108話:落日SIDE.YOU KNOWN(HAPPY MELODY)
私は、市原裕音。千葉県三鷹丘市にある三鷹丘学園高等部の生徒会長よ。あ~、うん、ごめんなさいね。長らく出番がなかったものだから……。
と、そんな話はどうでもいいわよね。
少し……昔話をしましょうか。そう、私が、この学園……もっと言えば、三鷹丘に来る前の、子供の頃のお話を。
それは、私が中学一年の頃の話で、そして、まだ、私が京都に居ても幸せだと思っていた頃の眩い日々の記憶。
中学一年の頃の私は、《古具》に目覚めて、市原家の当主候補筆頭としてちやほやされて調子に乗っていたのよ。
「裕音ちゃん、寒くなぁい?」
そんな風にのほほんとした口調で、私を心配するのは、私の優しい母、市原結音。とても優しく、とても美しい人で、私の憧れでもあったわ。
母もまた《古具》使いで、父よりも《古具》の知識がある博学で、のほほんとした口調からは考えられない運動能力を持って、まさしく文武両道才色兼備を体現した人だった。
そんな母に憧れ、母のようになろうと努力をしたわ。でも、まあ、母みたいになろうと焦るうちに、のほほんとするのは無理だったからせめて文武両道になれるように心がけただけだったけど。
母の《古具》は《黎明の黄王》と言う武装系統のものだったわ。私が見たのは一度きりだったけど、大きな剣を出す能力だったわ。ただ、普通の剣とは違って、どことなく機械的な剣で、母が振るうと眩い輝きを放つ綺麗な剣だったの。ただ、私が持たせて持って振っても光りもしなかったわね。
母は、その剣のルーツをどことなく知っているようだったけれど、それこそ博学のなせるものなのか、母の実家が関係しているかは終始分からなかった。
今、「母の実家」と言ったけれど、私は母の実家のことを一切知らないのよ。旧姓も、場所も、国内外のどちらかだって知らないわ。ただ、くすんだカールのかかった茶髪は、染めたものらしく、本来の色とは違うようだった。それに関して、母はよく、こう漏らしていたわね。
「ほんとぉによかったわぁ。わたしの髪色が遺伝しないで」
母の髪色は私にも、兄にも姉にも妹にも遺伝はしなかった。全員、綺麗な黒色の髪を持って生まれたのよ。ただし、私には母の癖っ毛が遺伝したみたいで、毎朝、悪戦苦闘しているけど。
そんな強くて、優しくて、憧れの母の訃報を聞いたのは、私に心配して声をかけてくれた日から数週間後のある日だった。
私が中学校から帰ってくると、家中が慌しく、最初は情報もロクに得られなかったけど、その日の夜には母の死を知ったのよ。
……泣いたわ。それはもう、わんわんと。今の上辺の私を知っている人からしたら「信じられない」と思うかもしれないわ。まあ、ミュラーみたく、私のことをよく知ってる人なら納得するかも知れないけど。
泣きじゃくって、泣きじゃくって、そして、もっと強くなることを決意したわ。母のように、母よりも、ってね。
まあ、それで済めば、単なる訃報で済んだ話だったんでしょうね。まあ、その後も色々とあったのよ。
まず、母の遺書、何てものはなく、遺産は分配された。まあ、その辺は妥当だったわよね。ただ、母の遺品の中の1つを私に渡すよう、生前に父に頼んでいたらしく、私はそれを受け取った。
それは、ピンバッチの様なもので、制服か何かのボタンだったものだと思われるんだけど、中心のマークとなっているのは、よく分からない文字で、文字かも分からないのよね。
そう言えば、今になって思い出すと、父は、母について、たびたび妙なことを口にしていたわ。
「極東の害蟲狩人、【桃色の覇王】も親となっては形無しだな」
とか言ってた気がする。どこかで、武道でも極めていたのかも知れないわね。
ああ、父は、市原裕蔵。裕蔵の「裕」の字と結音の「音」の字で「裕音」。私はそう名づけられた。
そして、その遺品は、今も、私が大事に持っているわ。母の思いの籠った宝を……。
母の訃報により、関東にある小学校に通っていた分家の市瀬亞月君が京都の市原家に戻ってきたのよ。
亞月君だから「亞っくん」って呼んでたっけ。懐かしいわね。
「おっす、久しぶりやね」
亞っくんは、黒髪で元気のいい……元気の良すぎる少年だったわ。私の1つ下で、《古具》には開花してなかったけど。
分家は、いまや市瀬だけとなったけど、そもそも市原家って言うのが分家と言うか、ある家から分離独立したものだから分家も何もないんだけど。
市原家の根源は「一祓」から来ているといわれているのよ。「魔を祓い、一にする」と言う言葉。
大本は「立原家」。立原家も元は「辰祓」と言う「辰を祓う」……龍殺しの一族だったと言われているわ。その龍殺しから、あるとき魔龍を殺したことを切欠に「一祓」に分離したらしい。
市瀬は、「一殺」、「魔を殺して、一にする」から名が変わって「市瀬」になったといわれている。
と、言うわけで、亞っくんが帰ってきてからは、亞っくんの向こうでの幼なじみの馬鹿な双子の姉弟の話を聞いたり、向こうの建物の話を聞いたり、楽しい時間と共に、私は母を失った悲しみを少しずつ癒していたのよ。
ただ、その日々も長くは続かなかった。
《人工古具》計画。兄である市原裕太が責任者として取り仕切っていた計画であり、前責任者は母だった。母は、《古具》を持たずして生まれた3人の子供のために、《人工古具》を造ろうと考えたのよ。しかし、母は、試作の物を使って死亡したわ。
亞っくんが呼び戻された、真の理由はその《人工古具》計画の被験体としての役割があったからなのよ。もちろん、市瀬家は了承していたし、兄は反発したけれど、自分達の命には変えられなかった。
そうして、3つの《人工古具》の試作のうち、《影に形は無い》を姉の結衣が、《守りは命》を妹の華音が、《五行は我が手に》を亞っくんが実験することになったのよ。
成功は2つ、失敗は1つ。そう、《影に形は無い》の実験と《守りは命》の実験は成功した。
しかし、《五行は我が手に》の実験は失敗だったわ。ただ、即死ではなかったの。母は使った瞬間に死亡したらしいけど、亞っくんは、生きていた。
「うぉぃふ」
謎の言葉を発しながら、亡霊か、妖怪の如く、覚束ない足取りで、ふらふらとさまよい歩くようになった。
そんな彼が、一度だけ、言葉を発したことがあったわ。
「殺してくれや」
と、そんな言葉を。もちろん、私は反対した。しかし、殺さざるを得なくなった。このままなら、いつ、人を襲うかも分からないからだ、と言う。
「亞っくん……」
私は亞っくんを見て、悲しい気持ちと共に、自分の家への憤りを感じるようになったのよ。そして、時が来た。
もはや、完全に自我を失い化け物となっている亞っくんを前にして、私は、悲しみを押し殺すように己が《古具》を呼ぶ。
「《破魔の宝刀》」
白色の柄と円柱状になり宝石が散りばめられた鍔、まるで白銀のように白い刀身。魔と対になるだけはあって白を基調とした美しい刀よ。
「ごめんね」
私は、泣きながら、亞っくんに、その刀を刺した。すると亞っくんは、跡形もなく光となって消え去った。寂寥感だけが心を支配して、私はまた、泣いた。
今でこそ、たんたんと語っていられるけど、中学生の頃のあたしは、それは酷く荒れていたわね。
そうして、私は、この一件で、この京都を出る決意をして、亞っくんが昔いたという三鷹丘に行くことを決め、今までの貯金と母の遺産で、三鷹丘で独り立ちする、と父に告げた。
「いいのか、本当に」
それだけだった。止めるのではなく、いいのか、と確認するだけ。それが父の在り方だった。きっと、今もそうなんでしょうね。
「うん。もう戻らない。全部自立するから大丈夫」
私はそう断言して、家を出た。それが、中二の春。しばらくは、鷹之町第一中学校に通って、《古具》の件があるから三鷹丘学園を受験して、成績面も問題なく、《古具》を持っているから、と言う理由で普通に合格した。
そうして、私は、三鷹丘学園で、1人の女とであった。後に親友となる、金髪の美人、ミュラー・ディ・ファルファムと。
私の運命の歯車は、ぐるぐると廻り、後輩との出会いを果たす。
青葉紳司。まるで、漫画に出てくるような、そんな整った顔立ちと、全てを見透かすような聡明さを持ち合わせた王子様の様な彼。
一目見た、その瞬間から恋に落ちた、彼の容姿に、彼の優しさに、彼のちぐはぐさに、彼の全てを好きになったわ。
ただ、親友とも言える存在になったミュラーも、彼に惚れた。彼のクラスメイトになった花月静巴と言う少女も彼が好きなのは丸分かりだったし。
そう、だから、私は、彼から身を引くことも考えたわ。でも、なんとなく、彼から手を引くのはダメな気がしたのよね。
だから、私は……。今、この三鷹丘の地から、忌まわしき京都にいる最愛の人物に思いを巡らせている。
――どうか、無事で居ますように
と。
タイトルのYOU KNOWNは「ユノン」から来ています。
またHAPPY MELODYも「裕=『裕福』=HAPPY」「音=MELODY」です。
(修正)
「茶髪の髪を持って生まれた」とか言ういろんな意味で矛盾してる部分があったので修正です。
まず茶髪の髪って重複、そして、市原家は黒髪と言う、ね。