、しかし、臭いは鼻につくなぁ~。
……舐めてみるか?
一瞬、そんな考えが頭を過ぎったが、流石に、変態過ぎる、と思って思い直した。
――ペロ
しょっぱっ!
何が思い直しただ!全然思い直してねぇじゃねぇかっ!舐めて、しかもしょっぱい思いをしてるしっ!
そんな馬鹿なことをやってないで、とっとと片付けてしまおう。しかし、雑巾とカゴか……。何か無いかな?
俺は《古具》の道具の中に何か無いか捜してみるが、何も無い。俺の《古具》は未来道具入れかっ?!
何、1人でボケてツッコんでいるんだろう……。かなり寂しい奴だよな。
しかし、いつまでもこうしていても始まらないので、カノンちゃんのジャージのズボンを脱がす。腰元はまだしも、股下がビショビショになっている。しかも上……つまり地面についていないほう、はまだしも、尻元から太ももの裏も同様にビショビショだ。
さて、問題のパンツだが、灰色のスポーツパンツ。運動用だったのかもしれないな……。てことは、ブラも、これにあわせて灰色のスポーツブラってことか。
しかし、灰色って、濡れてるとすぐ分かるよな……。漏らした所為で既に灰色とは言えんかもな。
「さて、と」
俺は、パンツを脱がすために、パンツのゴムに手をかけた。そして、ふと、視線を感じて目線をずらすと、カノンちゃんと目があった。
――バチン
手が飛んできた……。ビンタだ。またも、俺の頬に浮かぶ紅葉型の手形。それも、左右どちらのほっぺにも同時に。双方からの衝撃がど真ん中、つまり顎から脳にかけての部分でぶつかったが、相克されず、カノンちゃんの利き腕の方が威力が高かったために、頭がぐわんぐわんした。
「変態っっっ!」
そう怒鳴り散らすカノンちゃんは、自分の惨状に気づいたらしく、俺からジャージのズボンをひったくるように掠め取ると、走って出て行ってしまった。おそらく、シャワーを浴びたり、着替えたりするのだろう。
仕方ないので、俺は、畳に残った水跡をどうするか検討する。とりあえずスマートフォンで検索してみることにする。
しかし、何て検索しようか……。
「畳 染み ペット」
……何か違う気がする。カノンちゃんがペット扱いになっているみたいな感じがするな。まあ、検索するワードとしては、こういったのが一番いい情報をくれることもあるからな。
……ふむ、あったな。こんな感じか……。
どうやら、乾く前にどうにかしてしまうのが一番らしい……知っとるわっ!
そんなこと検索しなくても百も承知なんじゃっちゅーのっ!とりあえず、近くにあったタオルで、畳の上にあるものを吸い取っていく。臭いは、この際どうでもいいので、できるだけ早く、タオルでふき取ってしまうことにした。
てか、何で、俺がカノンちゃんの不祥事の尻拭いをしているのだろう。実際に拭っているのは畳の上の黄金水だが。
サッと拭き取った。まだ多少湿っているし、臭いも残っているが、こんなものだろう。てか、俺も全身に臭いが移っている気がしてならないんだが?
せめて手だけは洗いたいな……。
そう思いながら、タオルをその辺にあった高そうな壷に突っ込んで、何か手を洗うものが無いか捜してみる。
「ないな」
ゾンビの様に手を前にしたまま、うろうろと部屋を彷徨った。何故、ゾンビのようになっているか、と言うと、あまり汚れた手を身体に近づけたくないからで、手を洗って水が滴っているときの心境に近いものがあるからだ。状況は汚いのと清潔なので真逆だがな。
そんな下らんことを考えている暇があったら綺麗にするものを捜せ、ってことで、部屋を出てうろちょろと水場を捜してみる。
クエスチョンマーク形をしているから、ようは一件の長屋と同じなわけで、そんなに探すのには時間はかからないだろう。
予想通り、と言うか、予想を通り越して、すぐそこに水場……と言うより風呂場があった。そして、まあ、何ともタイミングの悪いことに、そこに全裸のカノンちゃんも居た。
ついでのように言っているが、それは目を逸らしたいからであって、しかし、実際のところ、目を逸らすどころか、その身体を目に焼き付けようとガン見している。
「ちょいあーっ!」
ぐわっ!
「目がぁー!」
思いっきり目潰ししに来た。ガン見してた所為で反応速度が落ちて掠めた。洒落に名欄ぐらいの速度で目を潰しに来たぞ。本気抉り取る気だったぞ。
目を押さえて地面を転がる。そこで、はた、と気づく。手洗ってないのに、手で目を塞いじまったっ!驚愕の汚さに絶望する。
「覗くとかじゃなくて、堂々と入ってくるってどーゆーことなのよっ!」
ガシガシと足で思いっきり蹴られる俺。我々の業界ではご褒美ですっ!……じゃなくて、それよりも手と顔を洗わせて欲しい。
「別に、主目的がそれだったわけではなく、俺は手を洗いに来ただけだってーの」
今は手と顔を洗いたいわけだが。とりあえず、先ほどの衝撃的なカノンちゃんの全裸画像は脳内のフォルダに保存するとして、俺は、とりあえず立ち上がる。
「ちょあーっ!」
二度目の目潰しをさらりとかわして、シャワーを出してサッと顔と手を洗った。しかし、タオルのことを考えてなかったな~。
「カノンちゃん、タオルある?」
俺が問いかけると、怒声とともにタオルが飛んできた。
「何さらっと普通に聞いてきてんのよ!裸見たんだから、もうちょっと、こー……なんかあるでしょ!」
カノンちゃんは特に何も思い浮かばなかったらしい。俺も特に「こー……何にも無い」という状況なのだが。
「責任とって結婚するよ?」
なんとなくノリで言ってみた。ここは流れで言ってみたかった台詞を言ってみただけである。
「え……」
おっと、赤面するカノンちゃん。満更でも無いようだ……。ふむ、カノンちゃんと結婚か……。
俺はタオルで顔を拭きながら、妄想してみた。カノンちゃんと俺の新婚生活と言うものを。
台所でトントンと包丁を捌く音が響く。リビングの机の上で、ぐでぇーっとして料理が出来るのを待つ。包丁の音がやみ、ジュッとフライパンに油が敷かれ、そこに肉や野菜が放り込まれて炒める音といい香りが台所からリビングへと流れ込む。
ああ、うまそうだな。そう思いながら皿の準備をする。カノンちゃんも皿の準備をしようとしていたのか、食器棚のところに来ていた。
「いいよ、俺がやるから」
俺はそう優しく微笑みかける。カノンちゃんは、もじもじしながら俺にはにかんだ。
「そ、そう?じゃ、じゃあ」
そう言って、リビングの机の上にぐでぇーっとしに戻る。
うん、そう。料理してたのは俺で、リビングの机の上でぐでぇーっとして料理が出来るのを待っていたのはカノンちゃん。主語って大事だね!
ピーっと言う、炊飯器のご飯が炊けたことを教えてくれる音が鳴ったので、俺は、茶碗にしゃもじでご飯を盛る。
そして、簡単に作った野菜炒めとかのおかずとご飯をリビングの机に並べる。
「お待たせ」
ぐでぇーっとしてるカノンちゃんが嬉々としてお箸を持つ。俺は、コップにお茶を入れつつ、カノンちゃんに言う。
「食ってバッカだと太るぞ?」
俺の言葉にむくれっ面になるカノンちゃん。そんなカノンちゃんも可愛いなぁー(夫目線)。
「もぉー。太ったら愛してくれないの?」
拗ねてそっぽを向くカノンちゃんに、俺は微笑んで言う。
「そんなことは無いよ。カノンちゃんは、どんな姿でもカノンちゃんだから。変わらず愛せると思うんだ」
俺の言葉に、カノンちゃんが機嫌を直して、そして、2人で仲睦まじく料理を食べる。
などと言う妄想を全て口から吐き出しながらだったために、カノンちゃんが茹蛸のようになっていた。
ふむ、こんなものか。
「まあ、と言う冗談は置いておいて、早く服着なよ。カノンちゃん」
流石に夏が近いとはいえ、このままだったら風邪を引きかねないからな。
――バチン!
結果、俺の左右の頬にさらに紅葉が咲くのだった。