114話:市原家SIDE.GOD
嫌なことを思い出して、少し空を見ながら気分を紛らわせていると、車の音が聞こえた。俺は、やってきた車を見る。青みが買ったワゴン車だった。その助手席に裕太の姿を確認して、俺はがっかりした。
いや、だってねぇ。高級車やリムジンで迎えにくるような他の家に比べて、この家ときたら……。
まあ、家、それぞれの特色があるし、俺達が3人ってのもあるんだろうけどさ……。それでも、もうちょっとなんかあるだろう?
まあ、いいか。どんな車でも移動できれば役割は果たせるわけだしな。尤も、こんな車よりも秋世の方がよっぽど使える。まあ、今回は秋世を連れて行くわけにも行かないしな。
……なんで、連れて行くわけには行かないんだ?
まあ、細かいことは気にしたらダメだな。同行人数までは言われていないが、戦うのは3人だし……。
車は仕方ない部分があるのかも知れないしな。例えば、紫炎は兄姉がいるとはいえ、《古具》使いであるから待遇が高いだろうし。律姫ちゃんも姉がいるとはいえ、どちらも《古具》使いではないが、あの場はパートナーの《古具》使いを捜してくる場だったのだから、俺を連れて来た律姫ちゃんの待遇は高くて当然だ。
一方の市原家は、3人とも当主候補ではない。《古具》使いではないし、《古具》使いを倒そうとしている。待遇が悪くても当然と言うことじゃなかろうか。
「3人目は、あの女ではなかったか」
ホッとしたような、されど不満そうな裕太の声。あの女、とは、おそらく七星佳奈である。しかし、だ、七星佳奈がこちらに居れば、確実に勝利できてしまうし、そもそも勝負にならない。
別に彼等に希望を残すわけではないが、七星佳奈は誘わなかった。てか、ぶっちゃけ、これ以上頼ると、俺も殺されかねないっていうね。
「不満か?」
俺は、裕太に問いかける。裕太は、苦笑と微笑の中間ぐらいの笑みを浮かべていた。何だよ、気持ち悪い。
「いや、むしろありがたい。華音にも彼女の強さを改めて聞いたからな」
そういえば、カノンちゃんも、天城寺との一件の際に巻き込まれて、七星佳奈の《殲滅の斧》の威力は知ってるんだったか。
それにしても七星佳奈ってのも凄い奴だよな。……凄い括りに単にぶちこんでいいのか疑問に思うくらいには強い。
流石は【聖騎士】だな。連星刀を持つ、ナナホシ=カナってだけはある。
「俺も、これ以上、彼女に頼ると殺されかねないからな。言っておくが、彼女とは利害の一致で共闘してるだけに過ぎないから、修学旅行が終われば、俺も殺される可能性はあるんだぞ?」
電車で見かけたときにも言っていたが七星佳奈は修学旅行を楽しみたいだけ、みたいだからな。修学旅行が終われば学校にすら来ないかも知れないけど。
「そうだったのか。まあ、あれほどの力を持つ者は、孤高になって孤立するものか」
などと裕太は言っているが、実のところ、七星佳奈の口からは、仲間の名前が幾度が出ている。例えば、「レイジ」って言ってたか?
まあ、異世界に大事な仲間達がいるんだろう。だからって、この世をおろそかにしていいわけじゃないが、そうだな、彼女はある種、飽きたゲームを仕方なくやっている感情じゃないかな。本来はこんなゲームやめたいのに、別の介入でやめることは出来ない。だから、クリアできるまでは、適当に過ごす。クリアが卒業なら、あと1年……いや、2年とまでは言わないが2年近い日々を適当に過ごすことになるんだよな。
それにしても、異世界、か。俺の前世も異世界にあった。そして、シュピード・オルレアナのように今もなお生きているものから、レルのように子孫を残したもの、そんな彼等はどうやって生きてきたのかや死んだものはどういう最期を迎えたのか、そんな思いがふと頭を過ぎる。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。俺は、頭の片隅にその思考を追いやった。
「意外と仲間は多いみたいだがな」
俺は裕太の言葉に、そんな風に返しつつ、ワゴン車の方へと向かう。当然、姉さんと由梨果を連れて。
「そうなのか?」
裕太も俺の言葉に答えながら助手席の方へと向かう。運転席に乗っているのは、20代の女性だ。市原の関係者なんだろうが、メイドとかお手伝いとかそういうのとは違う気がする。
「祭璃。すまないな、運転役を頼んで」
祭璃と呼ばれた女性は、裕太と俺たちに頭を下げる。その目は、どこか悲しげで、何かを心配しているような目だった。
「いえ、構いません」
彼女は、そう言って、裕太を見ていた。裕太は、その視線には気づいていない。なるほど、片思い、か?
「彼女は祭囃子祭璃。市原家に仕えてくれている《古具》研究者だよ。一時期は、アメリカのエリア51で研究をしていたこともある」
なるほど、秋世の同僚か。それにしては若いな。まあ、見た目と年齢が合わないのはよくあるから気にしたら負けか。
というか、凄い名前だな。祭囃子祭璃って。そんなに「祭」が好きか?
「私はあくまで裕太様に仕えている研究者です」
彼女は、乙女の瞳で裕太を見るが、裕太は気がつかない。ああ、こりゃ、典型的な鈍感野郎だな。
そんな目で裕太を見ていると、姉さんと由梨果が俺と裕太を睨んできた。何で俺までにらまれなきゃいかんのだ?
「おいおい、確かに《人工古具》計画の責任者は今は俺だが、俺に仕えてるってわけじゃないだろ」
あ~、なんて野郎だ。自分を慕って自分に仕えていると自称する女相手に、現実を突きつけるとは。
「……なんだ、その呆れるものを見るような目は?」
裕太が俺達に問いかけてくるけど、人の恋路にとやかく口を出すのはおせっかいが過ぎるだろう。口を噤む。
「いや、何、ただ、呆れているだけだ」
俺が肩を竦めながら返すと、姉さん達も呆れた様子で、裕太に言う。
「ええ、呆れているわよ。貴方達には」
「はい、失礼とは思いますが、呆れています。お2人には」
ああ、確かにそうだな。俺も祭璃と裕太には呆れるよ。そんな風に思って、2人を見ていると姉さんからジトッとした視線を感じる。
「分かってないから一応、言うけど、あんたと裕太に呆れてるのよ?」
え、どういうこと?何で、俺まで呆れられなければならないんだよ。俺は別に何もしてないだろ?
「それが分からないということは、紳司様も彼と同じ典型的な鈍感男、ということです」
由梨果にまでそんなことを言われた。訳が分からないんだが、俺が鈍感野郎だって?失礼なことを言う。俺は、しっかりと気づいているぞ?
例えば、……そう、あれだ、鷹月は姉さんのことが好きだろうし、明日咲先輩と櫛嵩先輩も好き合っている。ほら、鈍感じゃないだろ?
「あのね、自分に向けられた好意が分からないと鈍感なのよ?あんたが今、おそらく思い浮かべたのは、誰かが誰かを好きになってるって構図で、それを挙げて、『ほら、鈍感じゃないだろ?』とか思ってたんでしょうけど、自分に向けられた好意は分かってる?」
エスパーかっ?!
いや、俺達はある種エスパーみたいなものだが、心を読み取る《古具》を持っているわけじゃあるまいし。
「いや、なんとなく分かってるぜ?
静巴とか、秋世とか、ミュラー先輩とか、市原先輩とか、紫炎とか、律姫ちゃんとか、それと……由梨果もそうだな。
これでも一応、俺に向けられている好意の視線くらいは受け止めてんだぜ?まあ、あと、このメンツって、俺との恋愛の噂がメッチャ立ってるんだよな。由梨果はまだだけど、まあ、親しくなったのが今日だからなぁ……」
俺が言うと、頭を押さえてる姉さん。何だよ、鈍感じゃないだろ。どうしたんだよ、もう。
「市原先輩って……、まさか裕音を誑し込んじゃいないよな?」
裕太からの視線が痛い。しまった、失言だったな。裕太の前でユノン先輩の名前を出すんじゃなかった。
「黙秘しよう」
黙秘……沈黙は「はい」と同義である、とはよく言ったもので、つまりのところは誑し込んだということである。
「お前なぁ……」
つまりは「Yes」であると理解した裕太が、俺を睨んでいた。まあ、これは睨まれてもしかたないか。
「てか、その辺は分かってて分からないようなフリしてんの?」
姉さんに指摘された。いや、別に分からないようなフリしてるわけじゃないんだがなぁ……。
「いや、別に、好かれてるのは理解してるしなぁ……。まあ、静巴は前世関係かも知れないし、秋世や由梨果は教師としての生徒にたいする愛情みたいなもんだろうし、先輩2人は弟を可愛がってるようなもんだろうし、他の2人は助けられた恩みたいなもんだろ?」
俺の発言に、「そこよ、そこ」みたいな視線を姉さんが向けてきた。何のことだろうか、さっぱり分からない。
「裕太よりもよっぽど性質が悪いわよね……」
何でそんなことを言われにゃならんのだ。俺は、肩を竦めて、訳の分からないことには目をつぶることにした。
「と言うか、本当に姉弟か、お前等は。ウチの兄弟姉妹でも、この年でそこまで仲良くないぞ?」
裕太が俺と姉さんに、そんなことを言う。いや、本当に姉弟だよ。まあ、仲がいいのは認めるけどな。
まあ、一緒にシャワーを浴びる姉弟なんて居ないって言われたし、そう言うところが、一般とは違うんだろうが、俺にとっては普通だしな。
「ああ、もう、一向に、話が進まんな。とりあえず、とっとと家に向かおう」
裕太がそう言った。そう言えば、まだ、車が動いてなかったな。結構時間を食ってしまった気がする。