115話:一祓SIDE.GOD
市原家とは、大元をたどれば、俺のばあちゃんの実家である立原家に縁のある家だったらしい。俺もばあちゃんの実家についてはよく知らないが、とりあえず、神社などに携わる大きな家だったらしいな。
語源は「辰を祓い祀る」事から「辰祓」、転じて「立原」へと変わったといわれている。この字面から辰……即ち「龍」を祓う。龍祓いの一族では無いか、と推測を立てることは可能だが、この世界に龍血種も龍種もそうそういるとは思えない。それに、龍を殺せば、それ相応の呪いを受けることもある。
まあ、それゆえに、封じ祀ったのかもしれないが。
市原は、「魔を祓い、一にする」や「魔を祓い、一から作り直す」など諸説あるが、「一祓」になり、それが転じて「市原」へとなったらしい。
その話を、市原家に向かう道すがら、裕太から聞いたのだ。その話を聞いた姉さんは、何か訳知り顔でそれを聞いていた。
「なるほど、立原……。おばあちゃんの実家にして辰祓神社……いえ、今は立原神社だったかしら?
燦ちゃんの実家の九浄家、九浄天神とは提携を結んでいたし、親戚、ね。
つまりは、あたし等とも、遠縁の親戚ってことになるのかしら?」
姉さんがそう言った。まあ、ばあちゃんの家と親戚ならそうなるのか?
でも、親戚って言ったって、だいぶどころかめちゃくちゃ遠い親戚ってことにならないか?
「まあ、ウチの家系上、どちらも遠縁だけどね」
ん……?どちらもってどういう意味だ?ばあちゃんの親戚ってだけだろう?
「どういう意味だ?」
裕太は「親戚」発言に疑問を持ったらしく、俺達に問いかけてきた。俺は姉さんが答えるのを待つ。
「ん?ああ、あたし等のおばあちゃんは旧姓が立原なの。立原美園。それと、かなり前の先祖に九浄家の令嬢も居たから」
九浄の令嬢……?初耳だが、姉さんが知ってるってことは、姉さんの前世関係なんだろうか。
「なるほど、確かに、どちらもウチとは親類にあたるが、分化したのもかなり昔だから、ほとんど血なんて繋がっちゃいないだろうがな」
裕太がそんな風に言う。しかし、遠縁でも親戚みたいなものなんか?それにしても、まあ、つくづく、嫌になるほど縁と言うのはまとわりつくものだ。
「お、そんな話をしているうちに家につきそうだな」
裕太がそういう。どうやら、もうじき、市原家につくらしい。割りと楽盛館からは近いところにあるようだ。
「そういえば、1対1の3回戦って話だけど、3つの戦いを同時にやることになってる。ほら、この戦いって先に2回勝てば勝ちってわけでもないし、他人の戦いを見ててもあれだしな」
なるほど、一理ある。それに、俺みたいな能力は、人前で使い辛い。見られる人数は少ないほうがいいだろう。
「それで、対戦組み合わせはどうする?市原側は、華音が青葉紳司との対戦を希望してる。俺と結衣は誰でもいい」
ほぉ、カノンちゃんが俺を指名してきたか。まあ、大方、おっぱい揉まれた復讐というところだろうか?
「あたしはあんたで」
姉さんが裕太に向かって言った。なるほど、姉さんは、おそらく、一番強い、もしくは、一番火力が高い敵と戦いたいんだろう。だから、攻撃系の《人工古具》を持つ裕太に戦いを挑むのだろう。
しかし、そうなると必然的に、残る結衣さんと由梨果との戦いになるわけだが、由梨果の意思を確認したいな。
「由梨果、お前は結衣さん……隠密タイプの《人工古具》使いとの戦いになるが、構わないか?」
俺の問いかけに、由梨果は頷いた。まあ、おそらく断らない……いや、断れないのだろうと思っていたが。
「それじゃあ、まあ、俺とカノンちゃん、由梨果と結衣さん、姉さんと裕太って組み合わせでいいか?」
俺が最終確認的な意味で問いかけると、皆、了解、と言った雰囲気だった。蚊帳の外の研究者兼運転役の祭璃さんは無反応だったが。
「なあ、1ついいか?」
裕太が、俺に対して疑問の声を上げた。何だよ、一体?
逆に、何が知りたいのか疑問に思いつつ、俺は裕太の方を向いた。すると、裕太が不満そうな顔で言う。
「まあ、華音を『カノンちゃん』と呼ぶ馴れ馴れしさには百歩譲るとしても、結衣に『さん』付けしておいて、結衣よりも年上の俺を呼び捨てるのはどういうわけなんだ?」
いやいや、この男は、何て明らかな質問をしてくるんだろうか。俺は、裕太の疑問に即答する。
「お前が男だから」
俺の回答に、「あー、そういえば、こいつはこんな男だった」と呆れた顔になった。何だよ、文句あんのか?
「まあ、紳司はこういう子だから、気にしないで?」
姉さんが、裕太に言う。何だよ、「こういう子」って、何か俺が変な奴みたいじゃないか?!俺は少なくとも「感性」は普通だぞ?
「でも、女性でもそちらの方は呼び捨てじゃないか?」
裕太が言う。そちらの方とは由梨果のことだろう。まあ、確かに、呼び捨てなのは、何人かいる。
「ああ、この子、自分と同い年か、精神年齢が低い、自分に尽くしてくれる、謎の存在、以上の条件に1つでも当てはまると呼び捨てになるのよ」
そうだったのか?!自分でも知らなかったんだが、何で、姉さんがそんなことが分かるんだよ。
まあ、確かにそれが当てはまる気がする。
同い年で呼び捨てなのは、静巴、紫炎。
精神年齢が低いのは、秋世。
自分に尽くしてくれるのは、由梨果。
謎の存在は、タケル、七星佳奈。
こんな感じだろうか。年下の女の子には「ちゃん」を付ける。例えば、律姫ちゃんとかカノンちゃんとかな。おお、姉さんの推論は正しかったな。
「なるほど、天龍寺先生を呼び捨てにされているのは、そういう理由でしたか」
ああ、由梨果が理解している。つまりは、由梨果も秋世の精神年齢が低いと思っているってことだよな。秋世、何て不憫な奴なのだろうか……。
「天龍寺先生は紳司様に尽くしていらっしゃいますものね」
あれ、ああ、そういう意味で受け取ったのか。どの辺が尽くしてくれているのか……。ああ、タクシーとしてってことか。
「あいつは、精神年齢が低いから呼び捨ててんだよ」
呆れた声で俺は由梨果に言った。すると由梨果は、「もう、素直じゃありませんね」と言う視線で俺のことを見てきた。何だ、その生暖かい視線は……?!
「それで、まあ、その辺はどうでもいいだろ?
呼び捨てにする奴としない奴は明確に分けてるんだよ」
俺がそう言うと裕太が、何かを思い出すように俺の方を見ていた。どうかしたのだろうか。どんなに見ても呼び捨てのままだぞ?
「裕音は市原先輩と呼んでいたところを見ると、別に下に見ているわけじゃないんだな」
何だ、そこか。ユノン先輩は、……まあ、口にするときは市原先輩と言うように心がけているが、ユノン先輩と心の中では呼んでいるんだが、まあ、あの人は、年上で会長だしな。呼び捨てにする理由が無い。ミュラー先輩も同様だ。昔はファルファム先輩と呼んでいたが、本人じきじきにミュラーと呼べと言われたからミュラー先輩と呼んでいるが、呼び捨てる理由はないな。
他にも、見知らぬ美人の女性には、「さん」をつけて呼ぶな。久那さんとかがそうだったな。
「皆さん、もう、市原家です」
これまで話に入ってきていなかった祭璃が口を開いた。どうやら市原家に着いたようだ。仕方なく俺達は話を中断して降りる準備をする。
と、言っても大した荷物を持ってきているわけではないから、さほど準備らしい準備を無いんだがな。
そして、広い駐車場に車が停まった。俺は、シートベルトを外すために手をやると……
「あ」
「ぁん」
狭い中で手を動かしたせいか、由梨果の尻を揉んでしまった。ワゴン車とは言え、3人と荷物が同じ列に乗っているため、流石に狭かった。
「ちょっと、なんでこんなときにイチャついてんのよ?」
姉さんからの視線が冷たい。しかし、分かってくれ。決してわざとでは無いんだ。うん、揉み心地は最高だったが、決してわざとではない……はずだ。
「べ、別に自分は、いつでもシていただいて構いませんよ?」
由梨果までもが余計なことを言ってくる。しないっての。てか、シートベルトを外すだけで、何でこんなことになってるんだよ。
「ったく、そんなこと言ってないで、とっとと降りるぞ?」
ドアに近い順的には、レディファーストで姉さん、由梨果、俺と乗り込んだから俺が一番ドアに近い。ワゴン車で片側にドアがあるタイプだからな。
俺は、ドアをスライドさせて、ワゴン車から降りる。しかし、割りと長い間座っていた所為か、足を滑らせた。
慌てて左手で車内の取っ手を掴む。右手は車の外を彷徨う……かに思われたが、外にあった何かを鷲掴みにする。
俺が顔を上げると、そこには顔を真っ赤にして、わなわなと震えるカノンちゃんの姿があった。うん、なんとなく予測はついてたんだがな。しかし、まあ、何だ。透明に成ってなくても胸を揉んじゃうんだね、うん。
「あぁ……、まあ、その、ゴメン」
ラッキースケベイベント2連続。何なんだよ、まったく。俺は、数度揉んでから、手を離して態勢を整えた。
「まあ、不可抗力だよ。転びそうになったし」
と、俺がいいわけを言うと、カノンちゃんがジトっとした目で見てくる。何だよ、不可抗力だって言ってるだろ?
「胸を鷲掴みにしたところまでは不可抗力かもしんないけど、離す前に揉んだのは不可抗力でもなんでもないでしょ」
論破された。さらに蔑むような目で見られる。ゾクゾクした、いい意味で。いや、いい意味でゾクゾクするってどういうことだ?つまり、俺が変態ってことか。