101話:青森珍道中SIDE.GOD
俺と秋世は、ひょんなことから修学旅行で奈良に居たはずが、今は青森県にいる。ついでなので、青森観光でもしよう、と思ったはいいものの、林檎の収穫期ではないし、マグロも取れ高の高い時期ではない。どちらも8月から秋・冬にかけてが旬のようだ。だから、俺と秋世はそんな中でもあまり変わらない「場所」を見学することにした。
どうせ、他のクラスメイトは奈良で見学をしているのだから似たようなものだろう、と思いつつ、恐山とかは怖いので、「白神山地」を見学することにした。秋世は恐山をお勧めしてきたが……。
白神山地とは、青森県の南西部から秋田県の北西部にかけて聳え立つ山地で、ユネスコの世界自然遺産に登録されている。
「ふぅん、ただの山だな」
俺は思わずそんな感想を漏らした。まあ、ぶっちゃけて言えば、ほとんど、山でしかないんだが。
「ええ、まあ、そら山地だもの」
秋世もそんな風に頷いた。しかし、こういった山地って、何かが隠れ住むにはうってつけの場所だよな。まあ、尤も、食料の調達とかをこなせれば、の話ではあるがな。小動物とかを狩って生きていければどうにかなるんじゃないかな?
「あら、貴方は……」
背後から声をかけられたので、俺は振り向いた。そして、俺は固まった。声をかけてきた相手が予想外だったからだ。
山中で外人に声をかけられる、なんていうことはあまりない。ましてや、夏や秋ならまだしも、こんな中途半端な時期に、だ。それも相手は流暢な日本語で話しかけてきたのだから驚くのも無理はないってことだ。
「ああ、いえ、人違いですね。申し訳ありません」
非常に申し訳なさそうな顔で俺に謝る女性。……よく見ると顔立ちはどことなく日本人っぽい。髪は翡翠色で、瞳も翡翠色。その色合いは、まさに外人、と言った風情なのだが、顔立ちは大和撫子といった感じだ。
ハーフなのだろうか。それなら、日本で育って日本語が堪能だ、と言うことも分かるのだが。
「ですが、こんな時期に、この当たりに何のようですか?」
それはむしろこっちの台詞だと思うのだが、彼女はどうも地元民であるような口ぶりである。
「ちょっと観光みたいなものですよ」
俺は、おそらく目上の人物であろう女性に敬語で話す。すると女性は、目を丸くして俺のことを見る。
「どうかしましたか?」
秋世が睨んでいるので、俺が彼女に声をかける。すると女性は、暫しまばたきして俺に向かって言う。
「ああ、すみません。本当に知り合いに似ていたものですから。驚きのあまり固まってしまいました」
そんな風に謝る彼女の知人ってのは、まあ、この流れだとおそらく……、まあ、そうなんだろうな。
「私、ラクシア・マリア・永久日と申します。このような山中で会ったもの何かの縁と思い自己紹介をさせていただきました」
ラクシア・マリア・永久日……。名前的にもハーフなのかな?
はぁ、また名乗るとややこしいことになりそうな展開だが、相手が名乗っているのに名乗らないのはマナー違反か。
「私は天龍寺秋世です」
秋世が先に自己紹介を済ませる。仕方がないので、俺もその後に続いて自己紹介をすることにした。
「青葉紳司だ」
俺の名前に、彼女は「まぁ!」と驚き、口に手をやる。やはりそういうことか。なんとなく予想は付いていたが……。
「青葉王司は俺の父さんだ」
念のためにそう言うと、彼女は納得したような顔になった。やはり父さんの関係者か。そして、青森にいる父さんの関係者ってことは、俺が静巴と出会った日に父さんが会いに行った青森にいるじいちゃんの知り合いってのがこの人物ってことになる。
いまさらだから驚かないが、彼女もまた見た目どおりに年齢ではないに違いない。何せ、じいちゃんの知り合いなのだから。
「なるほど、王司様のご子息でしたか。先日は、王司様に大変お世話になりまして」
先日、と言うのは、おそらく、前回の父さんの出張の件のことだろう。偶然にも父さんとじいちゃんの知り合いに遭遇するとは……。
「私たち、吸血鬼どものために尽力してくださることに本当に感謝しているんです」
吸血鬼?なるほど、今度は吸血鬼、ときたか。なんとなく、そう言ったのも存在しているんじゃないか、とか思っていたが本当にいるとはな。
「吸血鬼ってことは第五鬼人種ね。その集落がこんなところにあるなんて……」
秋世は呆然と呟いていた。秋世も知らないことがあるんだな。しかし、第五鬼人種ときたか。字面からして、他にも第一とか第二とかあるんだろうな。
「あっと、紳司君は数列種に関してはほとんど知識がないわよね?」
俺は頷く。数列種ってのはきっと、その第五鬼人種とかそう言った奴のことなのだろうが、よくは知らん。
「まあ、追々説明してあげるわ。それよりもそろそろ戻らない?」
まあ色々と邪魔も入ってあまりイチャつけなかったが、そろそろ戻った方がいい時間か?
「そうだな。えと、永久日さん、またいずれ会いましょう」
俺は彼女にそう挨拶をした。すると、彼女は、やんわりと微笑みながら俺に挨拶を返す。
「ええ、またいずれ。それと、そのときにはラクシア、とお呼びください」
なんだか笑いを堪えるように、微笑を浮かべていたので、俺は引っかかりを覚えたが、まあ、いい。
眩い銀朱の光と共に、俺たちは、「楽盛館」の近くに居た。秋世と一緒に「楽盛館」の中に入る。すると、多くの生徒がいた。どうやら、ウチの学園ではないようだ。と言うことは鷹之町第二高等学校か。
「おっと、悪い」
俺がボーっとしてると、金髪碧眼の青年だった。顔立ちも整っていてモテそうな優男だな。
「ああ、いや、こっちこそすみません」
青年が謝ってくれた。ふむ、向こうの学校の生徒なのか。
「……?見たことないけれど、君は?」
青年が俺の顔を見て疑問そうな声を上げた。何だ、同学年の生徒を全員把握しているわけでもあるまいし、と思ったが、よくよく考えれば、鷹之町第二高校の方は三鷹丘学園よりもクラス数は少ないんだったな。
「ああ、俺は青葉紳司。三鷹丘学園の生徒だ。俺と、この教師だけは奈良見学を切り上げて帰ってきたんだ」
この教師のところで秋世を指差す。指差した瞬間に手をペシンと叩かれた……。地味に痛かった。しかも秋世はそのまま拗ねて行ってしまった。
「青葉……?ってもしかして」
ああ、姉さんの知り合いか何かか?だったら言っておくか。丁度秋世もいなくなったことだしな。
「ああ、青葉暗音は姉さんだよ」
そう言うと青年は驚いた顔をしていた。何だってんだよ?
「ああ、俺は、鷹月輝です」
丁寧にそう挨拶する言葉を聞いて、俺は納得する。なるほど、彼が鷹月輝か。《星天の黄道》って《古具》を持っている。
「ああ、なるほど。それはどうも。姉さんが迷惑をかけているだろうけど、申し訳ないな」
俺の言葉に苦笑する鷹月。まあ、そうなるだろう。しかし、まあ、鷹月ねぇ。姉さんのお眼鏡にかなってもよさそうなんだけどな。
「ねぇ、輝……って、あれ、紳司じゃない」
偶然寄ってきた姉さんが鷹月に声をかけた。あれ、俺にいつも話すときは、姉さん「鷹月」って呼んでなかったっけ?
「うわぁ!って、あれ、何か急に名前で呼ばれるようになってる?!どうして?!」
鷹月、めっちゃ驚いてる。それと地味に嬉しそう。いや、地味じゃなくてめっちゃ嬉しそう。
「ああ、まあ、何か、弟みたいな感覚よ。ああ、それよりもアンタ呼ばれてるわよ?」
弟、と言われて鷹月の眼から光が消えた。ああ……可哀想に。フラフラしながら集団の方へと向かっていった。
俺は姉さんに対して、疑問に思ったことを聞いた。
「姉さんが呼び方を帰るなんて、どういう風の吹き回しなんだ?」
姉さんは、基本的にこれと決めたら変えない。しかし、気分屋でもある、と言う何とも妙な性格だからな。
「ああ……前世の縁ってやつかしらね?」
前世、ねぇ。姉さんの前世って一体どんな前世なんだろうか?よく分からないんだが……。
「それにしても前世ってのはどうしてこうも奇妙にくっつくのかしら?蒼子さんは母さんだし、父さんは父さんだし、ねぇ。もしかしたら零斗や燦ちゃんもいるのかもしれないわね」
何やら、妙に聞いたばかりの名前が聞こえたような気がするが……。流石は姉さんだ。前世ってのにも運を持っているらしい。
「そうか、前世、ね。俺の場合は姉さんほど深く絡んじゃいないさ」
そう、俺の場合、静巴くらいしか居ないしな……。英司とかもいるってことなのかな?まあ、それはあまり嬉しくない。静巴を取られそうだからな。
「それでも絡んでるだけ、あたし等は厄介な運命の下に生まれてきたってことね」
ああ、そう言われてみれば、そうか。それにしても前世、ねぇ。転生なんて早々簡単にできるもんじゃないだろうし……。それに、どうしても、蒼刃に関係のある人間だけが転生しているようにも思える。そこんところが妙に引っかかるんだよな。
しかも、血の繋がっていない人物、例えば、俺の前世なんかは直接で蒼刃に繋がったのはだいぶ後の代になるし、そう言った人物も転生しているのが引っかかってしかたがない。
「まあ、なんにしても……」
と俺が締めくくろうとしたところで、姉さんが少し殺気立っていたのに気づく。ふぅん、なるほど。
「姉さん、俺は今日疲れてるから遠慮するけど、どこに行くにしても程ほどにしといてあげなよ?」
俺は、そう忠告しながら拗ねた秋世の機嫌を直すために、秋世の部屋に向かうのだった。
割り込み投稿すると章の設定がズレて面倒なので過去クリスマス編の2話を一時的に消させていただきました。京都編のあとにキチンと投稿しなおすのでご安心ください。




