勝十
勝十は北海道発祥の食べ放題焼肉店を中心とするグループである。
人気は牛タンと霜降り肉が食べ放題で税別三千九百八十円の「勝十コース」。
他の焼肉チェーンに比べてサイドメニューは少なく期間限定フェアもほとんどない。
それでも「安くて美味い」と評判で客足は途切れない。
ランチの肉たっぷりカレー、特製ホルモン丼(各九百円)も定番だ。
近年は少数ながら首都圏に激安スーパーを出店している。
直営牧場と大豆生産も手がけ始めた。
新しいビルの会議室。
壁には古いポスターと若い頃の父の写真。
色あせた「創業昭和」の看板が妙にちぐはぐだった。
最新型のモニター。
その横に場違いなほど古い湯飲み。
勝十の役員会はいつもこんな具合だ。
社長の勝十一郎が腕を組んで言った。
「……ほいでよ。この霜降りの話だ」
隣の弟が少し身を乗り出す。
「また“安すぎる”って言われてるんだべ」
「言われるわな。八百グラムで四千円切るんだぞ」
一郎は苦笑した。
「ズルしてると思われても仕方ねえ」
経理担当の従妹が資料をめくる。
「でも、計算は合ってるわ。
歩留まり落として回転上げて、加工まで自前でやって……」
「A5じゃねえしな」
一郎が言う。
「A3止まり。うちはそれでいいって決めた」
沈黙。
誰も反対しない。
最初に口を開いたのは叔父だった。
「……焼肉は、A3が一番うまいべ」
「そうだな」
一郎はうなずいた。
「うまい“感じ”があればいい。芸術品はいらねえ」
話題が変わる。
「直営農場の件だ」
一郎は資料を指で叩いた。
「北海道で大豆増やすのと、本州で野菜やるの、どっちがいい?」
弟が眉を寄せる。
「野菜じゃねえか? 人、足りんのか?」
「なんとかなる……」
一郎は言葉を切る。
「サラダバー付きのステーキ・ハンバーグ、やってみたいんだわ」
空気が変わった。
「何店舗だ?」
「三。全部、地方の焼肉屋の居ぬき」
「早えな……」
叔父がつぶやく。
「まだ、うち、そんな会社じゃねえべ」
一郎は、ゆっくり首を振った。
「なってるんだわ。もう」
誰も笑わなかった。
さらに一郎が言う。
「それとよ……味噌ラーメン始めた」
「は?」
弟が声を上げる。
「急に何だ?」
「成り行きだ」
一郎は肩をすくめた。
「牛骨が余るだろ。味噌は地元の蔵。店は親戚が回してる」
「……家族経営だな」
「最初っからそうだべ」
笑いが起きた。
だが、すぐに消えた。
一郎は机の端を見つめる。
「なあ……」
誰も口を挟まない。
「正直よ、怖え」
弟が静かに聞く。
「何がだ?」
「止め時が分かんねえ」
声を落とす。
「勢いで広がってる。誰かが舵取ってる感じもしねえ」
「でも止めたら……」
従妹が言う。
「今度は追い抜かれる」
一郎はゆっくりうなずいた。
「そうなんだわ」
窓の外。
夜の駐車場に冷たい風が吹いている。
「俺たちでかいことやりたかったわけじゃねえ」
一郎が言う。
「ただ腹いっぱい食わせたかっただけだ」
叔父がぽつりと言った。
「……火、でかくなりすぎたな」
一郎は湯飲みを手に取る。
「消す気はねえ」
一拍。
「でも、燃え広がるのは正直怖え」
誰も答えない。
それでも会議は終わる。
明日も肉は売れる。
農場は動く。
新しい店がまた一つ名乗りを上げる。
止まらない。
それが今の勝十だった。




