106話:4日目SIDE.GOD
突然ですが、イチャイチャタイム!
とそんな切り出しかたで悪いが、俺は今からイチャイチャしたいと思っている。相手は誰かと言うと、難しい年頃の乙女代表、花月静巴だ。
現在時刻は夜の……もしくは朝の、と言ってもいい3時だ。おやつの時間ではなく夜中の3時だぜ?
はい、では、何故、俺が突然にも、そんなことを言い出したか、と言うことを説明しようではないか。
まず、1日目、一緒にベッドに押し倒してキスしたり、シャワーを一緒に浴びていい感じになった……が、些細なきっかけで仲たがい。
2日目、ギクシャクと過ごして、その夜、秋世と共に過ごした。
3日目、秋世とのことがバレてる。
さて、この状況で、俺は静巴との信頼を取り戻したいのだ。だからこそのイチャイチャタイムである。
さて、ではダイブ・トゥ・静巴のベッド。静巴のベッドにもぐりこもうじゃないか!
――もぞもぞ
静巴がまさに寝ているベッドに潜り込む。すぐそこには静巴の小さな体があった。くぅーくぅーと可愛らしい寝息を立てて、少しばかり垂らしている涎がチャームポイントだ。
今日も俺が帰ってこないと踏んでか、それとも俺が帰ってくることが分かっていてなのか、下着姿で寝ている。
今日の静巴の下着は、白のフリルがあしらわれたブラジャーとパンツだ。中々に清楚な感じで静巴に似合っている気がする。
しかし、こうしてみると、本当に可愛いよな、静巴。
閉じられた瞳は分からないが……長くまっすぐ伸びた睫毛。少々水がついているように見えるのは、欠伸によって出た涙か、否か。
シャワーを浴びてからロクに乾かさずに寝たのか、髪がまだ湿っている。艶のある髪はシーツへと垂れ、可愛い顔の一部を覆っていた。その髪からは、仄かにシャンプーの香料であろう薔薇の香りがする。
ぷっくりとした唇は、リップクリームを塗ってから寝たのか、つやつやとした可愛らしい唇だった。
無防備であどけない寝顔は、普段の丁寧な口調で堅苦しい雰囲気の彼女とは違い、子供らしく愛らしい、素の彼女を見て取ることが出来た。
きちんとつけていなかったのか、ブラジャーのストラップが緩んでいて片方が肩へと引っかかっている。
パンツも半分ズレて半分ほど可愛らしい小さなお尻が姿を現していた。小尻でとても綺麗なお尻だった。
色白の肌は、夜の暗がりで怪しく見えた。月も星も見えない暗い夜に、僅かな灯りのもとに浮かび上がる白の肌は、まるで夜の街の遊女の肌のようにも、高貴な女性が見せた稀な肌にも見える。要約すると妖艶だと言うことだ。
今にも襲ってしまいたくなる可愛さと妖艶さ。この2つは、俺は決して相容れないものだと思っていたのだが、2つを同時にもつ天使とも小悪魔とも表現できる女性が目の前に居た。
「静巴……」
俺は、寝ている静巴に覆いかぶさる。静巴の小柄な肉体が、俺の体の下にすっぽり収まってしまった。
床ドンって言えばいいのか?
……女性には伝わりやすいと思うが、女性を床に押し倒すような行為であって、決してムカついたりイラついたりして床をドンドン叩くことではない。
「んぅ……ぅん?」
そのとき、静巴が身をよじらせて声を漏らして、――目をパチクリ。一瞬、俺のことを確実に目で捉え、焦点のあっていないトローンとした目で……
「しんじぃ~」
凄く甘えるような可愛らしい声で、俺を思いっきり抱き寄せて、唇を無理やり重ね合わせてきた。
「んんっ!ん!」
流石に予想外の展開で、俺は慌てるが、口がふさがれて声は出ないわ、抱きつかれて上手く動けないわで大変なことになっている。
この甘え方……静葉の甘え方と一緒だ。ベッドに強引に連れ込むときとか、特にこの方法で連れ込まれたものだ。
「信司……」
……?!
今の、呼び方は……。静葉が、……七峰静葉が、六花信司を呼ぶときの言い方だ。間違いない。微妙なイントネーションの違いがある。
「静葉?」
俺は、寝惚け眼の彼女に問いかける。すると、静巴は、こちらを見て言うのだった。
「会いたかった、信司」
とそう言った。間違いない、彼女は……花月静巴は、七峰静葉だ。その確信を、たった今、得ることが出来た。
「静葉っ!」
俺は、静巴を……もとい静巴の体の静葉を抱きしめた。いや、すでに抱きしめられていたので、抱き返すというべきか?
『御2人とも、夜戯の最中、申し訳ありません』
唐突に声を上げた【神刀・桜砕】にビックリした俺と静葉。何だよ、急に。
「あら、桜砕……なの?喋れたっけ?」
寝惚けている所為で、記憶があやふやなようだけど、かつての【神刀・桜砕】は喋らない普通の刀だった。
『お久しぶりです、静葉様』
律儀に挨拶をする刀だな。それで、何の用だ?無意味に声をかけてくるはずがないもんな。
『現在、おそらく、外に3名ほどの敵対者の気配があります』
3名?市原家かっ?!
「面倒ねぇ……。行くわよ、桜砕」
そう言って半脱ぎかけの下着姿で外へ出て行こうとする静葉を俺は慌てて止める。流石にまずいっての!
「あぁ、そうね……」
適当にその辺のハンガーにかけてあった制服を取って、いそいそと着る静葉。静巴がハンガーにきちんとかけていたんだろうけど、勝手に着ていいのか?
まあ、本人同士なんだからいい……のか?
「さってと」
未だ、寝惚け眼ではあるが、制服はキチンと着れている。ただし、静巴がきちんとタイまでしているのに対して、タイをせずに、スカートも折って短めにしている。しかもボタンも何個か空いている状態で、かなり着崩してる感じだ。
「行くわよ」
腰に【神刀・桜砕】を提げ、俺に向かってそういう様子は、かつての静葉にそっくりだ。ただし、身長と胸がちょっとばかし足りないが。
「ああ」
俺と静葉は、気配を消して、廊下に出た。無論、鍵となる電子キーは俺が持った。電子キーをポケットに入れつつ、静葉の後を追う。
俺と静葉は、楽盛館の外へと出た。そこには、3人の市原家の人間、裕太、結衣さん、カノンちゃんがいた。それと……
「姉さん?」
随分とラフな格好をした姉さんがいた。てか、何で静葉といい姉さんといい、何でそんな露出高めなんだ?
「あら、紳司と花月ちゃん……、いえ、花月ちゃんじゃないわね、誰?」
お、流石は姉さん、静巴が静巴ではなく静葉であることを見破ったな。それにしても、何で姉さんがここに……って、ああ、帰ってきたところってことか。
「姉さん、こっちは、七峰静葉。俺の前世の嫁」
姉さんに静葉の説明を簡素にする。そう、俺の嫁だ……まあ、俺と英司の嫁なんだけどな。
「ああ、そう。ふぅん、夫婦揃ってるだけいいじゃない。あたしなんて夫がどこにいるのやら。いるのかも分からないわよ」
夫ね。姉さんの夫ってどんな人なんだろうな。まあ、まともじゃないことは確かなんだろうけど。確か……零斗と燦ちゃんって言ってたな。まさか、な。
「心当たりはあるけど、その話はまた今度な」
俺と姉さん、そして静葉は、正面の3人を見る。
「あっそう。うんじゃ、来い【宵剣・グラムファリオ】ッ!」
姉さんの衣装が黒のドレスに変わって、手元に漆黒の剣が現れた。……なんだ、あの剣。俺の知らない剣だ。打ったのは誰だろうか……って、そんなことを気にしてる場合じゃなかったな。刀鍛冶の血が騒いでいかんな。
「行くわよ、【神刀・桜砕】」
静葉も刀を構えて、そう言った。
「《無敵の鬼神剣》!」
俺も剣を出す。さて、こっち3人は戦う準備万端だぜ。