第三話 家族と幼なじみ
康一家族のお話です。
昭和の香りが色濃く残る、海鷲市の古い平屋。
母親は、何の仕事をしているのかわからないが、朝早くから夜遅くまで休みなく、働きたまに早く帰ってきて食卓を囲む。普段はおじいちゃんがご飯の用意をしてくれているが、左手が不自由な為兄妹みんなで手伝う。
母親は父親のことをほとんど話さない。康一が物心ついた頃にはいなかった。出て行ったらしいのだが、父親の事をわるく言ったことはない。
佐藤家の夕食は、今日も質素だが賑やかだった。
「ほら、康一。しっかり噛んで食べなあかんで。魚は頭がええなるんやで」
母・美里が、市場の売れ残りで安く分けてもらったという小さな鰯を皿に並べる。朝から晩まで働いているはずなのに、その笑顔には疲れの色が見えない。母ちゃんは黄金色のおじちゃんのように大きい白に近い桃色だ。
「……母ちゃん。この鰯、ただの鰯じゃないやん」
五歳の康一が、箸を止めて鰯をじっと見つめる。
「え、何? 傷んどる?」
「違う。この鰯の並び……ヒミコが言うとった『魚鱗の陣』や。これ、食べる順番を間違えたら、俺の負けになる気ぃする」
「……何言いよんどな、この子は」(何を言っているのかこの子は)
じいちゃんが笑いながら「ええがな、ええがな」とじいちゃんは大きな暖かい薄い黄金色
美里が苦笑いする横で、四歳の弟・哲春が「あんにゃん、(にいちゃん)また変なこと言うとる……」と冷めた目で鰯を口に運んでいる、哲春は小さな薄い青だ。三歳の美咲は、そんな兄の様子を見ながら、なぜか鰯の尻尾でちゃぶ台に綺麗な円を描いていた。美咲は大きなふんわりとした白
「こんばんわー! 康一、おるー?」
ガラガラッ! と遠慮なく玄関が開く。
入ってきたのは、二軒隣に住む同い年の女の子、香川順だ。手には泥だらけの大きな大根を抱えている。
「順ちゃん、いらっしゃい。今日も元気やねぇ」
「美里さん、これお母ちゃんから! ……って、あんた何しとんの、康一!」
順が、鰯の陣形を崩せずに硬直している康一の頭をパコーンとはたいた。
「痛いやん順! 今、大事な作戦中なんやで!」
「作戦もクソもあるか! 飯ぐらいさっさと食べんかい。あんた、また保育園の先生に『康一くんは空を見上げてばかりで話を聞きません』って言われとったやり!」
「違う。俺は空を見とるんじゃないじょー。空の向こうにおる、髭の長いおじいちゃんと話をしぃよったんやじょー。 その人、一気に十人の話を聞けるらしいでな。俺も練習しぃよんさ」
康一は、至って大真面目だった。
順は腰に手を当てて、呆れたようにため息をつく。
「……あんたな、自分の家族の話もまともに聞けんのに、十人の話なんか聞けるわけないやり! ほら、さっさと食べぇい。食べんのやったら、うちがその鰯もらうで!」順の色は赤に近い丸く大きなオレンジ色、怒ると真っ赤になる。
「それはあかん! これは俺の『陣』やで!」
「あんにゃんうるさい。順ちゃん、あんにゃんをあんまり甘やかさんといて」
哲春の鋭いツッコミが飛ぶ。
「甘やかしとらんわ! ほら、康一明日の朝は早いんやり? じいちゃんが言うとったで、早起きする子は三文の得やで、って」
「三文か……。ヒミコは徳をくれるって言いよったけどにゃ、徳ってなんか知らんけど」
「またそんなこと! 嘘ばっかり言うなー!」
順の怒声と、康一のピントのズレた反論。
そして美里の穏やかな笑い声が、潮風の吹く海鷲の夜に溶けていく。
この時の順はまだ知らなかった。
目の前で鰯と格闘しているこの変な幼馴染が、本当に歴史に名を残す男たちから、国づくりの秘策を叩き込まれている最中だということを。
方言がわかりづらいかも、ごめんなさい




