118話:裕太VS暗音SIDE.D
あたしは、目の前に対峙している男を見る。男、と言うより、青年と言うのが一番正しいでしょうね。まだ未成年だと思われる若い顔のそいつは、市原裕太。市原家の長男で、これからあたしと戦う相手でもあるわ。
市原家と言う京都の名家にして旧家に生まれながらも、その身に《古具》を宿さぬという理由から長男なのに家を継ぐ資格を持たないらしいわね。
京都をはじめとした日本各所の家にある仕来り上、《古具》使いが当主となる家は、それなりにあるらしいわ。今では変わったけど、昔はそうだった家もそれなりに確認されているしね。
例えば、天龍寺家は、代々《古具》使いが当主だけど、別に《古具》使い以外が当主になってもいいらしいわね。まあ、この世界の天龍寺家の当主は、さほど強くはなかったようだけど……。
例外中の例外が、天龍寺深紅、天龍寺彼方、天龍寺秋世の3人ってグラムが言っていたわよ。特に、天龍寺彼方は、【夜の女王】と呼ばれた黒夜響花を色濃く受け継いでしまっているから。
まあ、全部、グラムから聞いた話なんだけどね。【夜の女王】ってのがどんな人なのかもよく知らないけれど、この世界の人間ではないのは確からしい。
そもそも、魔法なんていうものを使える【夜の女王】がこの世界の人間であってほしくはないしね。
と、そんな話は、まあ、今は関係なくて、まあ、この《古具》使いしか当主になれないのに、分家の《古具》使いは死ぬは、本家唯一となってしまった《古具》使いは出て行くは、で誰も跡継ぎがいない状態になっているのよね、市原家は。
だから、裕太は、この家を継ぐために、母の残した《人工古具》を調整して、《古具》使いよりも強いことを証明して当主になることを……父に認められることを目的としているのよ。
そんでもって、不知火や十月なんかが去年襲われたのも、著名人には《古具》使いが多いということで、社会的にも有名な不知火を襲ったことが原因ね。
そして、今回は、気配に気がついたあたしと紳司が中心に襲われたのよ。まあ、尤も、全て返り討ちに出来るレベルだったけどね。
この京都と言う土地は、土地柄ゆえか、それともそれ以外の原因か、異様に異質なものを集める傾向があるっぽいのよね。
そして、あたしや紳司もまた、この地に集められた異質の存在なのかもしれないわ。
だからこそ、あたしは、戦う。この京都の地なら零斗に……あたしの愛しいアイツに会えるかもしれないから。会えることを願って戦うのよ。
「さて、と。戦いを始めましょうか?」
あたしは、不敵に裕太に笑いかける。裕太は若干ひるんだが、何とか堪えたようね。まあ、あたしとしては、とっとと倒して帰りたいんだけどね。
零斗もここには居ないみたいだしね。だから、あたしは、あたしの愛剣を手元に生み出すわ。
「《黒刃の死神》」
唱えた瞬間に、あたしの体が黒色のドレスに包まれる。薄い布地のヒラヒラとしたドレスは、今回、少しいつものとは違うようね。
いつものオフショルダーではなく、背中が開いたドレスよ。髪がまとめられて、黒薔薇の留め櫛で結われていた。
腕はいつものように黒いシルクの手袋で腕が覆われているし、十字のイヤリングもキチンとついているわね。
そして、手に握っているのは……
「【宵剣・ファリオレーサー】」
あたしの中にいる宵闇に輝く獣、グラムファリオの牙から作られた剣であり、前世のあたしが愛用していた剣。それを今、あたしは、《古具》で作り出したのよ。
「ならば、こちらも本気で行こう」
まるで、今まで本気を出していなかったかのような口ぶりね。本当に気に食わないわね……。
「《五行を我が手に》――最終解放」
最終解放……確か、《古具》の限界を超えた力を齎すけど、二度と《古具》が使用不可能になるというやつだったわね。
そう、《人工古具》は壊れても、別のを使えばいいってことね。考えたじゃないの。これが奥の手ってこと。
「《全属の覇王》」
空気が、淀んだわね。まるで、裕太から出る不気味な雰囲気が空間を呑み込んだかのような不吉な空気。こりゃ、ちょっとは楽しめそうね。
「《赫炎の業火》!」
裕太が叫ぶ。その瞬間に、あたしの目の前に炎が生じた。そう、炎を飛ばすのではなく、生じさせたのよ。それも、炎として生み出したのではなく、先に熱し燃やすという結果を概念として固定してから、付随する炎が生じたようね。
炎よりも前に熱を感じたから、それは間違いないでしょうね……。
「《蒼海の深水》!」
そして、今度は湿気と寒気。瞬間、あたしの体が水で濡れる……否、濡れる寸前でギリギリ避けたわ。まあ、ドレスの裾は少し濡れたけど……。
「概念による属性攻撃とか、鬼畜にも程があるわね」
あたしは、地面を蹴って後ろに跳びながら呟いたわ。すると、それが裕太にも聞こえたのか、裕太はにやりと笑った。その顔が気に食わないのよねぇ。
「よく分かったな。母曰く、龍王であるオーヴァーンの力を再現したが威力は格段に落ちているらしい。まあ、だが、最も再現したかった、概念攻撃は再現できた、と笑っていたがな」
あたしには、その言葉の意味はほとんど分からなかった。けれど、今の力の最たるところは、やっぱり概念攻撃らしいわね。
「オーヴァーン……。五大龍王かっ!七界に付属する【竜力】を再現したのか……」
グラムがそんなふうに呻いたわ。何か色々と知っているっぽいわね。あたしは、思念でグラムに問いかける。
(何なのよ、五大龍王とか、七界ってのは)
あたしの問いかけに、グラムは、顰めたような雰囲気で答えたわ。
「七界と言うのは小世界の1つだった。しかし、いまや、その輪から解き放たれてバラけているがな。その世界の中の1つの世界に五大龍王と呼ばれる龍が居た。その者達は、オーヴァーンと言う名を継承し、己に合った概念で攻撃してくる」
なるほど、異世界の力ってことね。まあ、あたしには、それがどんな力であろうと関係ないわ。
「さあ、とっととケリをつけてやる!《大地の土砂》!」
足元に違和感を感じるわね。これは、名前的に砂とか土とかの攻撃っぽいわ。あたしはそう判断して、地面を蹴って、上へと逃げる。
「そうくると読んでいたさ!《雷轟の疾風》!」
なっ、マズッ?!
なまずじゃないわよ?
って、まあ、そんなツッコミを入れるくらいには余裕があるわけだけどね。あたしは、覚悟を決める。
そう、この戦いに、魂を込める覚悟を……。
「【蒼刻】!」
――あたしは、叫ぶ!
魂の慟哭の言葉を……。全ての青葉に通じる7つの思いを【力場】にこめて、体の中に生み出した【蒼き力場】が全身からオーラとして噴き出すわ。
ゴォオオオと鳴り響く轟音。
……いえ、違うわね。あたしの……この部屋からだけじゃない。2つ隣の部屋からもすさまじい轟音が響いている。
まるで、2つが共鳴しあうように地面を揺らす。
おそらく、紳司ね。あたしは、もう1つの轟音の主を見抜いていた。やはり紳司も【蒼刻】が使えるのね。さすがは蒼刃……青葉の血筋よ。
でも、ね、あたしのように、強固な【力場】ではないわね。それでも充分に強いけど、あたしは、前世も、そして今世、青葉なのよ。それゆえに、あたしはこの魂の叫びを誰よりも強く受け継いでいるわ。
まあ、これはおそらく父さんもなんでしょうけどね。
おそらく、この【蒼刻】と言う力は、体が青葉のものである……つまり両親が青葉であれば体に遺伝するし、そして、それと同時に魂にも刻まれているのよ。
だからこそ、直系の青葉ではない母さんは前世が蒼刃だから、……まあ、姓は変わらず七峰だったみたいだけどね、……直系だったのには変わりないわ。
また、紳司は、前世が青葉の人間じゃないけど、両親は青葉の人間だしね。
それゆえに、どちらも【蒼刻】が使えるってわけよ。まあ、これはあくまであたしの予想なんだけど。
「《翠嵐の森林》!」
雷が【蒼刻】で弾かれたので、裕太が新たな技を放ったわ。これで5つ目ってことは、これで裕太の技は全部ってことね。
地面を突き破って草花が出現して、蔓や葉をあたしへ飛ばしてきて、攻撃してくる。これ、どういう概念なのかしら?
「まあ、木でも花でも斬り飛ばすだけなんだけど、ねっ!」
――漆黒の夜。その闇を纏う様なドレスを身に纏って、束ねた蒼の髪を風に靡かせ、宵闇の剣を振るう。
まさしく、「闇色の剣客」として、あたしは、【力場】を切っ先に集めて、一瞬で全てを切り落とした。
「なっ……!」
驚く裕太に、あたしはにやりと笑って切っ先を向ける。「ひっ」と怯む裕太の様子に笑いが増すなか、言う。
「これであたしの勝ちよね」
あたしの言葉に渋々頷いた。これで、あたしは終わったわよ?紳司はどうかしらね、って心配は無いでしょうけどね。
華音って子、お漏らししてなきゃいいけど……。いえ、それよりも、漏らしたものに興奮した紳司が変なことしなきゃいいけど。
え~、色々ありまして……。更新遅れて申し訳ありませんでした。