翔と田中
農家実習初日
晴れ。
冷たい風が広大な畑を吹き抜ける。
田んぼの水面が朝日を受けてきらめき、空気まで光で満たされているようだ。
翔は、軽トラに荷物を積み込む。
農家の家族が、笑顔で迎えに来てくれた。
背筋が少し伸びる。
田中(農家・50代)が言う。
「初めてか?」
翔
「はい……」
田中は、軽く頷き、畦道を歩き始める。
翔も後ろからついていく。
……田んぼ。
こんなに広いんだ。
翔
「これで、何ヘクタールあるんですか?」
田中
「ここだけで10haだ。全部あわせたら50haある。北海道の田んぼは広いだろ?」
※※※ 田んぼの区割り ※※※
田中家の管理面積:50ha
翔が体験する範囲:南側の10ha
区割り:
幅50m × 長さ200mの水田が5枚、畦で区切られている
水路が田んぼの端を巡り、農具や苗を運ぶ道になっている
畦道を歩くと、1枚の田んぼを端から端まで歩くのに約5分
翔は、最初に一番手前の田んぼに立つ。
(心の声)
……10haもあるのに、
端まで見渡せる。
水面に空が映って、光が揺れてる。
足を踏み入れると、湿った土の匂いが鼻をつく。
靴底を通して伝わる土の冷たさ。
心臓が少し高鳴る。
(心の声)
……俺、やれるのか?
田中
「まずは、水の管理からやってもらう」
※※※ 水管理 ※※※
田んぼの端に立ち、水門を確認
畦道をゆっくり歩き、水の流れを観察
必要に応じて、水門を少し開閉
田んぼを一周すると、約800m
翔はうなずき、手袋をきつくはめる。
手先に、微かな緊張の震えが走る。
——手を抜いたら、すぐわかる。
水路の流れを確認しながら、土手を歩く。
足元のぬかるみが靴に絡む。
土の感触が、指先にまで伝わる。
……生きてる、ってこういうことか。
午前中。
苗植え作業。
農家の直人が隣で手伝ってくれる。
翔
「……こうですか?」
直人
「そうそう、上手だ」
その言葉に、翔の胸の奥がじんわり温かくなる。
初めて、人に褒められた気がした。
手が少し早く動く。
心臓の鼓動が、土の匂いと混ざって弾む。
……やれる。
俺、ここでやれるかもしれない。
昼。
畦道に腰を下ろし、弁当を広げる。
冷たい風が、頬をなでる。
田んぼの水面が揺れ、光がチラチラ反射する。
遠くでトラクターが音を立てる。
翔は、一口、口に運ぶ。
噛むと、温かいご飯と少し塩気のあるおかずの味が、
体の中までじんわり染み込む。
……都会じゃ、こんな風に笑えなかった。
少しだけ、口角が上がる。
目の奥まで光が差し込んだような、初めての笑顔。
土の匂い、風の冷たさ、足元のぬかるみ——
全てが、翔の心をしっかりと支えてくれる。
……ここでなら、俺、やり直せるかもしれない。
希望が芽吹く朝。
畦道の向こう、田んぼの端まで光が広がる。
翔は、そっと立ち上がり、再び田んぼの中に足を踏み入れる。




