シェラスコ
総理大臣とシェラスコを食べている。
状況だけ切り取れば、だいぶおかしい。
目の前で串に刺さった肉がスライスされる。
多分、かなりいい肉だ。
だが――味がしない。
噛んでいる感触だけがある。
「村上先生」
総理が僕をそう呼ぶ。
先生?
俺が?
斎藤さんが横で軽く笑った。
「推薦しなかったのが悪いって言われてますよ」
総理は肩をすくめる。
「三十万票取れる候補を知ってるのに推薦しないの駄目でしょう」
冗談めいているが、目は笑っていなかった。
僕の当選は最初から想定済みだったらしい。
「正直ね」
総理は肉を切りながら言った。
「‘政治家になろう!’は、十人当選すれば御の字だと思ってた」
「本当に大健闘だ。比例の12%を取った」
褒め言葉なのに背中が寒い。
「来年の参議院選でも同じだけ取ったらどうなると思う?」
考えたくもない。
「主要政党の一角だね。勢いがあれば最大野党もあり得る。」
笑いながら言われた。
冗談でも言わないでほしい。
でも計算上は――成立してしまう。
話題が変わる。
外国人問題。
「国としては、そこまで気にしてない」
総理は淡々と言った。
「EUのリベラルからは色々言われるけど、
日本は出稼ぎ労働の完成形だ」
総理はグラスを置き、少し考える間を置いた。
「外国人労働者の話をな……料理で考えると分かりやすい」
誰も口を挟まない。
「日本は、シェラスコだ」
一言で切った。
「必要な分だけ切り分ける。
焼き続けて、回し続けて、同じ串は長く使わない。
ビーフ、チキン、ソーセージ。
一緒に出しても、ケンカしない」
斎藤が小さく息を吐く。
「次にヨーロッパ」
総理は続けた。
「シチューだ。
一度鍋に入れたら、もう取り出せない。
煮込めば煮込むほど、鍋そのものが変わる。
ビーフシチューに途中からチキンやソーセージを足してごらん」
少し視線を落とす。
「だから揉める。
味が変わったと文句を言うやつと、
もう戻れないと分かっているやつの喧嘩だ」
間を置いて、最後。
「アメリカはちゃんこ鍋」
総理は淡々と言った。
「入れた途端に風味が変わる。
だが、正しくやれば何を入れても強い」
箸で空を切るような仕草。
「でも、注ぎ足す出汁は変えない。
鍋の主導権は最後まで離さない」
沈黙。
総理は肩をすくめた。
「さて――日本は、いつまでシェラスコを続けられる?」
総理は、僕の農場のブラジル人たちのことを口にした。
「言ってるだろう。‘お先ピカピカ’って」
一瞬、息が止まった。
「……なんで、それを」
「観光ビザと難民申請のセットは減らしたいけどね」
淡々としている。
次は、農業の話だ。
「農業サラリーマンの独立」
総理がこちらを見る。
「大歓迎だ。国としても農家の数は増やしたい」
「JAの農地は余ってる」
一拍。
「いい制度を思いついたら提案してごらん」
頼まれているようで、
逃げ道は用意されていない。
食事は終わった。
外に出ると、夜風が少し冷たい。
総理は、メディアで見るよりずっと魅力的だった。
話は分かりやすい。
決断も早い。
現実を直視している。
だからこそ――怖い。
僕は肉の味を思い出せないまま、
その夜を終えた。
総理は政治家になろう!を無所属議員の塊と考えています。参議院は少数与党なので、政策ごとに一部を味方にできる政治家になろう!は与党にとって押さえておきたい相手です。




