104話:天姫谷SIDE.D
天姫谷家。京都を古くから治める京都司中八家の一角にして仕来りを重んじる頑固な家。その家では、力を持って生まれた者こそが強者であり、力を持たずして生まれた者は弱者と言われるわ。
強者。強き者。弱者。弱き者。生まれながらにして、その優劣を明確に分けられる。早く生まれようと遅く生まれようと、力の有無が全てを決める。
それが天姫谷家における絶対のルールである、とね。
さて、でも、あたしは、そんなルールが大嫌いなのよね。力の有無で優劣が決まるなんて非合理的なことは生理的に無理よ。
力がなくとも知恵はある。知恵はなくとも力はある。はてさて、この2人が戦ったらどちらが勝つかしら。正解はどちらとも、勝つし、負ける。どちらともいえないのよ。
だから、力があろうがなかろうが、知恵をつければ同等に成れる、ってわけよ。まあ、尤も、あたしや紳司からすれば、結論的に、力を持って生まれ知恵をつけた方が勝つ、と言う結果になったけど。
まあ、てな訳で、あたしは、天姫谷と言う家が嫌いなわけよ。
仕来りに自ら縛られる者は、仕来りで周りも縛ろうとするわ。されど、自ら縛られる者と他人による強制で縛られる者には決定的な意識の違いがあるのよ。
自らの意思で仕来りに従うものは、仕来りに対する反発心など持つことはなく、仕来りを守ることを大儀とする。
自らの意思ではなく仕来りに従わせられるものは、仕来りに対する反発心を持って、仕来りを壊そうとする。
そもそものところ、人と言うものは、強制されると逆らいたくなる、って心理を持ってるのよ。ほら、例えば、「勉強しなさい」と言われて強制されると萎えてやる気なくなるでしょ?
そういうことよ。だからこそ、縛られると反発したくなるってことよ。今の龍馬や螢馬がその反発ってこと。
「《天麗外装》……ね」
あたしは、天姫谷家についてすぐに迎えに来た女性を見て、そう呟いた。おそらく、護衛か何かの役割であって、龍馬、螢馬の母ではなさそうな女性だ。黒い服で身を固めてサングラスで目を隠している。
「いえ、この場合は《典礼外装》かしら」
彼女は、おそらく人間ではないわね。前世の経験談ってやつよ。十中八九、亜人族系統。
そんな彼女は、あたしのことを見て凄く驚いた様な顔をしていたわ。まあ、《天麗外装》と《典礼外装》のことで驚いてるんでしょうね。
確か、亜人で不在の王が居たわよね……。あれは、確か……
「なるほど、鉄工族の女王、アビニス。貴方なのね」
アビニス・フェル・ドワーフト。彼女も一種の化け物よね。とある世界の種族の王に与えられる《天麗外装》と《典礼外装》。それを持つ彼女は、最強に類するでしょうね。
「ん、亞火のことを知っているのか?」
亞火ね。まあ、偽名よね。でも何で偽名でもぐりこんでいるのかしら?別に偽名じゃなくてもいい気が……。ああ、天姫谷みたいな仕来り塗れでしかも京都の和を重んじそうな家に外国人の名前はダメか。
「貴殿は……っ!闇色の剣客。まさか、貴殿はただの人間のはず。だいぶ昔に異世界の偏狭に住んでいた貴殿が未だ、なお、健在のはずはあるまい」
相変わらずの喋り方で安心したわ。偉そうで、しかし、あたしのことを「貴殿」と呼ぶ彼女。
「アホね。本人な訳ないでしょ。11代先の子孫に転生したのよ。そんくらい察しなさい」
まあ、相手が王族だろうと護衛だろうと口調は変えないわよ、あたしはね。しかも、知り合いともなれば、絶対にね。
「なるほど、そういうことか。貴殿の活躍は耳に届いていたがある日を境に途切れて気にしていたが、死して転生とは……」
いや、活躍の消えたのは、きっと……。いえ、まあ、いいわ。そんな話よりも、とっとと、この家の件を片付けたいんだけど。
「そういえば、貴殿の噂が消えてから零祢と言う殺し屋が有名になっていたが知ってるか?」
零祢、ね。そら、もちろん知ってるわよ。七夜零祢。あたしと零斗の子供だもの。
「ええ、知ってるわ」
鼻が高いわよ、あたしもね。息子が有名になってくれたんだもの。まあ、今となっては先祖に他ならないんだけどね。
「やはり殺し屋としては、敵対者は調べる、と言うことか?」
そんなアビニスの疑問にはスルーして、とっとと家に上がりこむあたし。
純和風の平屋のため、あたしのドレスはすっごく場違いで、浮いていたけど、まあ、気にしないことにしましょ。
「なんで亞火のことを知っていたんだ?」
螢馬がそんな風に問いかけてくるけど、まあ、前世だ、何だって言うとややこしいわよね?
「ちょっとした知り合いよ」
その説明で充分よね。事実みたいなもんだしね。友だちでもなんでもなく知人だったし、この説明が一番ピッタリでしょ。
「ちょっとした知り合い……?」
少し疑問を感じながらもスルーした螢馬。まあ、そんなことはどうでもいいわよね?それよりも、割りとこの家、大きいわね。
結構な距離を歩いて、1つの大きな部屋に到着したわ。もちろん、和室なので障子で区切られているわね。
そして、障子を開けてに、目に飛び込んできたのは、40になってるかなっていないかの中年おやじと、その横に控える女性よ。
おそらく龍馬、螢馬の両親だろう。特におっさんのほうはむかつく顔をしている。あれね、汚職貴族とかと同じ臭いがするわ。
「ほぅ、お前が、螢馬の言っていた《古具》使い、か」
何とも口が悪いことね。まあ、あたしも人のことを言えた義理じゃないけどさ。それにしても偉そうね。
「ふむ、して、どんな力だ。言ってみろ」
しかも上から目線。超ウザイわね。こんなんが自分の父親ならとっくに殺して埋葬してるレベルよ?
「そんなに知りたいのなら、お試しになってみます?」
あたしは、珍しく丁寧な口調で、声に上品さを醸し出して言ってみた。媚びるときに使える、と前世で近所の婆さんに教わったのよ。
「ハッ、小娘風情がワシの力に勝てると思ってるってことでいいのか?」
小娘って言われるほど小娘じゃあないんだけどねぇ。まあ、この老害はとっとと駆逐したほうが世のためね。まあ、老害って程「老」ではないわね。害ではあるけど。
「いえいえ、ご冗談を。貴方のような方に、私風情の力が通じるわけがないではありませんか」
あたし、ではなく「私」と言って鳥肌立ったわよ。ゾッとしたというかゾワッとしたというか。
「ハハッ、己の力量を弁えた小娘か」
己の力量は弁えてるわよ?そう、あんたなんか、足元にも及ばないってのよ。でも、これで、こいつが己の力量を弁えてないのが分かったわね。
「ですが、学ぶ心は忘れたくはないと思っていまして、後学のためにも貴方の様な方の力を見ておきたく思いまして」
まあ、ぶっちゃけ、適当に言って、コイツと戦って、ボコボコにしてやりたいってだけなんだけどね。まあ、そんな簡単にノるわけないのは分かってるけど。
「フッ、よかろう」
あ、馬鹿ね、コイツ。それとも慢心かしら。まあ、どっちにせよ……どっちともにせよ、戦えるってわけじゃない。
「では、向こうの道場を使おうじゃないか」
そう言って、道場であたしの力を見ると同時に相手をしてくれるそうよ。さて、と一体どんな力を使うのかしらね。こんだけの自身ってことは螢馬の《刀工の呪魔剣》よりも強い力なんでしょうね。
「一応、言っておくが、加減などするなよ。己の力を弁えて、全力をだせ、小娘」
道場に移動する前に、そう睨むように言う。ったく、何なのよ。アンタこそ、己の力量を弁えろっての。
天姫谷萬馬。天姫谷家の現在の当主にして《古具》使いらしいわ。これは、道場に行く道すがら龍馬と螢馬に聞いている話ね。
その能力は、螢馬も知らないらしいわね。でも《刀工の呪魔剣》を「ゴミみたいな力」と一笑したらしいわ。
天姫谷呪里。一昔……だいぶ昔のヤンキー辺りが考えそうな名前よね、ほら「夜露死苦」みたいな。
その呪里さんが2人の母よ。おっぱいが小さいけどお尻が大きいことがコンプレックスらしいわ。あと、夜の方はあまり萬馬が激しくないので、欲求不満らしいわ。龍馬が襲われかけた、って言ってたし。
また、呪里さんも《古具》使いらしいわね。
《愛情の逆鱗》。欲求不満なのもこれが関係しているらしいんだけど、人からの視線や感情を全て「愛情」に変換してしまうらしいのよ。特に視線なら特定の部分、感情なら特定の感情が最も大きく変換されるってね。
視線ならお尻に向けられたもの。感情なら劣情。それが愛情と色情に変換されてしまうのよ。本人の意思とは関係なくね。
つまり、お尻見られたり、劣情をもよおされたら、エロッエロな気分になっちゃうってことよ。
……ねぇ、この《古具》って何のためにあんのよ?エロッエロな気分にする《古具》を何のために作ったの?。意味分からんわ。