第八話 ある放課後──「勝負せえ康一!」
その日は、町の体育館で子ども会のミニ運動会があった。
走るのが得意な拓馬は、
当然のように一番になるつもりだった。
「康一、お前も走れや!」
「ええけど……俺、そんな速ないじょ。っていうか、どおっそい、巨おっそい、超おっそい、おそきってく」
「言い訳すんな!
今日こそ、お前に“勝った”って証明したる!」
悟はため息をつく。
「拓馬、また始まった……」
順は腕を組んで言う。
「拓馬、あんた康一に勝ちたいんやったら、
まず“いじめ”やなくて正々堂々と勝負せえい」
「今日は正々堂々や!
逃げんなれ康一!」
康一は笑ってうなずく。
「逃げへわれ。走るだけやろ?」
拓馬は胸を張る。
「よっしゃ、50メートル走や!」
■スタートライン──悟の観察、順の不安
悟は腕を組んで二人を見つめる。
「拓馬、あいつに勝てると思っとるん?」
「当たり前や!
康一なんか、いつもぼーっとしとるだけやないかれ!」
悟は小さく笑う。
「……それが怖いんやけどな」
順は康一の背中を見つめていた。
「康一、ほんまに大丈夫なん……?」
康一は振り返って笑う。
「順、見いよってぇい」
その笑顔に、
順の胸が少しだけざわついた。
■スタート──“黄金色の感覚”
「位置について──よーい……」
パンッ!
拓馬は飛び出した。
スタートは完璧。
足も速い。
フォームもきれい。
「よっしゃああああ!!」
しかし──
康一は、
“自然に”拓馬を追い抜いていった。
全力でもない。
必死でもない。
ただ、
風に乗るように走っているだけ。
悟は目を見開く。
「……やっぱりな」
順は息を呑む。
「康一……なんで……」
康一の胸の奥で、
黄金色がふっと揺れた。
――走れ。
――あなたは“巡り人”。
声ではない。
感覚だけが流れ込む。
康一はただ、
その流れに身を任せた。
■ゴール──拓馬の崩れ落ちる心
康一がゴールした時、
拓馬はまだ半分ほど後ろにいた。
「……は?」
拓馬は立ち止まり、
その場に膝をついた。
「なんで……
なんでど……
俺、本気で走ったのに……」
康一は戻ってきて、
拓馬の肩に手を置く。
「拓馬、すごかったで。
スタートめっちゃ速きってった」
「褒めんなわれ
俺は……俺は……
お前に勝ちたかったんじゃれ……!」
拓馬の声は震えていた。
悟は静かに言う。
「拓馬、お前……
“勝ちたい”んやなくて、
“認められたい”んやろ」
拓馬は顔を上げる。
「……は?」
順もそっと言う。
「拓馬、あんた……
康一に嫌われたくなかったんやり?」
拓馬の目に涙が浮かぶ。
「……そんなわけ……」
でも、言葉が続かない。
康一はにっこり笑った。
「拓馬、俺……
拓馬のこと、嫌いやないじょ」
拓馬は涙をこぼした。
「……なんでや……
なんでそんな優しいんや……
俺、ずっと意地悪り事ばっかしぃよったのに……」
康一は首をかしげる。
「拓馬、意地悪なんかしてないわれ
ちょっと遊んでくれぇよっただけやろ?」
拓馬は泣き笑いになった。
「……お前、ほんま……
敵わんわれ……」
悟は笑う。
「ほらな。
拓馬、お前は今日“本気で負けたん"」
順も笑った。
「でもな、拓馬。
負けたからって終わりやないやり。
今日から、あんたもあしら(私たち)のほうばい(友達)や」
拓馬は涙を拭き、
小さくうなずいた。
「……ほうばいか……
悪くないな……」
康一は拓馬の色が変わったのに気づいた。
黒っぽい茶色が秋の紅葉のような色づいた赤茶色に
■四人の輪が“本物”になる
悟は頭脳。
順は心。
拓馬は力。
康一は光。
四人はこの日、
初めて“本当の仲間”になった。
康一はまだ知らない。
自分の中の黄金色が、
人の心を変え、
未来を動かし、
仲間を引き寄せていることを。
ただ胸の奥で、
小さな光が揺れていた。
――めぐりびとって、なんやろ。
その問いは、
これからもっと大きな意味を持つようになる。




