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断れない話

冬休み。


翔は、久しぶりに東京の家に帰ってきた。

空気が乾いている。

北海道の冷たさとは違う、肌に貼りつく寒さだ。


夕食は、鍋だった。

スーパーで買った具材が、几帳面に並んでいる。


父は、仕事帰りのスーツのまま座っている。

疲れた顔だが、どこか機嫌がいい。


母が、鍋に白菜を入れながら言った。


「北海道、どう?」


「……寒い」


それだけ言って、箸を動かす。


「でも、ちゃんと通えてるんでしょ」


「うん」


「学校は?」


「大丈夫」


会話は、そこまでだった。

いつもの家だ。


しばらくして、母が湯飲みを置く。


「ねえ、翔」


翔は顔を上げる。


「お父さんの会社の話、聞いたことある?」


父が、少し姿勢を正す。


「関連会社がな。直営農場を始めるんだ」


「……農場?」


「群馬だ。

ここから車で二時間くらい」


「農業高校の卒業生を、積極的に採るって」


翔は、箸を止めた。


「……北海道、残りたい」


言葉は、自然に出た。


「うん。そうだと思った」


否定しない。

それが、余計に重い。


「でもね」


一拍。


「安定してるの。お給料も、休みも、ちゃんとしてる」


「……」


「農業だぞ。でも、会社だ」


その言い方が、妙に引っかかる。


「北海道は、遠いでしょ」


「……うん」


「何かあったら、すぐ戻れない」


翔は、黙る。


「群馬なら、帰ってこれる」


「……」


「無理にとは言わない」


そう言ってから、少し間を置く。


「でも、話だけでも聞いてほしい」


断れない言い方だった。


「……面接?」


「約束するだけでいいから」


翔は、鍋の中を見る。

湯気が、目にしみる。


「……わかった」


母は、ほっと息をついた。


翌日。


翔は、自分の部屋でスマホを見ていた。


メール。


《直営農場 新卒採用の件

 面接日時のご相談》


日付は、もう入っている。


面接前に、決まっている。


そういう感じだった。


少し遅れて、もう一通。


《IT周りも見られる方と聞いています。

 現場管理システムの相談もしたい》


翔は、画面を閉じる。


窓の外。

東京の冬空は、低く、白い。


スマホの写真フォルダを開く。


北海道の畑。

霜の降りた朝。

土の色。


翔は、息を吸う。


……断れない話、か。


面接の日時を、確認する。


まだ、選んでいない。

でも、道は、用意されている。


スマホを伏せる。


外では、車の音が絶えない。


翔は、黙って天井を見た。

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