100話:来訪者SIDE.GOD
俺は、ゆっくりと正倉院の方へと七星佳奈を連れて歩いていく。七星佳奈は少し呆れるように俺を見ていた。
まあ、そんな顔をしないで欲しいんだが。今、説明するってのに……。
「えっと、ですね。彼等は異世界からの来訪者らしいんですよ。……あ、青年の方は、元はこの世界の出身の様なので異世界人ではないですけどね」
俺の説明に、七星佳奈は今までの呆れ顔をやめて真剣な表情で俺の方を見た。あ、コイツ、自分に興味がある話になったんで態度を変えやがったな。
「異世界……。どの世界かは分かりますか?」
いや、どの世界って言われてもな……。ほとんど訳が分からなかったからな……。そこまでの判別は出来ないな。
「いえ、分かりませんけど」
あ、今、七星佳奈が「コイツ使えねぇ」って顔でこっち睨みやがった。ただ、秋世はミランダ公国とか言ってたな。
「ミランダ公国って国があることは確かですけど」
俺のその言葉に、七星佳奈は、一瞬だけ眉根を寄せた。そして、「ふぅ」と明らかに俺に聞こえるように溜息を吐く。
「じゃあ、私の愛する世界とは別の世界です。あの世界にミランダ公国とかそんな国はありませんでしたからね」
なるほど、なんとなく想像はついていたが、七星佳奈とは無関係か。こいつの場合は、ゲートとかじゃなく《終焉の少女》関係で異世界に移動していたみたいだしな。
「まあ、少女の方が【閃紅】のディスターヌ・ミランダ=クルーゼさん。青年の方が【漆刻】のタツヤこと久我辰也君。どちらも異世界では名の知れた人物のようですよ」
俺は、秋世から得た情報と本人達の情報を総合して、そういう風に言った。それに対して、七星佳奈は少々複雑な表情を浮かべていた。
「漆黒、ですか?」
おそらく、俺と七星佳奈で「しっこく」のニュアンスが変わる。そして、七星佳奈が思い浮かべているのは一般的な「漆黒」だろう。漆塗りの様に黒い、と言う意味での漆黒だ。
「いえ、漆と刻むで【漆刻】らしいですね」
俺の言葉に、ホッとするような顔をした七星佳奈。漆黒に何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
「なるほど、いえ、私は漆黒と聞くと、マリア・ルーンヘクサから聞いた《漆黒の剣天》と言う話を思い出してしまいましてね。その人は偶然にも私の知り合いと同じ名前をした青年で、《漆黒の剣天》と呼ばれていたのは子供の頃だったらしいですが」
へぇ、漆黒の剣天、か。どんな人物なんだろうか。マリア・ルーンヘクサが知っているってことは見たことがあるんだろうか。
「まあ、そんなことはどうでもいいですよ。その人物もマリア・ルーンヘクサの話では、自分は彼の姉として生まれ、妹として死んだ、としか聞いていませんしね」
姉として生まれ、妹として死んだ?意味が分からないな。年上なのか、年下なのか……って、マリア・ルーンヘクサに年なんていう概念を求めちゃダメか。
「っと、そろそろ、皆のところに出ますね。口裏を考えましょうか?」
話をあわせないとな。っと思ったが、七星佳奈は首を横に振った。どうしてだ?彼女ほど聡ければ理解できるだろう?
「貴方の話に全てこちらがあわせるので余計なことは考えなくて結構ですよ」
ああ、なるほど。流石は七星佳奈だな。普通に口裏を合わせてくれるらしいな。
時間がかかってしまったので、ちょっと急いで戻ると、秋世が何かウチの生徒ではない生徒と話していた。何だ、ありゃ。見たことのない制服だが?
「あ、紳司君、丁度いいところに。道を聞かれたんだけどさっぱり分からないのよね?」
どうやら、秋世以外の他の人にも聞いたらしいのだが分からないらしい。そんなの検索すれば一発だろうに。
「何で検索しないんだよ?」
俺の問いかけに、秋世が文句を言う。
「それが地名の漢字が分からなくて。この子たちはスマホの電池切れらしいし」
ちなみに、彼等が来たのは、俺等が戻ってくる少し前のことらしい。ふむ、仕方ないな、俺が聞こう。
「で、どこなんだ?」
俺が聞くと、男女のうちの女の方が答える。にしても、この2人、妙に整った顔立ちをしていやがる。
「モヤです。モヤの芭面町です」
モヤ……?もしかして雲谷か?!
「青森じゃねぇか!」
俺の突っ込みに男の方がきょとんとした目でこっちを見てきた。おいおい、何だよ、俺は間違ったことは言ってないはずだぜ?
「え、だって、ここ青森県だろ?」
……。俺は、何も言えなくなった。どういう勘違いでそうなるんだよ?
「ほら、怜斗君。やっぱり青森県じゃないじゃないですか」
女性の方が、ジト目で男を見た。男……怜斗とやらは、冷や汗を流しながら恐る恐る俺に聞いてくる。
「え、ここ、どこ?」
半ば放心状態で聞いてきたのだが、俺はなんと答えるべきか。日本と言うか、奈良と言うか、正倉院と言うかの3択である。
「えっと、奈良県の奈良公園にある正倉院ってところだ」
俺のその言葉に、目を点にした2人。そして、女性の方が怜斗と言う青年をジト目で睨み、低い声音で言う。
「だから、行きたくなかったんですよ。怜斗君が、来週から引っ越すんだから引越し先が見たいなんていって学校をサボって見に行った……まではよかったのに、何で帰りに訳の分からない新幹線に乗って全然違う方角に来てるんですか?!さらにそこからバスやら電車やら色々乗って、もう取り返しつかない感じじゃないですか?!」
女性は激怒していた。いや、まあ、さすがにね。てか、青森から引っ越すってことか……。こっちの方まで来てるってことは、関東側に引っ越すんだろう。で、青森に戻るのとは方向が逆だから、ここに着いた、と。
「そんなことを言っても讃。俺は、特段意識して間違えたつもりはないんだが」
讃と言うのが女性の名前らしい。
「分かってます。何せ怜斗君は天然ですから……」
大変残念そうな声で讃さんが怜斗に言った。俺も讃さんを不憫に思うレベルだ……。あんなのに世話を焼いているように見える讃さんはよほどの物好きなのか。
「あっと、自己紹介が遅れて申し訳ありません。私、恐山讃です」
恐山……、青森と恐山と言えば「恐山」じゃないか?そこと縁のある人間なのか?
「俺は、七鳩怜斗だ」
七鳩……。変わった名前だな。ナハトって聞くとドイツ語で「夜」って意味のナハトって単語がパッと浮かんじまうけどな。
それにしても変わった2人だな。まあ、どうでもいいか。
「秋世、この2人を頼めるか?」
俺の言葉に秋世はこくりと頷いた。まあ、秋世に連れて行かせるのが一番楽だ。誤魔化しようはいくらでもあるからな。
「はいはい。すみません、桜麻先生。私、この子、どうにかして、駅か空港に案内してどうにかしますので、生徒達の面倒、頼めます?」
秋世、桜麻先生に迷惑かけすぎだろ。まあ、俺も人のことは言えないんだがな。そして、桜麻先生も頼まれたら断らない人だからな。
「了解しました。それでは、今日の奈良での案内は自分が担当しますので、天龍寺先生は送り終えたら『楽盛館』の方にお戻りください」
秋世、めっちゃ仕事してないな。まあ、いつものことだけどな……。いや、いつものこととは言え……。あ、俺が無理難題押し付けてるからか。
「そうですか?では、お言葉に甘えて」
秋世、ぶっちゃけ、どうにか言い訳を考えて《銀朱の時》で連れて行くんだから、ほとんど時間がかからない。せこいな、コイツ。でも可愛い。
「それから青葉君は天龍寺先生にお目付け役として付いていってください」
はぁ?!え、俺も同行するの?
確かに、なるべく管理するとは言ったが……。俺、奈良回れないじゃん!何のための修学旅行だよ?
「まぁ、いいか」
ところで気になっていたのだが、恐山さんの手に持っている長い棒状の物だ。布に包まれているが、俺の【神刀・桜砕】の様な形をしているのだが……。
「それじゃあ、行きましょうか?」
秋世のその言葉に頷き、俺や恐山さん、七鳩が秋世についていく。
しばらく歩いたところで、秋世が立ち止まって恐山さんや七鳩の方を見た。どうやら、これから起こる超常現象について2人に説明するらしい。
「えっと、これから貴方達を青森まで連れて行きますけど、ちょっと特殊な方法で案内しますから……」
秋世の言葉に、2人はきょとんとしていた。ちなみに、秋世の口調がいつもと違うのは、流石に初対面の相手だからだろう。
「特殊って空間移動とか?」
七鳩は冗談で言ったのだろう。しかし、図星なだけに秋世は言葉が詰まった。
「怜斗君、空間転移系の《神創具》は、現存していて動いているのは関東を根城にしている年を食わない妖怪だとお爺様が言っていましたよ?」
俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。年を食わない妖怪って……。それにしても《神創具》ってのははじめて聞いたな。
「誰が妖怪よ?!紳司君も笑い堪えんなっての」
え、堪えなくていいの?大笑いするけど?
「《神創具》ってのは《古具》の別称よ。てか、《古具》のことを知っているし恐山って名前もそうだけど、もしかして恐山のイタコの関係者?」
イタコってのは死者の霊を口寄せし、その身に降ろす降霊術などを行うシャーマンのことである。その多くはコールドルーディングなどで対象者の心理を読み取って行う手法がとられるという。
「いえ、名前を聞いたら無関係には見えないと思いますが、私の生まれは千葉県でして……。全然関係ないんです。千葉の三鷹丘ってところなんです。この苗字は、母の実家関係らしいんですが、雨月家と立原家の血縁だって言ってましたよ?」
立原って言ったら、俺のばあちゃんの家だよな?ふぅん、じゃあ、もしかしたら俺とは凄く遠いけど血が繋がっているのかも知れないのか?
「雨月、立原……神社系列ね。しかもそこ2つだったら九浄家の……?」
なにやら秋世は思い当たる節があるらしいが、その辺はよく分からん。まあ、その辺の事情はどうでもいいだろう。特に送り届けてから関係が繋がってるわけでもあるまいし。
「ああ、そういえば、貴方たちの名前を聞いておいて、私らの名前を教えてなかったわね。私は天龍寺秋世よ」
秋世が自己紹介したので、それに倣って俺も自己紹介をすることにした。
「俺は青葉紳司だ」
俺が名乗ったのに対して、2人が驚嘆の声を漏らした。どうしたんだよ、人の名前で驚くとか失礼すぎるだろ。
「蒼……刃」
あん?なんだ、苗字の方か?父さんとかそっち関連かな。この間まで青森に行ってたしな。
「ああ、いえ、失礼。私も怜斗君も、昔から夢の中でよく、その蒼刃と言う名前を耳にしていたそうで……。私の方が頻度は高かったみたいですけど」
恐山さんがそう言った。へぇ、夢の中で、ねぇ……。もしかして、俺みたく、蒼刃家の人間を前世に持つ人間なのか?
「夢を見る頻度は同じでも、出てくる名前が、な」
七鳩はそう言った。俺は、どこか、彼等に親近感を覚えたが、そんなことはどうでもいいのかもしれない。
「そんなこと話してないで、とっとと転移するわよ!」
秋世がそう言って青森に俺と2人を連れて転移した。相変わらず銀朱の光が眩いな。
「おお!ここは俺んちの近くじゃん!あざっす!妖怪!」
俺が吹きそうになるのを堪えた。秋世は怒りでプルプルと震えている。
「誰が妖怪かっ?!」
激怒した。そして家に帰っていく2人。俺と秋世はその背中を見送って、そして、秋世に帰ろうか、と言おうとしたところで、秋世が言う。
「さって、時間も出来たし、何か食べて帰ろうか」
俺は言葉に甘えて、青森で暫しイチャイチャして帰ろうと心に決めて、まずは青森の名産、リンゴを買おうと思ったが6月は時期ではなかったので、適当にお土産を見て回るのだった。