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米、小麦、大豆 正解のない畑

田中の農地は、八十ヘクタールまで広がっていた。


十年前なら考えられない数字だ。

だが今は珍しくもない。


飼料米の補助金枠は四十ヘクタール。

近隣農家と比べれば多いほうだ。


それでも足りないわけではない。

余っているわけでもない。


数字はきれいに収まっている。


さらに二十ヘクタール取得できそうな話も来ていた。

離農する高齢農家の土地だ。


条件は悪くない。土も知っている。


だが、踏み切れなかった。


本州では米の増産が進んでいる。

効率化が進み作付けが戻りつつある。


値はいつ崩れてもおかしくない。


北海道は最後に効く。だからこそ最後に叩かれる。


田中は倉庫の前で立ち止まった。


数年前に入れた飼料米用の乾燥機。

まだ新しい。


その横でJAが小麦用の乾燥機を増設するという話を聞いた。

来年か再来年か。


(早いな)


そう思った。


米の設備を入れたばかりなのに次の作物の話がもう始まっている。


外部資本からも声がかかっていた。


大豆をやらないかという話だ。


契約栽培。価格は悪くない。


大豆は規制されていない。国産は引き合いが強い。


だが相手は外だ。

この土地の先にどこまで責任を持つかは分からない。


米。

小麦。

大豆。


停滞。

安定。

冒険。


どれも間違いではない。

だがどれも正解だと言い切れなかった。


人は減っていない。


集落も残っている。

顔ぶれも変わらない。


それでも仲間とは相談しにくくなった。


誰もが別の条件で別の選択を迫られている。

同じ畑でも前提が違う。


昔なら寄って決めた。

今は自分で決める。


その責任が重い。


昼過ぎ。


浦木が田中のところを訪ねてきた。


「現地調査です」


それだけ言って畑を見る。


「数字は良いんです。でも次がわからない。あなた達の判断で次の政策が決まります。」


「俺たちを助けるつもりじゃないんだろ?」


「ええ、あなた達に踏みつぶされないように、

 守らなくてはならない人たちがいますから」


「俺たちの面倒もみろよ。」


田中は少し笑った。


畑の端に、まだ何も植わっていない土地がある。二十ヘクタール分。


土はどれも同じだ。


米にもなれる。

麦にもなれる。

豆にもなれる。


だが、同時にはなれない。


田中はしばらくそこに立っていた。


何が正しいのか分からない。


分からないまま春は近づいてくる。


それでも畑は待ってはくれない。

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