第四十六話 ー幼馴染(相棒)の進む道ー
三月。
海鷲の厳しい冬がようやく和らぎ、港に吹き込む風が潮の香りと共に春の気配を運び始めた頃のことだ。
康一は、すっかり自分の手足のように馴染んできたトラックを車庫に入れ、上里建設の事務所で日報を書き終えたところに、『ドタンバタン』と聞こえるような勢いで誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。
「おっ康一!! おったか!!」
事務所の引き戸を、壊さんばかりの勢いで開けたのは順だった。
その手には、一通の厚い封筒が握りしめられている。
「これこれ……これ見てみぃさ!!」
順が康一の目の前に突き出したのは、三重県広域消防組合からの「採用試験合格通知書」。
正月休み、あの凍てつくような寒さの中、一人でアスファルトを叩き、自分を追い込み続けていた彼女の努力が、ついに実を結んだ瞬間。
「受かった……! 私、消防士になれるんやで!!」
順の叫び声は、事務所の奥で図面を引いていた鎌田課長や、お茶を飲んでいた松井先輩を驚かせるほどだった。
「……よかったな、順」
康一は、自分のことのように熱くなる胸を抑えながら、短く言いました。
(こいつほんまに、ようがんばとったもんな。なんかうれしきってくな)
順の目は、あのインターハイ予選で負けた時と同じくらい真っ赤でしたが、その光は全く別のものでした。
「康一、あんたのおかげやで。あの雪の朝、あんたが『負けんじょ』って言ってくれたから、私、最後まで走り切れたんやわ」
順はそう言うと、康一の作業着の肩を、ソフトボールのエースだった頃と同じ力強さでバシバシと叩いた。
「よっしゃ、これで私も『現場』の人間や。康一、あんたが事故起こして挟まったら、私がこの右腕で助けに行ったるでな!」
「いたい、いたい、順お前馬鹿力やな。縁起でもないこと言うな。俺は絶対、事故らあ起こさん」
二人は顔を見合わせて、わははと笑った。
かつて同じ教室でふざけ合っていた二人が、今はそれぞれの「現場」を背負うプロとして、同じスタートラインに立っている。
その夜、佐藤家では順を招いてのささやかな合格祝いが開かれた。
「順ちゃん、本当におめでとう。立派な消防士さんになってね」
美里が、康一の給料から少しだけ奮発して買ったという、地元で獲れた立派な真鯛の塩焼きを運んだ。
リビングでは、去年の夏にあれほど「カタカタ」と騒がしかった扇風機が、今は役目を終えて静かに部屋の隅に佇んでいます。
代わりに向かいの席では、高校二年生から三年生になろうとしている哲春が、順の合格通知を食い入るように見つめていた。
「順ちゃん、すごいわ。俺も負けられんにゃあ……。俺も三年になったら、順ちゃんみたいに走り込み始めたほうがええかな」
「お前は、大阪行くんやろ。目指すもの違うやないかれ」
そんな軽口を叩きながらも、康一は自分の掌を見つめました。
順は消防士として、自分は建設業のプロとして。
海鷲という小さな町から、それぞれの道が確実に伸び始めている。
窓の外では、春の月光が穏やかな海を照らしていました。




