第二十話 ー稲穂の行方ー
夕刊の配達を終え、自宅で兄妹達と夕飯の支度をしていると美奈江がおかずを持ってやって来た。
佐藤家がパッと花が咲いたように明るくなる。
美咲が嬉しそうに「やったー、みなちゃん来てくれた。ありがとう」
「みさっちゃん、今日もかわいいねぇ。でも少し綺麗になった気がする」相変わらずホメる。
「こうちゃんもてっちゃんもしばらく見ないうちにお兄ちゃんになったわね」やっぱりホメる。
でも今日の美奈江は少し様子が寂しげだ。
「こうちゃん、中学卒業したらどこの高校に行くの」と聞いて来た。
「うーん、僕はずっと海鷲におるよ」と康一が答える。
「私ね、東京の高校に行くことになっちゃった」
『ええー』全員が一斉に目を見開いて言った。
美奈江は成績優秀で、中学の全国模試で一桁に入るくらいだ。
「大阪からも来てほしいと言われたのだけれど、東京にしちゃった」
それぞれが複雑な顔をして見ていた。
美奈江はいつものやわらかなひまわりのような明るい色でいた。
美咲は「帰って来てくれるん?」と不安そうに聞く。
「必ず帰ってくるよ。約束するよ。でもね、7年間拠点は向こうかな」
「キョテン?」美咲は聞く。哲春が「向こうで主に住むってことやり」
「さすがてっちゃん、すごいね。小学生なのによく知ってるね、えらい」とまたホメる。
空気が柔らかくなってくる。
「じゃあ、あしも東京に行く」と美咲がぼんやりと呟いたが目が真剣だ。
哲春が「美咲はみなちゃんがいるならどこでも行きたいんちゃあうんか」と笑い飛ばす。
康一は、苦笑いがやっとだった。
(なんやろな。太刀打ちできないやるせなさは?康一が心の中でまた違和感を感じていた。)
ただただ集中して考え事を始める。
同級生をふくめこの年代のほとんどが高校をでればどこかの都会などの地域に行ってしまう。
母ちゃんの時代の人たちでも同級生が600人くらいいたのに残っているのは60名程だという。
その当時で10%ぐらい。今は3%に満たないのだそうだ。
都会で住むにはお金が掛かる。一人暮らしでも田舎の一軒家3件分ぐらいの家賃が掛かるとも聞く。
その上、食費などの生活費や学費を足せばとんでもない事になる。就職する子もいるが進学する子はそれをそれぞれの家庭が貯金や銀行などに借りたり準備して送り続ける。
康一は考える。
「いったい一人いくらかかるんやろ?少子化とかいうけど、これが”原因”ちゃあうんかいにゃぁ?まぁこれだけでじゃないんやろけどな。3人を育てよと思たらとんでもないな。かあちゃん凄いんやにゃぁ」
そうやって考えていた時。
たまに釣れすぎたアジ等の魚を持って行くと大根なんかを”余ったから”と分けてくれる腰が曲がったまんまの畦地のおばちゃんの言葉がふと心にこだまする。
「ここの田んぼのコメはな。見てみぃさ。きれいな青い稲穂をつけとるやり。
”育てる”には結構な手間かかるけどな、まるで小麦みたいな黄金色になるんさ。
今年みたいに天気が荒れる事もなく、刈り取れたら結構なお金になるんやで。
あしらはこれで生活しとる、あんたにもちょっとだけやけど分けたるでな、ここらは稲刈り早いでな。盆過ぎたら、またこーい。見したるよって」
その時のおばちゃんは少し自慢げで腰が伸びたように見えたのを思い出した。
ー”育てる”ー
康一の未来にこのキーワードが大きな影響を及ぼすことになる。
「田んぼの整備、種まき(育苗)から田植え、用水路の管理、肥料、除草、そして収穫までどれも天気に左右されるなぁ大変やで。」
「ほいでも子供を育てるのうに似とるな。でも人の子の場合は、お金を払って出荷!?するんか、これじゃあ子供育てよと思う人は少なくなっていくのうもわかる気ぃするな」
「どうしたのこうちゃん」美奈絵は考え込みぶつぶつ呟いている康一に不思議そうにたずねる。
「うーん。なんかちょい恥ずかしというか聞いてもええんかなって話なんやけど」
美奈絵は不思議そうな顔から笑顔に変わり「どうぞ、なんでもきいてちょうだい」
すると康一は「みなちゃんが行く高校ってさ、生活費も含めていくらぐらいかかるんかなぁ?と思て」と現実的な質問をする。
「フフフどうなのかな。私の場合は自慢するわけではないのだけれど、特待生だから授業料と寮費は免除。制服や体操服と教科書までは支給されるらしいの。学食と寮で提供されるお食事は全て無料だから、おこずかい程度かな。東京にはおばあちゃん達もいるからね」と少し恥じらいながらの美奈絵の答えにみんな目を丸くして固まる。
「みなちゃんは、成績は全国でトップクラス。その中でも1桁らしいもんなー。悟君言いよったで」
と哲春。
「凄いんなぁ。そりゃかなわん訳やな」という康一に美奈絵は、「そんなこと全然ないよ。私はここに来て、すごい事色々教えてもらってるよ。こんな事言えば失礼かも知れないけど、みんな考える力と何か生み出す力がそれこそ桁違いだと思うな」
康一と哲春は笑いだす。それにつられて美咲も笑い、声を揃えて言った。
「なんにもないでな!ハハハハハ」
ふんわりとひまわりのような黄色がやさしさをましていく。
美奈絵の指摘通り、佐藤家3人がおかれた清貧の暮らしは、ー”考える力”ーとー”生み出す力”ーを当たり前のように積み上げていき、3人の心根に根付いていく。
それでいて誰かほかの家との比較とかするのでもなく悲壮感のないところが、この家の持ち味。
”そしてこれからも知らぬ間に周りの者たちが影響を受け、知らぬ間に巻き込まれていくのであった。”
少しづつ礎が出来て来ました。急展開は出来ませんが、少し話を飛ばします。




