第三十六話 ー魂の継承ー
堂前社長には子供がいませんでした。だからこそ、あの日、崖下で失った右腕・雅起への償いと敬意を、その息子である水谷誠を育てることに捧げたのだ。
誠は、父を亡くしたあの日から、堂前社長を「もう一人の父親」として、鎌田課長を「厳格な伯父」として、その背中を見て育った。
鎌田課長が誠に教える時、その声は他の誰よりも厳しく、しかしどこか震えていた。
誠が重機の運転席を少しでも汚そうものなら、鎌田は烈火の如く怒鳴り散らした。
「誠! キャビンを汚すなと言うたやろ! お前の親父が……雅起が、最後に何を見とったか、お前は知らんやろがッ!」
誠は、なぜ鎌田課長が自分にだけそこまで「清掃と管理」を強いるのか、本当の理由は知らない。ただ、その怒声の裏にある、泣き出しそうなほどの切実さを感じ、黙々と父が座っていたはずの椅子を磨き続けていた。
堂前社長は、誠が現場で泥まみれになり、資格を一つひとつ取り、仲間から信頼されていく姿を、目を細めて見守ってきた。
(雅起……。お前の息子は、お前よりいい男になったぞ、そして誰よりも仲間思いだ。お前が作りたかったこの会社の未来を、誠に託してもいいか)
堂前社長は心に決めている。いつか、自分が引退する時には、この上里建設の看板を誠に継がせることを。しかし、それを今告げれば、誠の成長を止めてしまうかもしれない。だからこそ、あえて「一社員」として、時には誰よりも厳しく接してきたのであった。
康一と誠、二人の「息子」
康一にとっても、誠は兄弟のような存在だ。
康一が重機の運転練習で悔し涙を流していた時、誠は何も言わずに康一の隣に座り、一緒に車両を清掃してくれたこともあった。
「康一、鎌田さんに言われたやろ。道具を綺麗にできん奴は、運も味方してくれんのやって。……俺も、そう思うんさな」
誠が放ったその言葉。それは、15年前に鎌田が絶望の中で掴み取った「命の教訓」が、次の世代に完全に受け継がれた瞬間でした。




