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火のつき方

翔は、写真を三枚選んだ。


一枚目は、炭火の上で焼ける肉。

二枚目は、長テーブルに並んだ皿と、笑っている人たち。

三枚目は、フェイジョアーダの鍋を囲む場面。


どれも悪くない。

というよりいい写真だと思った。


〈農場の仲間とシェラスコ。

 働く人が増えると、畑も賑やかになる〉


それだけ書いて投稿した。


深い意味はなかった。

一昨日の慰労会が楽しかったその記録だ。


最初の反応は普通だった。


「うまそう」

「楽しそうですね」

「肉すごい」


だが、夜になって通知が増え始めた。


〈外国人入れて、安く使ってるんだろ〉

〈日本人の仕事を奪って楽しいか?〉

〈農業まで乗っ取られる〉


意味が分からなかった。


翔は画面を見つめ指を止めたまま考えた。


違うから返した。


〈彼らは正規雇用です〉

〈賃金も日本人と同じです〉

〈人手不足で日本人だけでは回りません〉


一つずつ。

できるだけ、丁寧に。


だが、返すたびに反応は荒れ、

話題は別の方向へ飛び火していった。


生活保護。

医療保険。

奨学金。

土地の購入。


〈高齢の在日の方です。実質、日本人です〉

〈日本人と同じ保険料です。若い人が多くむしろ黒字です〉

〈奨学金は日本人のほうが充実しています〉

〈耕作放棄地の全体の1%にも満たしません〉


調べて反論する。

それでも否定的な反応は増え続けた。


支持政党の名前も見え隠れした。


翔の言葉は誰にも届いていない気がした。


正しいことを言っているはずだった。

少なくとも嘘は書いていない。


それでも火は消えなかった。


翌朝。


斎藤に呼ばれた。


事務所の空気は、少し重かった。


「翔」


名前だけ呼ばれ続きを待つ。


「SNS、当分やめろ」


短い言葉だった。


翔は思わず言った。


「でも、間違ったことは言ってません」


斎藤は否定しなかった。


「そうだな。でもな」


一拍置いて、続けた。


「正しいかどうかと、燃えるかどうかは別だ」


それ以上の説明はなかった。


命令だった。

反論する空気でもなかった。


翔はうなずいた。


数日後。


農場で一緒に働く、ブラジル人二世の結婚式に呼ばれた。

会場は農場だった。


新郎新婦は幼なじみ。

日本語もポルトガル語も同じくらい自然だ。


料理は持ち寄り。

子どもたちが走り回っている。


乾杯のあと新郎が話した。


ここに農場ができたから、故郷で結婚できた。

農場がなければ東京に出ていただろうと。


会場は笑っていた。


翔は黙って聞いていた。


農業の話も出た。

人が足りない話。

続けることの話。


政治の言葉は出なかった。


でも、全部そこにつながっている気がした。


自分も農場がなければここにいない。

北海道の農業高校に寮ができなければ、農業に入っていなかった。


帰り道。


翔はスマホをポケットに入れたまま、空を見た。


誰かを傷つけるために言葉を使う人がいる。

正しくても理解されるとは限らない。


でも、政治には人生を変える力がある。

それを初めて実感した。


政治とはこういうことなのかもしれない。


選挙でも制度でもない。

誰かの人生を幸せにするということ。


ひどい言葉があっても、

明るくたくましく生きている人たちがいる。


翔はまだ答えを持っていなかった。


ただ、無関心ではいられなくなっていた。

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