第六話 ー友との出会い“気づかぬ強さ”が縁を呼ぶー
海から引き上げられたあと、康一はしばらくぼんやりしていた。
美里に抱きしめられ、順に怒られ、哲春と美咲に泣かれ……
それでも康一の頭の中には、あの不思議な“夢”が残っていた。
黒い衣の男。
巡り人という言葉。
光の中で消えていった声。
「……また変な夢見たんやろなぁ」
そう呟いて、康一は笑った。
けれど胸の奥に、ほんの小さな“ひっかかり”が残る。
めぐりびとって、なんやろ。
その疑問は、まだ言葉にならないまま、
康一の心の底に静かに沈んでいった。
◇佐伯悟──飄々とした天才
翌週。
学校の教室で、康一は新しい席に座っていた。
隣の席の男の子が、机に突っ伏したまま、だるそうに言う。
「……あんた、海で落ちたんやって?」
康一は驚いて振り向く。
「なんで知っとるん?」
「町が狭いからや」
その子は顔を上げる。
眠そうな目。
ぼさっとした髪。
やる気ゼロの雰囲気。
でも、目の奥だけは妙に鋭い。
「俺、佐伯悟。えらいさんの息子やて言われるけど、俺は、別に偉くもなんともないで」
康一は笑う。この子は薄い黄緑だ。
「俺、康一。よろしくな」
悟はじっと康一を見つめる。
「……あんた、変わっとるな」
「え、どこが?」
「普通、海に落ちたら怖がるやろ。
なんでそんなケロッとしとるん」
康一は首をかしげる。
「落ちた時、なんか……変な夢見たんさ、怖いより、不思議やった」
悟はふっと笑った。
「おもろいな、あんた」
その瞬間、悟の中で何かが決まった。
――こいつ、友達にしたろ。
悟は飄々としているが、
人を見る目だけは鋭い。
康一の“普通じゃない強さ”を、一瞬で見抜いていた。
休み時間。
廊下の向こうから、大きな声が響く。
「おい康一! またボロい靴履いとるんか!」
三鬼拓馬だ。
東京にも支店がある商会の息子で、この町ではちょっとした“お坊ちゃん”。
取り巻きの子たちが笑う。
「ほんまや! かかとすり減っとるで!」
「貧乏くさ〜!」
しかし康一は、靴を見て本気で感心していた。
「ほんまや、よう気づいたな。
これ、昨日海で滑った時にすり減ったんや。
教えてくれてありがとな!」
拓馬は固まる。
「……は?」
取り巻きも固まる。
悟だけが、腹を抱えて笑っていた。
「拓馬、お前……負けとるで」
「負けてへんわ!!」
拓馬は顔を真っ赤にする。
「お前、いじめられとるって気づけや!!」
康一は首をかしげる。
「え、いじめられとるんか?俺、なんか悪いことした?」
拓馬は言葉を失う。
なんやこの子……全然効いてへんやん……
悔しさと混乱で、拓馬はその場から走り去った。
悟は肩をすくめる。
「康一、お前……天然の武器持っとるな」
「武器なんか持ってへんで?」
「そこが武器なんや」
悟は笑いながら言った。
「お前、いじめられへんタイプやわ。
いじめる側が勝手に折れるやつ」
康一はぽかんとする。
悟は続けた。
「まあええわ。
今日から俺が友達になったる」
康一は嬉しそうに笑った。
「ほんまか! よろしくな悟!」
悟は照れくさそうにそっぽを向いて小声で。
「……別にええけどな」
■小さな輪が広がる
その日から、康一の周りには少しずつ人が集まり始めた。
悟は飄々としているが、康一のことをよく見ている。
拓馬は悔しがりながらも、なぜか康一の近くにいることが増えた。
「お前、なんでそんなに平気なんや……」
「え、何が?」(拓馬はなんかごちゃごちゃに混じった黒っぽい茶色しとるな)
「……もうええわ!!」
そんなやり取りが毎日のように続く。
康一はまだ知らない。
自分の“気づかぬ強さ”が、人を惹きつけ、守り、そして未来を変えていくことを。
そして胸の奥に沈んだ“巡り人”という言葉が、いずれ大きな意味を持つことも。




