102話:待ち合わせSIDE.D
あたしは、静かに息を吐く。星が隠れ、月すらほとんど見えない暗い夜だ。真っ暗な空はあたしの好きな空。暗殺に最も適した最高の日だから。
――漆黒の夜。その闇を纏う様なドレスを身に纏って、束ねた蒼の髪を風に靡かせ、宵闇の剣を振るう。
それが、あたし。「闇色の剣客」と謳われた八斗神闇音の歌い文句。全てを闇に葬る暗殺者が大量に居た時代に、最高峰の暗殺者として名を連ねるも、「暗鬼十傑」への参加を拒否した稀代の気分屋って言われてたっけ?
ああ、「暗鬼十傑」ってのは、今言った暗殺者の時代を代表する10人の暗殺者のことよ。
「鈍色の長銃」、「黒色の十字」、「死色の銀銃」、「無色の無名」、「十色の暗器」、「血色の兵器」、「瑠璃の姫君」、「苦色の針金」、「紫色の毒蜂」、「愛色の淫婦」の10人ね。
こいつら、それぞれ得意武器があって、しかも殺し方も特徴的ってのが最大の特徴よ。例えば……。
「鈍色の長銃」。超長距離精密射撃によって必ず相手の眼を狙うことが特徴。遠距離で眼を撃たれたら犯人がコイツってすぐ分かる。
「黒色の十字」。黒いハサミを武器にしているのよ。そして、必ず相手を殺してそこにハサミを十字型にして突き刺して消える。黒いハサミが刺さってたらコイツね。
「死色の銀銃」。銀の弾で相手を殺す。例え相手が人間でもね。その弾のことを「ホーリー」と名づけているようだけど。
「無色の無名」。こいつはさっぱり分からん。誰の記憶にも残らないし、どうやって殺しているのかも分からない。死体を見てもさっぱり分からないのよ。
「十色の暗器」。こいつは馬鹿ね。えと、剣、銃、毒……などなんでも使えるくせに、全ての死体に自分の持てる全ての殺し方を使用しているっていうね。どれか1つにしとけば、別人の犯行かも、って思わさせられるのに。
「血色の兵器」。確か、どっかの大陸で作られたロボットだとかなんとか。本来は人間に危害を加えないように設定してあるのを改造したとか。本当は、自分独自の物をを作るための研究素体だったんだけど、無理に弄ったら暴走して殺人するとかどうとか。色々噂があるのよ。
「瑠璃の姫君」。こいつは、なんでも指を鳴らすだけで凍死させられるとかどうとか。どんな気候でも関係なくね。
「苦色の針金」。どんな侵入困難な場所でも鍵を開けて入り込む鍵開けの天才。そして、殺しの手口も針金を頚動脈に刺すという手口。
「紫色の毒蜂」。毒殺のプロフェッショナルで、彼女の使う毒は、何の痕跡も残さないことで有名よ。後でどうやって鑑定しても毒は出ないっていうね。
「愛色の淫婦」。ハニートラップからの殺害を得意とした暗殺犯。ハニートラップは、向こうの方が勝手にアリバイ工作をしてくれるので楽だ、とか聞いたけど、あたしは面倒なのでやったことはないわね。
この「暗鬼十傑」の様な暗殺者たちは、剣帝大会……古くは剣舞大会の時代から発展していった輝かしい剣の歴史が生んだ暗い闇の産物なのよ。
剣王、剣帝と言った輝かしい称号で讃えられる「武」や「美」としての剣。それとは逆に、「死」や「悪」といった意味での剣。薄れていく後者の剣を求める者達の集まりこそ暗殺者の生まれたきっかけだといわれているわ。
剣帝の多くいるあたしの家系とは無関係ではないのよ。と、言うより、剣帝の大半は「蒼刃」の関係者なのよ。
あたしのおばあちゃん、七峰静は二代目剣帝で、その母さんと父さんは、初代剣帝と剣王だし、婚約者は三代目剣帝の蒼刃蒼司。あと口伝でしかないけど、その蒼刃蒼司のおばあちゃんが四代目剣帝らしいわね。それでもって、あたしの父さんと蒼子さんが七代目剣帝で、蒼子さんの夫の六花竣さんが八代目の剣帝なのよ。さらにその竣さんのお母さんは、父さんが憧れて大剣使いになるきっかけを与えた五代目剣帝、五威堂弓歌さん。
と、こうも馬鹿みたいに剣帝がいるのよね、うち。剣帝の一族、なんて言われるのも無理はないわね。
尤も、あたしも光も剣帝なんてのには興味なかったから剣帝大会には出てないし、あたしは、裏方の方が似合ってるからね。
【宵剣・ファリオレーサー】。あたしの愛剣。この剣を持って、全てを伏せる……。そのためにあたしは……。
あたしは目を覚ました。くらくらとする頭を押さえながら時計を見た。どうやら寝ちゃったみたいね。ったく、これから龍馬との待ち合わせだってのに……。
カーテンを閉め忘れたのか、夜なのに外のよく見える窓の外は闇に呑まれていたわ。無論、多少の灯りはあるけどね。各部屋や、玄関、周りの建物から漏れる灯りがね。それでも星も月も隠れるほどに暗い雲が空を覆った夜だったわ。
あたしは、かなり心地のよい気分になりながら、はやてを起こさないようにカーテンを閉めて、鍵を持って部屋を出たわ。左上で髪を結いまとめて、着慣れたパーカーを羽織り、外に出る。
今、ズボンはデニムのショーパンと黒のニーハイ、上はパーカーって感じの格好ね。まあ、ラフな格好ではあるけどね。とても他所に結婚の挨拶に行くような格好には見えないっしょ?
「さぁてと、家潰しとまいりますか」
ニヤリと笑いながら、あたしは「楽盛館」を出た。すると、そこには、既に龍馬と螢馬が待っていたわ。
「チーッス。元気してたぁ?」
ちょっとテンションの高い軽い感じで2人呼びかけると、2人が残念なものを見るような目でこっちを見てきたわ。
「もうちょっと服装はどうにかならなかったのか?」
と男性の様な口調で聞いてきたのは龍馬……ではなく螢馬の方よ。見た目は女の子っぽいのに、どうして口調がこうも残念なの?
「いいじゃないのよ。しゃあないでしょ?修学旅行に正装もってこいっての?」
あたしの文句に螢馬はやれやれと肩を竦める。何よ、文句があるのかしら?
「せめて制服くらい持ってこい」
ああ、制服なら、まあ、最低限の礼儀を備えていることに……なるのかしら?まあ、なるんでしょうね。
「残念。うちの修学旅行、私服なのよ」
正確には私服でも可、だけどね。いや、ぶっちゃけ、あたしは服のことは全く頭にいれてなかったのよ。なんせ、
「どうでもいいじゃない。あたしはいつものドレスになれば」
そう、あたしはいつでも漆黒のドレスを纏える《古具》を持っているんだからね。それは2人も知ってるはずよ。
「ああ、そういえば、お前の《古具》はそんな機能もあったな」
そんな風に感慨深く言ったのは龍馬よ。まあ、あれで怖い思いさせたしね。結構、脅しの効く感じよ?
「何なら今すぐなりましょうか?」
あたしの問いかけに、2人は「いっ」と頬を引きつらせる。どうやら軽くトラウマってるっぽい。
「ったく、正装するのか、そのままでいいのか、どっちなのよ?」
文句を言うっぽい言い方で、そんな風に言った。まあ、ぶっちゃけ、服はどうでもいいんだけどね。
「っと、そんなことよりもとっとと行きましょ。立ち話もなんだし」
あたしの言葉に、2人は何か釈然としないと思いながらも歩き出す……って徒歩で移動なの?!
「向こうに車があるからな。それに乗って移動だ」
ホッと一息つくと同時に、あたしは《古具》で漆黒のドレスを纏う。まるで、自分が夜の闇を纏ったようで気分がよくなるわね。
「ねぇ、あんた等は、さ」
あたしの呼びかけに2人が振り返る。1つだけ聞いておきたいことがあったのよ。だから声をかけた。
「何?」
螢馬が眉を顰めてあたしの方に問うように言うわ。あたしは、確認の意味をこめて聞く。
「家の仕来りがなくなったらどうすんの?」
あたしが家を潰せば、仕来りなんて無くなるでしょうしね。それに、もしあたしが家を潰さなくても、どっちかが家を継いだら仕来りを無くすんでしょうけどね。
「ふん、決まってるじゃないか。天姫谷と言う家そのものを無くす。それ以外にすることはないさ」
螢馬はそう言った。なるほどね、天姫谷家を完全に潰して、仕来りを消し去れば以降の世代に迷惑がかからないってことかしら?
「まあ、ともなると司中八家を抜けるんでしょ、大丈夫なの?」
京都を司る中心の八家、だから、京都司中八家。そこを無理に脱退すれば京都を追い出されるということになるのよね?
「別に、そんなことは無い。例えば、天龍寺が抜けたときも、すぐに雪白が代わりに入ったしな。その天龍寺には何のちょっかいも無いどころか、未だに優遇されているほどだ」
ああ、確かにね。でも、それとは微妙に事情が違うような気がしないでもないけど……。
「ふぅん、まあ、いいわ」
そう、あたしは、ただ潰すだけ。壊すだけ。殺すだけ。ただ、ただただ、破壊するだけ。
――漆黒の夜。その闇を纏う様なドレスを身に纏って、束ねた茶の髪を風に靡かせ、宵闇の剣を振るう。
己が体内にいる「宵闇に輝く刃の獣」を従え、影と夜……全ての闇の刃を振るう。
ただ、己が欲望の赴くままに……。
そして、前世の因縁と、血に流れる蒼き血潮と11代前の男の魂をその目に宿して、ただ、戦うのよ。