第三十話 ー嵐の市役所と5人の沈黙ー
SNSの喧騒から距離を置き、5人が「静伏」を決めたその裏で、海鷲市役所は開庁以来の大パニックに陥っていました。
▪️嵐の市役所と、5人の「沈黙」
市役所の電話は鳴り止まず、交換台はパンク寸前でした。
「はい、海鷲市役所です!……いえ、トレジャーハントは市の主催ではなく……はい、中学生の自主的な活動で……」
全国の自治体からは「地域活性化の成功事例として視察したい」という問い合わせが殺到し、玄関には大手新聞社やテレビ局のクルーが陣取っています。たった5人の中学生が起こした地殻変動が、海鷲という小さな町を、今や日本中の「注目の的」へと変えてしまっていたのだ。
そんな熱狂の渦中、市長公室に5人が呼び出された。
重厚な革張りのソファに座る康一、法規、悟、順、拓馬。
目の前には、眉間に深い皺を刻んだ加藤市長が、身を乗り出すようにして座っていた。
「……君たち、これだけの反響をどう考えている?」
加藤市長の声は震えていました。それは怒りではなく、千載一遇のチャンスを逃したくないという、政治家としての焦燥に近い興奮でした。
「市はこの『トレジャーハント』を公式事業として格上げしたいと考えている。予算もつけよう。君たちにはアドバイザーとして、これからもこのムーブメントの象徴でいてほしい。……どうかね? 次の展開を一緒に考えようじゃないか」
並んでいた秘書や職員たちが、期待の眼差しで5人を見つめる。しかし、康一は視線を逸らさず、静かに、けれど揺るぎない声で答えた。
「加藤市長。ありがとうございます。でも、俺ら……もう、何もしないことに決めたんです」
「……な、何だと?」市長が絶句しました。
「俺らがやりたかったのは、行政の事業にすることやないんです」
康一は、自分たちを包む「それぞれの色の光」が、外からの期待という不純物に侵されないよう、言葉を丁寧に選びました。
「この町が面白いってことを、自分たちの足で確かめたかっただけなんです。これ以上騒ぎを大きくしたら、町が壊れてまう気がする。……すいませんけど、俺らは今日で『引退』します」
「もったいない! これがどれだけの経済効果を生むと思っているんだ!」
市長の引き止めに、今度は法規が冷静に付け加えた。
「市長。ブームというものは消費される宿命にあります。我々の活動が『消費』の対象になった瞬間、海鷲の真の価値は損なわれる。……我々は、この町をこれ以上『見世物』にするつもりはありません」
悟も、順も、拓馬も、静かに頷いた。
潮が引くように
「君たちの決意は、本気なのか……?」
市長の問いに、5人は立ち上がり、揃って深く一礼した。
「はい。本気です」
公室を出て、市役所の長い廊下を歩く5人の背中を、職員たちが呆然と見送っていた。
玄関の外では、なおも大勢の記者たちが待ち構え、中には「中学生のリーダーは誰だ!」と声を荒らげてる者もいる。
康一たちは、そんなカメラの放列を、まるでただの通りすがりの生徒のようにすり抜けていった。
誰一人として、振り返る者はいなかった。
表舞台から消えることで、自分たちが生み出した「熱」を、本当の意味で町のものにする。
それは、中学生という未熟な肩書きを脱ぎ捨て、一人の「海鷲の住人」として生きることを選んだ、彼らなりの究極の誠実さだった。




