第二十九話 ー光と影ー
輝かしい成功の光が強ければ強いほど、その影もまた深く、暗いものだった。
美奈江の広報活動が功を奏しすぎてしまったのか、ネット上には「田舎の子供たちの美談」として消費される一方で、「どうせ大人の仕込みだ」「地方創生ごっこ」「目立ちたがり屋」といった、顔の見えない悪意ある言葉が溢れ始めた。
SNSの知らせを聞くたび順や悟、そして何より歌声を絶賛された美咲の表情から、純粋な喜びが消えていくのを康一は見逃さなかった。
ある日の放課後。いつものように康一の家に集まっていた5人の空気は、重く沈んでいた。
「……また、変なコメント書かれとる」
拓馬がケイタイを握りしめ、悔しそうに唇を噛んでいる。
法規も、論理では片付けられない感情の暴力に、いつになく困惑した表情を浮かべていた。
そこで、康一が静かに口を開いた。
「……みんな。この活動、一旦やめよう」
「えっ!?」と順が顔を上げる。
「なんで!? あんなに成功したのに。やっかみなんて放っておけばいいやん!」
康一は、じいちゃんの自転車のハンドルをゆっくりと撫でながら、仲間の目を見て続けた。
「違うんさ。そっちじゃないんさな」
康一の声は穏やかでしたが、強い決意がこもっていた。
「俺らがやりたかったんは、SNSで有名になることでも、メディアにちやほやされることでもないやろ? この海鷲がいい所だって、俺ら自身が、そしてこの町の人らが実感できればそれでよかったんやで」
康一の脳裏には、雨宿りの中で肩を寄せ合い和んでいた、あの温かい光景が浮かんでいた。あれこそが、家康の言う「礎」であり、日吉丸の言う「人たらし」の本質だったはず。
「今のままやと、俺らのやってることが『外側』からの評価ばっかりになってしまう。それじゃあ、この町の本当の良さが、ネットの雑音にかき消されてまう。……美咲の歌も、誰かに叩かれるために歌ってくれたんちゃあうやり?」
順がハッとしたように康一の顔を見つめた。
「一旦、『有名人の5人組』じゃなくて、ただの中学生に戻ろう。俺は新聞を配る。拓馬は走る。順はソフトボール。悟は本を読む。……そうやって、この町にしっかり足をつけた生活をもう一度大事にするんや。……じゃないと、本当の『世界の中心』が見えんなってしまう」
止まることで見えてくるもの
法規が、ふっと息を吐いた。
「……康一君、君は正しい。過度な注目はシステムのオーバーヒートを招く。今は熱を冷まし、我々の内なる『秩序』を再構築すべき時期だ」
悟も、どこかホッとしたような顔で頷いた。
「そうやな、ちょっと騒がしくなりすぎた。……でも、僕らがやったことは消えんよなぁ」
「当たり前やん」
康一は笑った。
「俺らが走った道も、あの雨上がりの景色も、全部ここにある。……ほとぼりが冷めた頃、またみんなで面白いこと考えようや」
翌朝、康一はいつも通り、まだ薄暗い海鷲の町を自転車で走っていた。
メディアの喧騒もSNSの誹謗中傷も、ここには届かない。
「おはよう、こうちゃん。こないだは楽しかったよ」
配達先の玄関先で、おばあちゃんが声をかけてくれた。
「……おう! おはよう、おばあちゃん!」
康一は、カゴの中の新聞を一部取り出した。
派手な見出しではない、けれど確かにこの町で生きている人々の手触り。
康一を包むまだ小さな黄金色の光は、より一層深みを増し、静かに、けれど揺るぎない輝きを放っていた。
彼らは一度、物語の表舞台から降りた。
けれどそれは、次に来るさらに大きな「うねり」に備えるための賢明な静伏だったのだ。




