田中と斎藤
コンバインのエンジン音が遠くの田んぼから微かに聞こえる。乾いた稲わらが風に擦れ合い、かすかな音を立てる。夕陽が稲穂を赤く染め、影が長く伸びていた。
田中は倉庫のシャッターを見上げ、ポケットに手を入れる。斎藤課長が肩越しに近づく。
斎藤
「田中さん、久しぶり。収穫、順調だったようで何よりです。」
田中
「ええ、天気も出来も文句なし。ただ…心配が尽きないんですよ。去年の値崩れ、忘れられません。」
斎藤
「それは…誰もが頭を抱える問題です。で、聞きたいんですって?特区の話ですか?」
田中
「いや飼料米だ。アキヒカリを牛に食わすんだろ…贅沢だよな。」
斎藤は少し目をそらし、言葉を選ぶ。
斎藤
「ええ、よく太ってうまい肉になりますよ。
……実際にはタンパク質が少し足りないらしいですけどね。」
田中は肩をすくめる。
田中
「そうか、足りないか…。でも、米で育つ牛か。面白い話だな。」
斎藤は軽く笑みを浮かべる。内心では「豚の話は絶対出さない」と決めている。
斎藤
「ええ、面白いです。制度も少しずつ改善されているらしいですし。」
田中
「俺にもうまい話しだけど裏があるんだろ?」
斎藤
「前の米騒動で本気になったみたいです。ただの飼料米作っても役に立たない。頭のいい人が考えたんでしょうね。今ならAIかも。」
(視線を田んぼに移す)
「でも出口が保証されるなら…農業は家業じゃなく、地域インフラになり得ます。」
田中
(少し間を置き、目を細めて田んぼを見つめる)
「だから怖くない。拡大しても賭けじゃない…安定だ。人手も土地も、少しずつ増やせる。」
斎藤
「注意点もあります。補助金、維持義務、農家の心理や申請漏れも監督しなきゃ。俺たち職員の仕事量は倍増です。」
田中
「それこそAIの仕事だろう。」
田中は倉庫の影に立ち、夕日が稲わらを赤く染めるのを見つめる。微風が吹き、稲の香りが漂う。
田中
「それでも…俺はやる。土地も、人も、増やす。出口がある農業なら、守りながら広げられる。」
斎藤
「わかります。考え方は同じ。農家が安心できるように、現場で対応するのが私たちの役目です。」
田中は深く息を吐き、倉庫の前で少し笑みを浮かべる。
田中
「俺も少し、スーパー公務員みたいに動く時が来るかもしれないな。」
夜の倉庫事務所。
田中は電卓を叩きながら、作付表を見つめている。
紙にはこう書いてある。
ななつぼし:10ha → 65t
えみまる:40ha → 300t
新制度枠:+5ha
田中
「……5haで、40トン。」
ペン先で「アキヒカリ 8.0t/ha」と書き込む。
田中
「業務用も、飼料用も、非常時の主食も……全部アキヒカリでまとめるなら……」
電卓を叩く。
「45ha × 8 = 360t」
田中
「……でかいな。」
彼は一度、椅子にもたれる。
田中
「今までなら、この数字が“怖さ”だった。」
窓の外を見る。
風に揺れる田んぼ。
田中
「でも今回は違う。
平時は飼料。
非常時は業務か主食。」
小さく笑う。
田中
「……出口が3本あるって、こういうことか。」
紙の端に小さく書く。
『+5ha、可能』
斎藤は微笑み、二人は夕暮れの田んぼを見つめる。遠くでコンバインがエンジンを止め、静寂が広がった。稲穂の先端がゆらりと揺れる。




