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農業サラリーマンの代弁者

五年という時間は農業では短い。

だが、人がいなくなるには十分な長さだった。


高齢農家の離農が一気に進んだ。

体が動かなくなったわけではない。

「もう潮時だ」

そう判断しただけだ。


子どもは継がない。

借り手も見つからない。


結果として土地が空いた。


そこに入ってきたのが直営農場だった。


企業名の書かれた看板。

制服で動く作業員。

作業は早く無駄がない。

感情も迷いもない。


「農業が工場になったな」


誰かがそう言ったが否定する声は少なかった。


メガソーラーの跡地も次々と姿を変えていった。

発電設備が撤去され整地され柵が立つ。

そして企業農場になる。

あるいは、羊の放牧が始まる。


問題はそこがすでに農地ではないことだった。


一度外れた農地は戻らない。

法的には「雑種地」や「事業用地」だ。

農地法は及ばない。

売買を止める手はない。


自治体もJAも手を出せなかった。


「農地を守る制度は、農地じゃない土地を守れない」


誰かが皮肉を言ったが現実だった。


一方で農家は焦っていた。


不作の年でも野菜の値段は上がらない。

供給は切れない。

直営農場が代替する。


それがはっきりと表に出始めた年だった。


青果卸はJAや大規模農家の囲い込みを始めた。

昔は金額だけ決めて数量は空欄でも成り立った。

今では数量のない契約は意味がないと言われる。


集荷代行だけでは足りない。

規格外品対応や、加工・冷凍向けの販路を持たない卸は苦戦した。


「相場は感情で動くんだよ。数字だけじゃ回らねえ」


そんな言葉が通じたのは、もう昔の話だった。


斎藤は資料を読みながらため息をついた。


数字は正直だ。

生産量は落ちていない。

むしろ、安定している。


土地込みで、サラリーマン化する農家が増えている。


「わしらの作付けじゃ、企業さんの予想に勝てん」

「休みなしで働いてるから、何とかついていけるだけだ」


知り合いの農家の言葉が頭に残る。


「現実が暴走している。このままでは個人農家がなくなる」


斎藤は独り言のように呟いた。


「……制度が追いついてない」


その夜だった。


携帯が鳴った。


相手は、与党の幹事長補佐だった。


「斎藤さん、一度お会いできませんか」


用件は分かっていた。

最近そういう連絡が増えていた。


会ったのは都内の静かな料亭だった。

過剰なもてなしはない。

だが席は奥だった。


「率直に言います」


相手はそう前置きしてから言った。


「次の参院選、うちから出てほしい」


斎藤は箸を置いた。


「理由は?」


「農業サラリーマンの代弁者です」


即答だった。


「JAとパイプがあり、農業サラリーマンとしての実績もある。

日本アグリビジネス連盟・技術委員長という肩書もいい」


斎藤は少し考えた。


守りたいものは分かっている。

だが、与党に入れば守れないものも増える。


「……考えさせてください」


そう答えるのが、精一杯だった。


帰り道の夜風が冷たい。


郊外に企業農場の明かりが点々と見える。

静かで効率的で無表情な光だ。


斎藤は思った。


この流れは止まらない。

止める話ではない。


だが――

誰のための農業か。


それだけはまだ決めきれていない。


五年後。

制度の歪みは誰の目にも見える形で現れ始めていた。


そして、その歪みの中に、

斎藤自身も、巻き込まれていくことになる。

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