第三十五話 ー悔恨ー
15年前。当時の上里建設はまだ若く、鎌田もまた、現場の第一線で泥にまみれて働く熱血漢だった。
ある雨上がりの午後、無線から悲鳴のような応援要請が飛び込む。
「雅起が、雅起が崖下に落ちた!」
現場に駆けつけた鎌田と堂前社長が見たのは、無残にひっくり返り、斜面を滑り落ちた重機の姿だった。
鎌田は斜面を転げ落ちるようにして雅起のもとへ向かったが、そこで目にした光景に言葉を失った。
重機のキャビン(運転席)は押し潰され、後輩の雅起は、身体を上下に分断されるという、見るに堪えない状態で息絶えていた。駆けつけた消防団員が静かに首を振る。
「……残念ですが、即死です」
呪いのような「ゴミ」の記憶
鎌田が何より自分を許せなかったのは、事故直後に覗き込んだ運転席の惨状だった。
雅起の運転席は、日頃から飲みかけのペットボトルや空き缶、泥のついた軍手や工具が散乱していた。
鎌田はそれを何度も「片付けろ」と口頭で注意していた。
だが、あの瞬間。
「もし、足元の空き缶がブレーキペダルに挟まっていなかったら?」
「もし、散乱したゴミのせいでレバー操作が一瞬遅れなかったら?」
雅起の亡骸の前にうつ伏せて泣き崩れる奥さんと、まだ何も分からず父を呼ぶ幼い子供の姿。その光景が、鎌田の心に消えない烙印を押した。
会社に戻った鎌田は、呆然とする堂前社長の前に立ち、震える声で告げた。
「社長……雅起のキャビンは、ゴミ溜めでした。俺はあいつに『片付けろ』と口で言うだけで、あいつの隣に座って、一緒に掃除をしてやることをしなかった。あいつを殺したのは、俺の甘さです」
鎌田は、泥のついた拳を机に叩きつけた。
「社長、お願いです。俺を現場から外してください。その代わり……この会社の道具、機械、車両、重機。そのすべての管理を徹底的にやる役職をください。 掃除一つ、ネジ一本の緩み一つ、俺がこの命を懸けて管理します。二度と、あんなゴミの中で仲間を死なせたくないんです」
これが、上里建設に「資材管理課」が生まれ、鎌田が鬼の課長となった理由だった。
康一が、鎌田に「道具を大事にせん奴に、現場に立つ資格はない!」と怒鳴られたこと。重機のレバー一本、泥の拭き残し一つ許さなかった鎌田の厳しさ。
それは、後輩を失った鎌田の、終わりのない供養だったのだ。
それは、鎌田が雅起の死という最悪の授業料を払って手に入れ、康一に背中で教え続けた「命を守るための整理整頓」だった。
この時、鎌田の決意を受け入れた堂前社長もまた、言葉には出さないが「現場の裏側」を整えることの重要性を骨身に刻んだ。だからこそ、後に康一を教育する際も、単なる技術ではなく「現場の魂」を見抜く力を求めた。
上里建設には、青い純粋な血が流れている。




